赤松敏弘Vibraphone Connection

Produce Note - 1 Vibraphone Connection 赤松敏弘

このコーナーは「音楽体験記」が過去の自分歴であれば、現在の自分歴という形でアルバム制作にあたっての経過やエピソードをブログ的に載せてみよう、というもの。 

Produce Note-2005/レコーディング・セッション-1  

●近過去帳-I (Produce Note/レコーディング・ルポ)



             Produce Note<近過去帳>



このコーナーは「音楽体験記」が過去の自分歴であれば、現在の自分歴という形でアルバム制作にあたっての経過やエピソードをブログ的に載せてみよう、というもの。 

★メニュー

・2004年年末〜/構想 
・2005年2月/選択 
・2005年3月/作編曲 
・2005年4月/録音 (その1)


今までいくつかのアルバムや企画をプロデュースという立場で関わってきたが、そう言えばこういう事って好きじゃないとやってられない部分(笑)もあるし、出来上がったアルバム等を聴いてココに来たみなさんの中には「こいつは一体何を考えてこんな事をやっているんだろう?」と興味を持っていただいた方や、御自身も「音楽作りに関わりたいけど楽器は出来ない、しかしモノを造り上げる事や様々な物を組み合わす事は得意」という方もたくさんいるんじゃないかと思う。

ならばココで一つのケースとして僕が行っている事の一部分を書いてみると、「そういう仕組みでやっているのか」とか、「こんなアイデアが浮かぶよ」とか、「それならこうしてみれば良い」とか、「自分ならこうやって作るゾ」とか、それぞれのアイデアを発展させる切っ掛けに繋がるかも(かも、ですよ)。言わば、絶対に表には出ないはずの「恐怖の密室芸人(?)」または「裏あかまつ(悪人みたいだけど、、そうじゃないゾ)」のヒトリゴト、あるいは益々謎を増殖させる事になる(かも、、、、、)。まぁ、余計な心配は元来しないタチだから、何はさておき、まずは始めてみない事にはこのコーナーがどこへ向かって行くのか誰にも想像できないしね。

新しいアルバムのリリース時点というのを「Xデー」として、それに向かって書いて行こう。





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◆『全ては妄想から始まる』



最近(2005年3月)ひょんなところで「妄想」という言葉が聞こえて来るが、物事の始まりは全て妄想だと思う。音楽の場合は「特に」妄想が重要。人間っていろいろだけど中には僕のように妄想を形にする事が好きなタイプの人も少なからずいるでしょう。でも、この妄想が自分の中だけで生まれていると思ったら大間違いで、日々の中で起こる様々な事件や影響というものが自己流というミキサーにかけられて滲み出てくるのだと思える。それは最新の出来事だけじゃなく、遠い過去の経験も含めて、ず〜っと自分の中に潜在している。ところが、それらは厄介な事に最新の出来事に触れているとついつい忘れてしまうくらいに淡いものだし、忘れたからと言って現実に困るほどの事ではない。だけど、この部分が音楽とか絵画とか文学、そういったフィールドを支えている。わかる人にはわかるよね。これがいわゆるパンドラの箱なんだ。その箱をいつも開けていたいと願う妄想が続くなら、このフィールドで生きて行く事を考えるのも人生として「アリ」。

前置きはこのくらいにして、妄想が「Xデー」を目指し始めるには日々の中での出来事に起因するというのも、今回は次のような出逢いがあったからだ。
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◆『ネットはボーダレスに人を繋ぐ』



演奏者としてだけじゃなく、ジャズという音楽が好きだ。しかし今日に至ってはジャズと言っても千差万別、最新の雑誌には載らないような話題やスレッドに、ネットでは出逢う事が出来る。また、こちらもサイトを運営しているから様々な方面の方からもメールを頂く。

少数派勢力ほどネットを活用しているというのを御存知の方も多いはず。また少数派ならサーチエンジンで検索しても情報数が限られているので絞り込みやすいという点で検索が楽なんだ。中でも楽器の事ではビブラフォンという少数派勢力というのもあってネット創世記の頃からネットを通じた交流が盛んでネットで出逢った有志達が集まって「日本ヴァイビスト協会」というのを発足させているくらいだ。既存の音楽団体の発祥と比べるとネットを中心に据えているのがいかにも現代らしい。

その他にもジャズに詳しい方からもメールを頂くが、中でも御自身でジャズのBBSを運営されている25-25さんとはネットを中心に繋がりを持つ内に、25-25さんはBBSの中で話題に沿った企画を打ち立てたライブまで始めるようになった。御自分が演奏するのではなく我々プロを集めて企画を立てるという形が実にインタラクティヴだ。ライブというのは「そこに面白い(面白そうな)ものがあるから」行くのであって、理由もなくライブハウスに足を向ける時代ではないし、「何が面白いのかわからなくなった」人は足が遠のく時代。上手くは表現出来ないがグローバルスタンダードという言葉が一人歩きしている(つまり中身が伴わないもの)とは違うコンパクトでダイレクトなネットの活用法だ。

「ココはこれでヨシ!」という人がいて「ココはこれだからヨシ!」という人が集う、何だかライブという形態の原点があるように思う。そしてその形は実にシンプルなプロデュースの原点。パイを最初から大きく構えてしまうと大半の場合「面白味」が失せてしまうのは、これだけ情報が氾濫している社会の中で「シンプルに」「スリムに」という方向が次のスパンへの入り口である事を示していないか? ネットはそういう部分で大きな可能性を秘めているのは間違い無い。妄想を形にして行くというシンプルな図式、他の分野でもこの原則を忘れる事なかれ。
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◆『妄想の発端はセッションからだ』



さて、その25-25さんのセッションでは毎回思いもよらないアイデア(つまり共演者)が話題に上がって来る。ある時は「赤松さん、今回はヴァイブと2本のトロンボーンという共演ってどうでしょう?」と来る。何をしてそれを投げ掛けて来たのかを彼のBBSで見る。そこに集うリスナーの方達のスレッドを見て「なるほど」と経緯が掴める。「よっしゃ、やってみましょう!」となる(この共演はとても楽しい出逢いになった)。ある時は「今度はフルートとヴァイブってどうでしょう」と来る。なになに〜?とまたまた彼のBBSを見る・・・・と、こういうのって昔は音楽業界の中でプロデューサーがやっていた事なのに、それを今はジャズリスナーである25-25さん個人が実現させてしまう時代なのだ。もちろん実現に至るには紆余曲折はあるが、それはこちらの立場からフォローすれば済む。またミュージシャンも昔のようにプロが参加するジャムセッションが無くなった今日では、こういう出逢いというのがあるのを忘れていたかもしれない。リーダーを始めると尚更のように。そしてそのセッションの出逢いの中から今度は僕の妄想が生まれて来る事もあるんだ。

そう言えば、昨年演奏して印象に残った須藤満氏の「STEPS NIGHT」も、元々は今は無き六本木ピットインが企画した「ピットイン・セッション」が発端となっている。レギュラーバンドでの演奏はもちろん良いが、折角素晴らしいミュージシャンが集うのだから普段やらないメンバーで演奏してみてはどうか?という六本木ピットインのスタッフが企画したものだった。そこでキーボードの村井君に呼ばれて行って出逢ったのが須藤氏だった。その時に須藤氏が「是非ヴァイブが入るならコレをやりたい」と持参したのがヴァイビスト、マイク・マイニエリ氏の曲。もちろん昔からマイニエリ氏のアルバムは持っていたし、聴いて賛同する音楽だった。でも自分で今まで一度もやった事がなかったんだ。そういう音楽に数十年後に出逢うなんて自分で予期する事なんて出来ないと思う。この時はそれによってその時間は自分達が育った時代の音楽に巡り合えた事に感謝した。後に「今度はSTEPSの曲だけをカバーするライブをやりたいんですが」と言われた時には即答で「やるよ、やるよ」(笑)。僕の場合は自分の中から生まれる妄想というのは自分を未知の世界にさらす事が一番良い効果をもたらすようだ。少なくとも、この1年の中でこれらの出来事が次への妄想、そして「Xデー」に向かう原動力を発生させている事は間違い無いように思う。

まったくの未知の世界ではなく自分がかつて通ったにも関わらず「妄想」から形に発展させなかった事というのは、ひょっとすると妄想を形にする時に一番具体性を持っているのではないか? なぜ妄想のままになっていたんだろう、、、、。ひょっとするとその時はもっと他に形にしたい妄想があって、それに夢中で時間が無かったのかもしれない。しかし、自分の中には自分では掘り起こせない数の妄想がまだまだ眠っている、、、、とすると、ちょっとカッコよすぎるか。(笑)
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◆『アルバムという形の捉え方』



ミュージシャンにとってアルバムというのは宝だ。リーダー・アルバムというのは家宝になるかもしれない(ちょっとオーバーかも?)。しかし、どんな形であれミュージシャンはアルバムには重きを置いている。それはミュージシャン毎にいろんな到達点を目指して制作されていると思う。送り手の側からいくつかを書いてみよう。

・自分の存在を表明する為に作る

・これまでの集大成として捉えて作る

・今後の展開を図る物として捉えて作る

・ひとつのメディア媒体と捉えて作る

大雑把に分けるとこの4つのコンセプトを(あるいは複数を結合して)アルバムという形で制作する事になる。それらは新旧リスナーとミュージシャンとの間を直接的に繋ぐ媒体として存在する。少々ビジネスライクな言い方をすれば送り手側の戦略というのが根底にあってしかり。今日ではCD-Rも販売認可が取れる時代なので著作権を持ちさえすれば個人でもアルバムを作って販売する事が可能だ。

とは言え、ライブの現場で販売する目的の場合を除けば従来のリスナーに加えて新規のリスナーとの出逢いを考えながら制作するのが順当だと思う。ジャズのようにリスナー人口(ある人の定義によればジャズリスナーと言えるのは年間にどのくらいCDを買ったりライブに行ったりしているかで決まるらしい)がポップス等と比べて小さいのであればライブでの販売目的だけのアルバム制作というのも立派に成立すると言われるが、ライブとアルバムが同一線上にあるかどうかは、アルバムを制作する段階で考えておかなければならない課題だとも言える。

アルバムを「自分の存在を表明する為に作る」と言うのであれば通常のライブでの実演が不可能な内容(例えば一人で何度も録音を重ねて完璧なものを目指す、叉は通常には呼べないようなゲストを参加させる等)でも成立するし、全編マニピュレートによって「ひとつのメディア媒体と捉えて作る」場合もある。それは他の形にも大なり小なり当てはまる事だがこの二つでは特にその事の重要性が増す。

また、「これまでの集大成として捉えて作る」場合や「今後の展開を図る物として捉えて作る」場合は現在までの進化の過程や厳選した物をアルバムとして発表という形と新規リスナーに向ける意味合いを合わせ持つ内容がベースになると言える。この二つに共通するのは「現時点」という実体を伴えるものが理想的で、その意味ではライブとアルバム制作が密接に繋がっている事が重要かもしれない。つまり実演可能な内容を軸に考えるタイプだと言える。

今日では音楽を聴く環境は様々で、昔のように1曲目から最終曲までを曲順に聴くという考えは一概に当てはまらなくなっている。また、ネットを介した音源販売や二次使用ニーズという単体の動きも旺盛なので、逆にここに上げた4つくらいのコンセプトの中でこのアルバムはどれを選択しているのかが聞き手に明確な制作というのも大切かもしれない。「セレクト」という言葉はあまり好きではないが、これがグローバルな時代に音楽を制作する側が予めコンセプトに据えなければならないキーワードだろう。当たり前と思われるかもしれないが、現在ほど「セレクト」されないものが氾濫している時代を文明は経験した事がないのだから、この閉塞的な価値観は強い意味を増し続けるんだ。オリジナリティー、インパクト、という表面上の表現だけでのコンセプト化は難しい時代になった。そう思う。(それらは最初から含まれていて当然の時代だし) そして、出来るならその「セレクト」という言葉が振るい落としではなく、アップデートという意味を持つ内容に近付ける環境を整えたいものだ。

では、実際には何をどんな時に「妄想」しながら「Xデー」を打ち立てて動き始めるのか。それは次の章から(ちょっと送れ気味ながら)実際の進行に沿って書いてみたい。

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◆2004年12月某日



前作をリリースして1年が過ぎ、この1年の中でもいろいろな出来事と出逢いがあった。また「超」個人的には数年に一度と言われる(誰が言ってるかはしらない?)マレットの更新というのがあった。大体一度使い始めると3〜4年は代えないものだけど、それを代えるにはそれなりに目標が出てきたからだ。既に代えてから半年。マレットはようやく自分に馴染んでいる。その一つにはこのマレットに代えて初めて録音した角松敏生さんのアルバムで近年自分が理想としていたトーンが記録されたからだ。トーンが少しでも変わると楽器に向かう精神状態から聴こえて来る周りの音まで変わってくる。ライブ後のBBSなどの書込みでもトーンについて感触は良い。また、レッスン生やその周りに於いても選択したマレットの評判は悪く無い。ビブラフォンの演奏家としての自分はいち早くこのトーンをブレンドさせられる音楽との出会いに心が揺れている。
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◆2005年1月早々



妄想が益々浮かんでくる。普段はあまり聴かないエリアの音楽や実家に帰った時に昔買い漁ったLP等を聴く内に。何となく頭を過ったキーワード、、、それは「昔のジャズはカッコ良かった?」。ジャズを聴き始めて暫くの間はよくジャズ喫茶に通った。自分が買うジャズのレコードとは違うジャズがそこにはあったからだ。普通ジャズを聴いておりまッス、と言えばジャズ喫茶で流れているジャズを連想されると思うが、どうもそこから違っていたようだ。つまり自分が聴き始めた時点を軸に前後に辿って行っても到達しないエリアがあったんだ。聴き続けているから聴き始めから後の数十年間のジャズは自分の身体に自然と入って来るが、自分が聴き始める前を遡って行くとポッカリとオゾンホールのような空白がある。それは自分には実感として感じられなかったエリアのようで、「その内にソレがわかる時になれば聴けばいい」と自分に言いきかせていた。つまり「よく耳にしていた」のだが「入り込めなかった」というべきか。それから数十年、確かに「今それをそのまま受け止める事」は出来ないかもしれないが(それは時間経過と共に稀薄になるのは当然)、自分の中で列記とした「ジャズの形」であった。うん? ひょっとして、これらってとってもカッコ良かったんじゃないの? うん? どうだろう? 今ならそれってカッコ良く感じられるんじゃないだろか? 不謹慎かもしれないけど、そう思っている内に前記したトーンとカッコ良かったかもしれないと思った音楽の妄想が徐々に輪郭を現わしてきた。
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◆2005年1月12日



この日レコード会社の社長と久し振りに話した。既に妄想がフワフワと自分の周りから漂い始めた昨年の暮にアポを取っておいたのだ。日々具体化して来る妄想を冷静にまとめる事を1週間かかって提出データとしてまとめた。今はCDの販売が低迷している時代、ただ「お話」をするだけでは申し訳ないと思ったからだ。コンセプトをどの方向にしたものを想定しているか?、参加するミュージシャンは? トータルコストと収益性は? 。妄想を描くのは思い浮かべるだけで済むが一歩そこから踏み出す場合には自力だけでは何とも動けない。そこで言葉と数字を駆使しての説明が(例え予測であったとしても)必要になる。「作って下さい」「はいわかりました」で済む事じゃないのは当たり前だよね。当然の事ながら誰かと組んで一つのプロジェクトを動かすわけなので協力者を誰にするかという事は事前に絞っての話し。お互いに無理の無い方法を考えるのも必要な時代だ。いくつかのデータといくつかの案を渡してお互いに可能性を探って結論しましょう、という事になった。ううん、、、、この日は完全にミュージシャン・モードでは無い自分が存在している。一体これはだれなんだ。
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◆2005年1月中旬



この段階からするべき事は絞られてくる。妄想を仮想の段階にまで具体化しなければならない。まずは録音する場所の確保とミュージシャン達への打診である。社長からも録音場所の一つとして紹介されたスタジオとそこで制作したサンプル盤を頂いた。今回はやはりトーンという部分もコンセプトに取り入れているのでサンプル盤を隅々まで聴いた。その翌日には以前からお世話になっているスタジオとアポを取りまたまた相談させて頂く事になる。ミュージシャンへは打診の第一歩で「コレコレカクカク、シカジカをお願いしたいんだけど」とメールを配信する。まだ全ては「仮」という段階だ。なんせみんな百戦錬磨の強者達であるから事前に「この時期にこんな事を頼むかも」という偵察(笑)から始めなければならない。何だかこの時期は人とのアポばなり取っているような状態が続く。妄想ってこんなに大変だったっけ、、とメゲては何も始まらないのレす。

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◆2005年1月下旬



レコード会社から「GO!」の返事をもらう。さぁ、これからが正念場だ。その瞬間からまずミュージシャンに一斉にメールでスケジュールをもらう。スタジオは以前からお世話になっている場所が確保できそうだ。いくらメールとは言え、レスが早い人もいれば遅い人もいる。当たり前だが、これが本当に毎回大変なパズルになってしまうのだ。またスケジュールをいくつか「仮」に押さえておくのも日々予定が入るミュージシャンの立場からなるべく避けたい。また、他にも仮予定が入っているとそれが分かるまではそこを押さえないのがこの世界のルール。結局予定していた全員のスケジュールが組み上がったのは1週間後の事だった。
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◆2005年1月下旬某日



予定表と睨めっこしていても仕方ないので2、3日前から今回アレンジしてみようと思っているものを少しずつスケッチ的に手をつける事にした。オリジナルを作る事から始めないのには二つ理由がある。一つは既にオリジナルのストックが十分にある為。オリジナルというのは出来た瞬間は旬には違い無いが一度熟成させる(作曲者も作った時の細かい事を忘れるくらいのインターバルの意)と本質が客観的に味わえる経験からだ。もう一つの理由は、(自惚れでは無く)既製の楽曲を自分がどのように紹介したいと考えているのかがまとまってからオリジナルに着手したいと思うからだ。全部が自分語(つまりオリジナル)で語られるのもいいが、既製の曲というのは少なくとも自分語よりも理解されやすい。オリジナルのタイプにもよるかもしれないが、個性と言うよりも癖に近い自分語も確かにある。こういう世界だから調子に乗るとそれだけで終わってしまう苦い経験もある。自分語が喋りたいのなら、まずは翻訳されやすい既製の楽曲の中でどれだけ自分語で会話出来るかがポイントになると考えているし、自分自身の尺度というものも既製の楽曲を通じて表れると思う。だからどの既製曲を今の自分語が表現したいと思っているのかがアルバム全体のキーワードにもなるし、そのキーワードの周りをどのようなオリジナルで囲むかでアルバムのコンセプトが明解になると考えているからだ。言わば骨格の一部として既製曲の存在は大きいと近年は考えられるようになってと言う事か。今回はまずベニー・ゴルソンという人の曲から始めてみる事にした。この曲と共にピックアップしている自分が今まで踏み込まなかった未知のエリアの曲達こそが「昔のジャズってカッコ良かったんじゃないの?」という今回の大きな動機に結びついているんだ。


気が付くと朝陽が昇って長い一日が終わる

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◆2005年2月上旬



ミュージシャンのスケジュールが組み上がると今度はスタジオの予定を照合して録音日を決めなければならない。今回は(も、か?)いくつかの編成単位で録音の効率を考えるとある程度連続した日程を組む必要があった。プランで出した編成は大小合わせて13編成にも及ぶ。その中でメンバーが共通するもの、音楽性が共通するセッション毎に結合しながらスタジオの日程を押さえるという、これまた至難の技、アミダくじと格闘する事になる。また、最近はミュージシャンも大半がHPを運営しているので先々のスケジュールがアップされるのでこれもチェックしつつ、という事になる。妄想って耐える事なのね。。
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◆2005年2月1日



今夜はキーボードの村井君のライブだ。今回のアルバム作りに関して彼は良き相談役の一人でもあり、近作2枚でもアリマサ君と並んで重要な役割を果たしてくれている。数日前からアレンジの為のスケッチに手を付けていた曲の中からベニー・ゴルソンの曲を持って行く。何でも初めての時は最初の1音が出るまで緊張するものだ。この時点ではこの曲をどの編成でやるとか具体的な所までは決まっているわけではない。だけど僕よりも一世代若い彼等と音を出してみたいと言う衝動にかられた。演奏すると緊張感は別としても「なるほど!」と若い彼等のアイデアが色付けされる事で輪郭が浮かぶ出来だった。よし! これは是非彼とやる事にしよう。
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◆2005年2月中旬



何とかスタジオの日程、セッションの組み合わせも決まり、日程的にはこの時点で最終決定をミュージシャン、スタジオ、レコード会社にメールで配信する。いやぁ、メールが無かったら絶対倒れてます。昔はマネージャーがこういう仕事を一手に引き受けてやっていたのだけど全て電話連絡だった。もうそれだけで一日潰れてしまうのは明白だったけど、メールが出来て初めて自分で出来る環境になったと思う。メール様々。さて、事務的な事が一段落したら、今度は録音する曲との格闘が待っているんだ。一人二役は、いや、プロデュースにマネージメントに作曲に編曲に演奏に、、、、、一体何役やってんの? でも妄想が確実に「Xデー」に向かっているのだけは事実。肉体労働と頭脳労働をかけ合わせるのが好きなんじゃないんだけど。これから約1ケ月でまずは曲を仕上げなければならない。。。。なぜって? 実は今回は20曲録音するという暴挙に出たんだ。
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◆2005年2月下旬某日



まずは今回アレンジする曲から手をつける事に。時刻は午前1時。こういう事をするのはいつもこの時間からだ。ガサゴソと引っぱり出してきたのは一本のカセットテープ。アメリカ時代にジャズのミュージック・カセットテープというのが手頃な値段で売られていたので過去にLPで買っているアルバムでどうしても聴きたいと思うものをゴッソリ購入していたんだ。新譜はその頃ちょうどCDに切り替わる時期だったけど古い物はLPしかなく、それを買うと後の処分に困ると考えての事。ECMレーベルのミュージック・カセットテープなんて見た事がない人も多いでしょう。そういうミュージック・カセットテープが家のクローゼットにワンサカある。その中からひっばり出したのは孤高のピアニスト、セロニアス・モンクのアルバム。

中学生の時に友達からセロニアス・モンクというピアニストの名前を聞き(もちろんネタ元は音楽体験記に登場している漢方薬屋の息子)迷いも無く買ったアルバムだった。しかし、確かに奇抜でユーモアに富んではいたものの、、、、その奇妙さゆえに中学生はただ聞いて笑いコケていただけだった。でもその中で1曲だけず〜〜〜〜っと僕の頭の片隅で鳴っている曲があった。もちろん譜面が無いから採譜する作業から始まるわけだ。とは言え我が家に現存するカセットデッキというものは既に1台しかない。テープスピード(ピッチの事)やテープが伸びてしまっていたらココで挫折が待ち構えている。藁にも縋るつもりで、ここ数年作動した事の無かったカセットデッキのスイッチをオンする。あ、あ、あ、、、お! ピッチも大丈夫、音の揺れもなし。神は私に味方した!(こういう時だけ神や仏にすがる不謹慎者め!)。記憶というのは不思議な物で曲がどういうコードで鳴っていると意識しない限り具体的に把握しているわけではない。そのクセ頭の中ではすぐに鳴り始める。そのデータ蓄積能力はiPodの比では無い。しかしそこでパッと鳴ってしまうからついつい気にしないままに過ごしているものが実に多い。

今回は襟を正して採譜する。その時間はすごく新鮮。テーマを採譜すると後はフォーム(曲の様式)を全体で確認。採譜したものをキーボードで弾いてみる。アドリブもやってみる。そうかぁ、これが中学の時にビビビっと感じたメロディーとコードだったのかぁ。。フムフム。と何度も何度も夢中で繰り替えして弾く。しかし、このままでは余りにも原曲のインパクトが強すぎてそこから離れられない。もうすっかりと夜は明けていたので今日はここまでとする。
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◆2005年2月下旬某日の翌日



今夜は移動の寝台特急の個室で列車の揺れと規則正しいジョイントを刻む音を肴に優雅なひとときを、、、、と思ってBGMでも聴こうとベッドの横の小さなデスクにノートパソコンを広げたのが間違いだった。天気が良ければ天井まで周り込んだ窓のブラインドを全開にしてゴロリと寝ながら上に見える星空でも眺めながら聞こうとCDを入れたケースが無い。どうやら鞄に入れ忘れたようだ。で、ゴソゴソを鞄のポケットを探すと資料として集めたCD-Rが出てきた。うん、これもいいか、と再生したのがさらに間違い。

飛び出して来たのは例のベニー・ゴルソンの曲。そうそう、この曲って、そうそう、こうだった、こうだった、高校の頃ジャズ喫茶のドアをカランコロンと開けると流れていたよなぁ、、、。うん。続いて今度もベニー・ゴルソンの同じ曲が。でも演奏している人は違う。ホイホイ、これもよく流れていたなぁ、うんうん。と、列車は「静岡駅」に入るところだった。「アレ?」。突如大きな疑問符が浮かぶ。このテーマってここの所はコウだっけ?気になってさっきのテイクに切り替える。「アレ、これも最初とリピートの時は違ってるゾ。ううん。。これはどっちが本当なんだ? 」。何度も繰り返し聴くがどちらも「それらしく」聴こえてしまう。ううん、、、ううん、、、もはや「浜松」は過ぎ大きな疑問符を抱えた僕を乗せた寝台特急は真夜中の「名古屋」に入らんとしている。この微妙なところが思い出せない。さらに「岐阜」を通過し今は関ヶ原だ。ううん。。。と、もうこうなると3時間後に降りなきゃならんという寝過ごしへのプレッシャーと疑問符が寝台の中を駆け巡り、既に「京都」さらに「大阪」、、、ハッと目が覚めると下車駅まであと20分という所。完全に寝不足ながら洗顔をし着替えをし、、何の為に寝台車に乗ったのか意味を成さなくなっていた。

やがて朝になり、、、、、用事を済ませてから知り合いのジャズ喫茶に駆け込んだ。「マスター、ベニー・ゴルソンの曲って聴ける?」「ああ、あの曲なら確かあるよ、、、え〜と」と出してくれた某有名ピアニストの演奏は、、、最初からフェイクの連続でちっとも参考にならない。「本人のが聴きたい」と告げると「ちょっと待ってよ。え〜〜〜っと」・・・・と結局ビデオならあるかも、と言う事だけど営業中には気が引けるので遠慮した。「ありがとう。いいよ。東京に着いたら買って帰るワ」。

と、安易に考えたのが間違い。翌日東京駅から自宅の間でCDショップを3軒回ったのになぜかオリジナルが無いんだ。ううん。。。この部分は取りあえず後で修正する事としてアレンジに入らなきゃ。 バタバタと予定をこなし、またしても深夜にベニー・ゴルソンの曲と格闘しながら日の出を見る。


日増しに朝陽の昇る時間が早くなる。。。



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◆2005年3月1日



現在はアレンジものはひと休みしてオリジナルを深夜に作っている。例によって午前1時から作り始める。上手く行く時は太陽が昇るまでに「デ・ケ・タァ〜!」と歓喜しながら風呂にドボンと入って午後からの予定まで寝るんだが、途中で迷走すると同時に2曲作っている事もある。もっともそれは結果的に「あ、コレはこちらへ行けって言ってるじゃないか!」と迷走の果てに疲れた頭の中で突然過る「決死回生」方法でもある。だから2曲の名目の内にどちらかが「撤収」される事も含まれている。ファースト・インプレッションを信ずるというのが僕の場合の作曲スタンス。だから迷走し肥大して行く時はその部分を別の曲のファースト・インプレッションとして隔離するんだ。二十代の頃に身に付けた技(かくし芸?)。

今夜はなぜかツェルニーのようなメロディーがさっきから作っていた曲を邪魔する。ううん。ツェルニーかぁ。でもこういうのって少し音楽をやった人でもわかるよなぁ。。そういうのでインプロやって楽しい曲ってどうだろう。。。どうだろ、、、あ、コレだ!。と、さっきまで主流と思われていた曲の方が「撤収」される。するとそこから短時間で太陽が昇る前に曲が完成! パチパチパチ!。朝になるとこの辺りには鳥がいろんな歌声を聞かせる。今朝は「ホ〜ホケキョ」とウグイスが鳴いているゾ。
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◆2005年3月5日



2月中旬から毎深夜帯は「1晩一曲」週間。例のベニー・ゴルソンの曲もいくつかの演奏をネットでオーダーを掛けた。オリジナルは後半に録音予定のものを除いて造り上げた。今夜はアリマサ君とデュオでライブだ。今回初めて試みる曲のいくつかは今夜やってみたい。月明けと共に彼へはデータで譜面を送信しておいた。デュオというのはバンドと違って細かいアレンジを施すよりも二人の感性と距離感を楽しみたいと考えている。今夜はクリフォード・ブラウンの曲を取り入れてみた。楽屋で「前に作ったオリジナルのTwist Flowerのようなスクエアな感じの曲を探していたらこの曲がパッと出て来たんだ」と言うと「わかる」と言う。「それなら後は細かい細工は必要ない、任せた」。(我ながら無責任なり!)

この日は疲れがピークに達していたが演奏するエネルギーの面白さは普段よりも強かった。ただ、忘れ物が多い!(マジに反省)

明日の夜再び寝台で移動して4日後に戻って来るまで作業は出来ない。少し休憩しよう。今度こそは満天の星空を眺めながらゴロリと横になっての旅にするぞ。パソコンは、、、業務メールがあるから持っては行くが、、、。
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◆2005年3月10日



今朝4日ぶりに自宅へ戻り、午後からのスケジュールを消化し、夕食の後仮眠を取り日付けが変わると共に再びデスクに向かう。最終的な追い込みだ。今週末までに全部仕上げて共演者全員に発送しなければならない。発注していたCDもようやく届いた。オリジナルならいざ知らず、既製の楽曲はみんなそれぞれに印象を持っている。届いたCDの中からなるべく全体が均等に聞こえるものを選んでみるのだが、どうも目指すものとの共通項が見つからない。まぁ、数十年という時間差があるのだから仕方ないのだけど。そこでそこでアレンジした譜面とスケッチに作った音資料を添える事にした。深夜のコンビニに行き譜面を人数分コピーし資料とともに同封して投函する。近所じゃFの付くコンビニのコピー機じゃないとインクが光って譜面には使えない。通勤の人垣とすれ違いながら帰って風呂に入る。
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◆2005年3月11日



再び午後からの予定を消化し、今夜は夕食の後からデスクに向かう。パソコンに入力しているスコアからパート譜に印刷しようとして、インク切れ発生。慌てて家人と一緒に隣町にあるパソコンショップに駆け込む。セーフ、セーフ! 。しかし、ついついといろんな周辺機器にも目が移ってしまう。家人と出かけるとついついそうなってしまうのだ。いかんいかん。気分転換寄ったショップの横にあるスーパーで結局食料品を大量に買い込んでしまう。いかんいかん。いろんな食材を見ているとイマジネーティヴになるというのは、、、、元来の食いしん坊か。しかしパソコン周辺機器に没頭して購入などしてしまったら今頃マニアルと格闘、、、なんて事態よりはマシと考えよう。パート譜を印刷にまたまたFの付くコンビニのコピー機を独占し、帰って製本し資料を添えて「終わった〜!」と叫んだ時には完全に太陽が昇っていた。
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◆2005年3月中旬



レコード会社からCDパッケージの仕様に関してメールが来た。実は今回ある提案をしている。「コストバランスを考えるとどうなるか、、、でも検討していろいろと調べてみます」と先月連絡が入ったが何やら施策になるような方法が見つかったようだ。「レコーディングの時にスタジオにお持ちしますよ」と。これは楽しみだ。
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◆2005年3月15日



マリンバの曲と格闘している。数年前からこの楽器との共演をやり、各地のコンサートやFM等で取り上げられると反応が大きかった。だから是非今回のアルバムにこの響きを入れたかったのだ。大きめの編成に関しては先週の段階で一括りしたので今は極小規模の物に着手している。隙間のあるサウンドを考えるにはどうしてもある程度時間的な余裕が必要。この二日間は最初からその予定でキープしてある。

マリンバって余韻を活かすのが難しい楽器だ。確かにヴァイブに比べると残響は少ないが木は十分に鳴っている。これを人工的に増長させる事はしたくない。減衰する時間を効果的に使うというのは難しいし多くのマリンビストがオリジナルの中でそれを発揮しようとしている。ヴァイブ街道からずっと横を眺めていた程度の人間がすぐに妙案を出せるとも限らない。しかし、実際に楽器に触れると、この楽器ほどイマジネーティヴにさせられるものも珍しい。パソコンのディスプレイに向かって考えるよりも実際に楽器を触って考えてみる事にする。

と、そんな時に届き物が。見ると神戸のマリンビスト佐藤梨栄さんからだ。何だろう? とズッシリと重たい包みを開けてびっくり。神戸のイカナゴの釘煮だ。しかも佐藤さんのお手製。「うわぁ!」と思わず一口食す。んまい!「神戸の春を告げるイカナゴが解禁になりました。是非どうぞ」と添えられた手紙を読みながら頭の中のモヤモヤが「春!春!春!」を告げているのに気付く。そうだ!マリンバって春だ。と、またまたわけのわからん事を言い出しながらリセット。その後二日間に渡ってマリンバと格闘していくつかの曲が出来た。佐藤さんありがとう。
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◆2005年3月17日



例の曲の微妙だったメロディーの事でピアニスト、アリマサ君から回答メールが届いた。ううむ。。。。5日のライブの直後に「ちょっと教えておくれやす」とこの曲について打診していたんだが、ちょうど彼が仕事で韓国をツアー中に受けて時間があったので丁寧にレスを出してくれてたらしいのだが、、、、、、、、昨日になって送信されなかった、というメールが届いたそうだ。ううむ。。。サーバーの障害によるものか、、、よくわからんネットの仕組みである。ともあれ、改めて送ってくれた回答を見てようやく結論が見えた。たまたまその曲は彼がバークリー時代に習った先生と関係のある曲だったのでこれは心強い。やはりわからない事は人に教えを乞う、これが基本だ。
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◆2005年3月20日



リハーサルの予定を組む。いつくかの編成をバラバラに分散して組み立てるが、どうしても一つの編成は時間が取れない。この春のシーズンはツアーに出る人もいるので最初の段階から難しいと予測していた。順次アップされるミュージシャンのHPの予定を常にチェックしているので。ベースの須藤さんはレコーディングの前日に仙台にいる。前を辿ると今度は僕が岐阜、名古屋と連続して週末は東京にいない。その前は別のリハ、さらにその前は須藤さんがツアー、、、これの繰り返し。しかし御心配なかれ。昨年暮のライブで感じた彼の「ジャズ・スピリッツ」は永遠に不滅だ。そういうのもレコーディングでの楽しみとして予めスケジュールを立ててある。彼の加わる日は「それ」を録音したいのだ。
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◆2005年3月26日



リハーサルがスタート。今日はマリンバの松島さんとのリハ。リハを進める内にまたまたマリンバのいろんな音が聴こえて来た。即楽曲の改良に取りかかる。
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◆2005年3月27日



昼間のスケジュールを終えて再びマリンバと格闘。昨日のリハで斬新な曲も良いがマリンバが加わる事によってその本質がより明確になるような曲が既製曲の中から浮かんで来たからだ。そこでデューク・エリントンのレパートリーを加える事に着手した。もちろん、彼女が持つマリンバのニアンスを生かせるシーンを用意して、だ。
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◆2005年3月29日



今夜はピアノの市川秀男さんのライブだ。何度も思う事だが、このイマジネーティヴな世界をずっと続けている大先輩と一緒に演奏するのは楽しい。何しろ上手く行く時は信じられないほどお互いに一つの音の中で会話出来るし、上手く行かない時には、たった一つの音の選択がこれほど重責に思う事もない。それを毎回楽しんでいるこの人って、、、、。
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◆2005年3月30日



ガ〜ン。風邪だ。ヤバイと思っていたが、、、、この日と翌日はつかの間の休息日としてあったのが幸いで、31日にレッスンを少しやっただけで寝込む。このところ休み無し、睡眠常に不足の連続で体力が消耗していたのだろう。しかし、家人の助けもあって3日間で完全にキックオフ。すぐに次のリハーサルが来るのだ。

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◆2005年4月2日



リハーサル第2段はフルートの井上さんとマリンバの松島さんと三人だ。実際には1曲はピアノに村井君が加わるが彼とのリハは別の日しか取れなかった。でも大丈夫。激混みの都心から電車とタクシーを乗継ぎ井上氏が駆け着ける。予想通り、いや予想以上の爽快で温もりのあるアンサンブルになりそうだ。木(マリンバ)と鉄(ヴァイブ)と木管とは言え同体は鉄に属するフルートの組み合わせは面白い。
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◆2005年4月3日



午後の市川さんのライブを終えて残りの作業に取りかかる。このコーナーもメモしてある事をまとめてアップ。作曲や編曲中はなかなかこういう作業は出来ない。それに3日後にはバンド編成のリハ、翌日からは岐阜、名古屋と週末は不在が続く。自分の調整はこの時期に済ませておこう。明日は一日レッスンだ。またみんないろんな課題を引っさげてやってくる(笑)。そういう場面と向かい合うと常に自分もリフレッシュするから不思議だ。今月はたくさん時間は取れないが内容は濃く行きましょう、ね。(←レッスン生諸君)
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◆2005年4月4日



今日は一日レッスン攻め(笑)だ。昼からずっとカンヅメになっている。先日交換したばかりの鍵盤の紐だか、昨夜のライブでも気になった。楽器からノイズが出るんだ。今日もずっと気になっていたので夕方の10分の休憩時間に交換する。バラバラバラ、、。先日オーダーしたばかりの標準仕様のものだったのになあ、と原因らしきものを手に取って探る。。あ、もう次が来るゾ、どーしよう、、えェ〜い、替えちゃえ、と、再び元の紐に戻している途中でY嬢登場。臨時に使っていた紐の方がノイズが出ないとは。。。楽器のコンディションもこの時期に調整しなければならない。
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◆2005年4月5日



今日はオフになった夕方から家人と近くの●ルコに出掛ける。仕事と移動以外ではずっと屋内にこもりっきりが続いたので春物の服を気分転換に探しに行く。そう、もうすっかり春だったんだ。今日まで実感として湧かなかったなぁ、今年は。着るものの衣替えも忘れていた。この時期からは気分転換の連続で作ったり編曲した曲のいろいろな事を忘れる時間なんだ。細かい事をすっかり忘れた頃に録音が始まるようにするのは、演奏者モードでファースト・インプレッションに繋げる僕なりの対処法。家で練習した事というのは最大の障害を生む。だって練習をやり過ぎるとその場で相手がどんな反応を示しているのかを見逃す事があるんだ。これからはひたすら自分を受身にして行く時間。ちょうど明日はジャズセッションとデュオのリハに入る。気が付くと、春もののジャケットやらシャツやらを大量に買い込んでいた。これも受身と言っていいのだろうか、、、、、、いやぁ「善し」としよう。
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◆2005年4月6日



今日は午後から目黒のスタジオでリハーサルだ。ユキ・アリマサ(p)井上信平(fl)武田桂二(b)小山太郎(ds)による録音最終日とアリマサ君との初日のデュオの内容。このメンバーが一つのバンドとして一同に揃うのは今日が初めてだが皆それぞれに共演の経験があり旧知の仲だ。リハは各曲をザーッと1回通し部分的に方向を決めたいと思われる所を少しだけ繰り返す。オリジナル以外はみな有名な曲だから何度もやる必要は無いが随所に喚問が(笑)。この段階で一番重要なのは各曲の演奏時間を決定する事だ。ジャズの場合既製・自作を問わずインプロの配分というのが録音では大きなウエイトを占める。集まったミュージシャンはどんな曲でもインプロをやってしまう強者だから全員がソロを取ると膨大な時間が必要となりアルバムの構成は単調なものとなってしまう。そこで、リハでは予め想定したソリストを配分しそれをザーッと流す感じで演奏しながら組み立てを考える。もちろん各プレーヤーは初めて合わせているのだから色々と考えながらやっている。ライブのような熱気は必要無いが集中力は極度に要求される。譜面に書いた事は一つの方付けなのは間違い無いが、ミュージシャン1人1人が音で色を添えて初めてスケッチになる。ある曲は頭からザーっと流すが、ある曲は途中のポイントから始めて頭に遡る。要所要所の確認作業だ。スルーしてもプレーヤーそれぞれからの意見も出てくるから全員で考える。ここのキックは揃えるべきか、いや、それは揃えないのがいい、、、とか。またリーダーとしては各プレーヤーが各曲の中でどのような色と意見を持っているのかを知る大切な時間でもある。これらを記憶と記録して録音日までに各曲の最終的な構成をまとめるんだ。

今はデジタル機器という便利な記録メディアがあるので分数の割出しやテンポの決定を下すのはとても楽になった。バンドのリハの後でのデュオのリハは二人ともライブで何度もやっているので(但し新曲ばかりだが)特に構成が複雑な1曲とフィールが定まらなかった1曲をピックアップして行った。バンドの場合と違いこちらは1/2の重責なのでお互いが定まるポイントさえ見えればあとは個人調整で本番に愉しみを残す。明後日から岐阜〜名古屋と週末は出掛けるから、この間に記録したメディアを聴きながらそれぞれをまとめてみようと思う。週明けに帰ったらこのデュオからレコーディングをスタートさせるのだ。

帰宅後パソコンを開くと明後日のライブでお世話になる三重在住のヴァイビスト山下真理さんからのメールも。早速「宜しく!」とレスを出した。中京方面の方、宜しくねー。
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◆2005年4月8日



お昼過ぎの新幹線で名古屋へ、そして快速に乗継いで岐阜へと向かう。今夜は岐阜市で初の演奏。乗継いだ快速は正に猛ダッシュで名古屋駅を出る。尾張一宮停車。この駅はなぜか覚えているんだ。以前寝台特急で西へ移動中に静岡駅で大雨に見舞われて朝まで足留めされた時(ナント6時間遅れ)浜松を出ると次は大阪まで何処にも停まらない(実際に時刻表に停車と記入されていない駅では乗降ドアを開けてはいけない規則なんだそうな)、ヤバイ(一晩分の簡単な食料しか持ち込まなかったから大事件なのだ)と思っていたら乗務員が気を利かせてこの駅に臨時停車させて我々乗客の命を救ってくれた(ちょっとオーバーか?)事があるからだ。その事を少し思い出しながら次は岐阜、、、、となるところが、突然の急ブレーキで快速はパタリと停まってしまった。どうやら踏切の非常ボタンが作動したらしく現在安全の確認中とか、、、トホホ。10分間隣を行き交う赤い名鉄電車を眺めながら過ごす。結局岐阜に着いたのは15分遅れ。駅前で本日楽器を借りる三重のヴァイビスト山下真理さんと1年2ケ月ぶりに再会。岐阜と言えば赤い名鉄の市電がゴロゴロと走っているイメージだったが一週間前に廃止されてしまった。全国的にエコ型交通機関として市電が復活する傾向の中でポツンと残された路面の線路が空しい。

柳ケ瀬のライブハウスBAGUに入る。ママさんとネットでの御挨拶から改めて実際に御挨拶。オーナーでドラマーの猿渡さん、ベースの北川さん、名古屋からピアノの中嶋美弥さん、と本日のメンバーが揃い軽くリハーサル。初めて演奏するメンバーとのこの時間でいろいろなプランを考えるのが楽しい。一度ホテルへ荷物を預けチェックイン。楽器を借りた山下さんと岐阜の街を歩きながらいろいろと話す。昨年来お世話になっているK社のH女史と再会。今回の公演でもまたお世話になっている。さぁ、本番。今夜はどんな人がどんな反応をしてくれるのかワクワクする瞬間だ。曲が進むに連れメンバー間のコミュニケーションも良くなって来るからジャズは楽しい。僕は演奏している時のプレーヤーの顔を見るのが好きだ。それだけでその人がどんな事を考えているのかわかってしまう。一部1時間、二部45分でちょっとピアノの調律が限界に達した事もあって今夜はヴァイブ・ソロのメドレーでアンコールにする。後ろの方の客席では立ち上がって観ている人も。無事に終演となり御来場頂いた方に御挨拶、CDも御購入頂いた。

一度ホテルで着替えてから打ち上げに。体調が優れなかった山下さんも少し参加してくれた。ピアノの中嶋さんとBAGUのweb管理人さんとやたらと音楽談義で盛り上がってしまい、お開きは午前3時。その後ホテルまで送ってくれた中嶋さんと岐阜駅前でUターンするのに3周(笑)しながらも無事ホテルに帰還。わかりにくいぞJR岐阜駅前ロータリー。いやぁ、中嶋さんはとてもスポンティニアスで素晴らしいピアニスト、名古屋方面の方は是非一度演奏を聞いて下さい。

今夜出逢ったみなさんに感謝しつつ睡眠モードに突入。
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◆2005年4月9日



昨日信号で停まっていたJRの横をスイスイと走る赤い電車で名古屋に戻る事に。猿渡さんのアドバイス通り名鉄で正解。岐阜始発だから確実に座れるのだ。名古屋駅から地下鉄に乗継いで電気文化会館へ。本日と明日はK社のイベントだ。ここでグググッッッと生活の時間帯が昼モードにシフトする。何がプレッシャーかと言えばやはり「早起き」。普段夜型のモードなので時差ぼけのよう。K社のS主事と昨夜も一緒だったH女史と再会。夕方に終わって栄のホテルまで歩くと言い出した僕につきあってくれた(スマソ)。キャリーバックだと名古屋の地下鉄はやたらと階段が多いので隣の駅なら歩いた方が楽だろう、、、という名古屋素人の浅知恵。さすがに疲れたけど気持ち良かった。チェックイン後ライブハウス「スターアイズ」に行く。ちょうど昨夜一緒だった猿渡さん、北川さんが出演している。猿渡さんにマスターを紹介していただいた。次回は是非ライブをやりたいと思う。何だかんだとホテルに戻るともういい時間。明日は午前8時起きという僕にとって大プレッシャー日。演奏では上がらなくても朝起きるというだけで心配になってしまう。バッグからストップウォッチと譜面や先日のリハのMDを出してソロコーラスの計算とかをやるが、ああ、もう少ししたら寝なきゃ、寝なくゃ、、とプレッシャーで落着かない。出る直前に新しく買い替えたデジカメも取説を読もうとするが、これもねなきゃ、寝なきゃプレッシャーで落着かない。結局何も手付かずで寝る事に。。。
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◆2005年4月10日



無事に朝起きて電気文化会館に辿り着く。イベントは夕方に終わり、さすがに時差ぼけの疲れがドドド〜っと。帰りの新幹線はイベント終了が遅れる事を予想して午後6時。ううん、、、さすがにK社、時間通りに終わったので中途半端に時間が空く。控え室で取りあえず休憩してS主事としばし談義。普段なら少し前の新幹線に飛び乗って帰るところだが、今は愛知で万博が開かれていてしかも日曜の上りはどれも満席。何となく時間を過ごして名古屋駅に向かう。晴れ男の僕がホームに上がったところでポツリポツリと雨。電話が鳴るので出ると名古屋のジャズファンからニュースが。しばらく演奏を休止していた順子ちゃん(大西)が今夜名古屋で現役復活するとの事。おお、スバラシイ!、、、せっかく名古屋にいるのに、、、、と言う間に乗るべき新幹線は無情にもホームに到着。残念。雨の降る中を新幹線は進む。録音するソロコーラスなどを描いている内に寝てしまった。。。。結局自宅に帰った時に東京はまだ雨が降っていなかった。やはり晴れ男か。さすがに時差ぼけでこの日はそのまま風呂&ベッドに直行。ここで再び夜型モードに戻さなければ、、、、もうすぐレコーディングなのだ。メールチェックは翌朝に持ち越し午前7時から。すると地震があった。激動の時代だ。再び一寝入りしてやっと長い一日が終わる。時差ぼけの時は一日が30時間くらいあるような気がする。
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◆2005年4月12日



さていよいよ明日からレコーディングが始まる。いつもの事だけど、前日辺りになるとかなり集中して一つ一つの曲の解釈をするようになるが、あまり考えないようにする。明日何が起こるかの楽しみは残しておかなければ。いつも一ヶ月くらい前にはこの状態になるのが理想だと思っているんだけど、何だかんだとバタバタして結局前日になってしまう。でも今回は直前に中京方面に出掛けて演奏したりいろいろと楽しい出会いがあったからすこぶる機嫌がいい。夕食は家人と手分けして競作。料理というのはイマジネーティヴだなぁ。作っていると突然、あ、これとこれを組み合わせるとどんなテイストになるのか今日もが湧いて実践してしまう。昔は散々な失敗をやったものだが、、、、(笑)。作ってすぐに食べれるところが料理のいいとこ。ま、これも気分転換になっているな。本日は牛肉のマスタード焼きとつくね風とり肉団子ネギソース掛け、そして家人の料理が食卓に並んだ。さぁて、風呂に入ってのんびりしよう。と、思ったらいろんなメールへのレスや遅れていたリンクなどの作業でまたまた午前様だ。ううん。。これが一番自然なペースなのかもしれませんなぁ。そうそう、明日はレーベルの社長がパッケージの案件でサンプルを持って来られるとの事。それも楽しみだ。
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◆2005年4月13日



今回の初日はユキ・アリマサとのデュオから。午後1時にスタジオ入りしてヴァイブをブースにセット。ピアノの調律はすでに終わり、ユキ・アリマサも到着している。デュオでいつも選ぶのはベーゼンドルファー・インペリアル。このピアノはヴァイブとのデュオではお互いの音が良い意味で分離していて最適だと思う。また、繊細なユキ・アリマサのタッチを余す所なく再現してくれると思っているんだ。


ユキ・アリマサとのデュオで毎回使うクレッセント・スタジオのベーゼンドルファー・インペリアル


ゆったりしたオリジナルからスタート。お互いに今日のコンディションとスタジオの環境を探りながらのこの時間はゆったりと流れる。テイクを2つで終了。ちょうどレーベルの社長が差し入れと今回のパッケージのサンプルを持ってこられた。「全然音が違いますねぇ」と新しいマレットに対して嬉しい感想をいただく。パッケージのサンプルは面白い。これなら描いていた形が出来上がると思う。



いつものMusser M-55(440)と新たにInaki Sebastian Malletsがスタッフ



続いてユキ・アリマサの新曲。テンポとフィールの決定までいくつかの試みを録音して最終的にOKテイクを出すまでしばらく奮闘(と、言っても話し合いの方が長いんだけど、、)。予期せぬフォームが採用となったが結果としては一番マトを得ている。何度もユキ・アリマサとは演奏したが、彼の曲の持つポイントに到達するまではある程度の時間が必要とわかっているが、やはり始まってみない事には着地点は見えないものだ。

気分一転でクリフォード・ブラウンのアップテンポの曲を録音する。これはライブでやっているのでテイク2つでOKとなるが、やはりスピード違反です(笑)。

続いてオリジナルで本日初めて演奏する曲。「ああ、こんな曲作るんじゃなかった」(笑)と演奏者の僕が思わずサジを投げそうなピンポイントの応酬だけど、作っちゃったもんね。と、後ろで作曲者の僕が笑う。ううん。。どうも内部分裂しているのだけど、徐々にポイントが見えて来る。ココだ、というこれまたピンポイントを押さえて終了。

本日の最後は超有名スタンダード。この曲を選んだ理由は、2月のちょうどアレンジを始めたある晩に車を運転していると、いつものFMステーションから偶然流れて来たこの曲を聴いて「ハッ」とした経験から。思わず車を止めてカーラジオから流れてくるこの曲に聞き入ってしまった。慣れ親しんだスタンダードながら、このテンポでやるのはとても新鮮。本日の最終曲として相応しい。

ちなみに、僕がラジオで聴いた歌手の話しをしていると、チーフ・エンジニアの花島君が「それって波の音とかSEが入ってませんでしたか?」と言う。うん、確かにそうだ。でも運転中でDJが言ったインフォメーションなど覚えていない。ただ、曲が流れてから「おや?」と思って聞き入ったのだから。「それはこれじゃないですか?」とiPodを再生して聴かせてくれた。「あ、これだよ、これ!」。驚いた。そしてその正体がビヨークというロック系のボーカリストである事を初めて知った。アリマサ君も興味を示し「どれどれ」と聴いている。「ジャズはこうやって歌うべし」みたいな固定観念の無いジャズスタンダードは本当に心に響くのだ。なぜなら、僕も「ジャズはこうやって演奏すべし」というのと無縁に育っているからだ。物事を最初に起こした人の事はその人にしかわからない。自分が無理せず、その人と同じフィールドに立てる時は別だが、勝手な想像は音楽の発展性を封じ込めてしまうだけ。いろんな形があるのがジャズの魅力じゃなかったか? と、それはともかくとして、こちらが収録リストで出した曲を事前にあらゆるメディアから収集して聴いているエンジニアに敬服だ。



ユキ・アリマサ(p)



計画のデュオ枠分数に約30秒を余すというまたまたピンポイントの偶然で初日の録音は無事に終了。クリックを使わない録音は曲の長さが全体に与える影響は大きい。いつもの如く、またアリマサと二人で偶然の良い記録が残せたようだ。こればかりは計算出来ないんだよね。

明日はバンドセッションの一日目。メンバーの中の二人が本日は仙台で演奏している。無事に到着する事を祈りつつ明日を楽しみにしよう。


二日連続でヴァイブをブースにセット。@クレッセント・スタジオ



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◆2005年4月14日



本日はバンド・セッション録音の第一日目。午後1時少し前にスタジオに着いたらちょうどピアノの村井秀清君がキーボードを降ろしているところだった。彼は今朝仙台から戻って来たばかり。スタジオに入ると同じく仙台から戻って来たベースの須藤満氏がいる。ちょうど二人は「秀景満」のツアーで昨夜は仙台、明日は秋田とツアー中なのだ。本当にお疲れさま。感謝しなければならない。スタジオのコントロール・ルームにはドラムの小山太郎君がいる。偶然にもこの日曜日に彼とは名古屋でニアミスしたばかりだ。今日は昨日からスタジオにヴァイブを置きっぱなしなので組立てる必要がないから楽だ。「少し早いですが、ドラムのサウンドチェックから始めましょうか」という今回のチーフエンジニア花島君の言葉で本日の作業が始まる。彼は前作でもチーフエンジニアを担当しているので僕らのやり方(操縦方法と言ってもよい)をよくわかってくれている。(もちろん話しだしたら切りがない事も。。。/笑)。どんどんドラムのサウンドが決まって行き、ベース、ピアノとそれぞれのサウンドが整ってくる。予定では午後2時過ぎから一曲目のリハと録音に入ろうと計画している。このメンバーはとにかくアップデートでリハを組む予定が取れなかったのだ。だから一日で録音する曲数を絞り「出来たて、ホッカホカ」のサウンドを録りたいと思っているんだ。



本日はNYスタインウエイ。Mr.pianoの好みに対応できる@クレッセント・スタジオ




Mr.Bass              Mr.Drums



さて、では、そろそろ音出しに入ろうと思って、まてよ?の疑問符が、、、、。あれ? いない、うん?そう言えばもう1人を今日は誰も見てない。携帯に連絡が入ってる様子もない。ならばきっと渋滞かもしれないし、先にベーシックな音出しを始める内に来るだろう、と、この段階ではそう思って「先に曲をザーっと音を出しながら見ましょう」という事にした。まぁ、取りあえず今いるメンバーで曲を何度かスルーさせて慣れておけばいいよ。と、判断して音を出し始める。とは、言うものの、進行役としては、万が一事故にでも遇っていたらという心配やら、万が一予定を間違っていて来れない事態も想定しながらやらなきゃならん、となると音を出しても気は漫ろで全然集中出来ないものだ。ううん。。。。でも、しっかりその場で出したアイデアに対するメンバーのレスポンスは聞き分けなきゃならない。止める事は出来ないのだ。しばらく臨時のフォームで音を出して休憩にする。時刻は午後3時。携帯を見ても着信記録がない。もしかすると、家が火事になって携帯やらアドレスやらが炎に包まれて「キャ〜、どうしましょう」と言っているのか、、いやいや、悪い方には考えまい。。ひょっとするとスタジオを間違えて路頭に迷っているのか、、、いやいや、それならメンバーの誰かの所に連絡が入るはずだ。ううん。。やはり、これは電話してみようと思い番号を出そうとした時に「あ!」と思い出した。つい最近番号が変わったというメールを受けていたまま旅に出て更新していないのだ。須藤氏に尋ねてみると「わかるので連絡入れてみましょう」と。助かった。。。。。。。で、須藤氏からの報告が、、、。

「家におりましたッ!二日前にドイツから帰ったばかりで只今時差ぼけのドツボにはまっておりまッス!今から慌てて出まッス!スイマセン、スイマセンを延々と繰り返しておりましたッ!」。

その一時間後、正に顔面蒼白というのはこの事なのか、という真っ青な顔色で到着したリードの宮崎隆睦がスタジオにいる。事故とかではなくて良かったという安堵の気持ちと疲れが一気にドドドーっと押し寄せてくる。やはりいつでも予測不能の状態は「想定内」と言えるようにしておきたい。A型はこれが苦手なんだ、まったく。。。。と、おいおい、宮崎君もA型ではないか、、、まっいいっか。

全員揃う前に4人で始めたアントニオ・カルロス・ジョビンの曲を完了させる。この曲、どう検索しても僕が記憶している音源にしか入っていない。ポピュラーな楽曲の多いジョビンの作品にしては珍しい。この曲は後日のセッションの時にマリンバを弾く事にしている。イメージがどうしてもヴァイブではなくマリンバなんだ。自分でマリンバを弾くのは94年の日野晧正BAND以来だから実に11年振りとなる。後日どんな仕上がりになるか今から楽しみなんだ。

続いて例のピックアップのメロディーで論議をかもしたベニー・ゴルソンの曲に入る。やはりこの曲はサックスがいないと気分が盛り上がらない。このメンバーでチャレンジする為に選曲したからだ。ここで当初予定になかった二つの注文を出した。一つはベースの須藤氏にフルコーラスのソロをお願いした事。もう一つはドラムの小山君にVampでソロをお願いした事。この二つのソロはこの曲のハイライトと言っても過言ではない。このアイデアは宮崎君がもしも、、、の時にどうするのかを考えていた時に試したところ、あまりにも素晴らしいので急きょ全体の構成を替えてでも記録したかった。ううん、、そういう意味では宮崎君に感謝すべきか??? うん。感謝すべきだね。



こんなところにEwi。。。



夕食を挟んでオリジナル曲に入る。この曲はかつてレコーディングしている曲だが、今回のアルバム・コンセプトを想定した時に、まったく別のアプローチから是非新たに録音してみようと決めた。結果はこの初顔合わせメンバーによる素晴らしい出来のトラックとなった。以前収録したアルバむと聴き比べていただけるときっと今日の僕らの音楽の変化がお分かりいただけると思う。

さて、午後10時を過ぎメンバーはまた四方八方へ去って行く。「秀清満」の二人は次のツアー地へ。来週のツアーには宮崎君も加わると言うから、ひょっとすると会場で数々のエピソードが語られるかもしれない。小山君はこれから帰ってドラムセットを車から降ろす作業があると言う(理由は余りにも太郎君らしいのでココでは省略する/笑)。一番疲れたのは宮崎君だろう。必死でレコーディングのテンションを上げようとしている彼の気配りが痛いほど感じられた。今日一日本当にお疲れさま。僕は明日夕方までの予定を済ませると再び東京駅から今度は寝台に飛び乗って西へと向かう。この二日間のラフミックスを個室の中でじっくりと聴きながら後半の録音の時間配分とプランを練るとしよう。名古屋や岐阜を通過するのは午前3時頃だろう。週明けに戻って来ると今度はピアノ、マリンバ、ヴァイブのトリオのリハーサルが待っている。



左より須藤満(b) 遅れて来た宮崎隆睦(as,ewi) 小山太郎(ds) 村井秀清(p)



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◆2005年4月18日



今朝の寝台で3日振りに自宅へ戻る。午後まで仮眠してレッスンを済まし、夕方マリンバとのデュオのリハーサルをやる。今回はデューク・エリントンとラルフ・タウナーというまったく世代感の異なる作品を取り上げた。従来はピアソラ等を取り上げていたが、アルバムのコンセプトとは少しマッチしない部分があるので全て新曲とする事にした。本日はタウナーの曲を。ECMを代表するギタリスト、ラルフ・タウナーのリズミカルな曲。ともすれば「まったり」と流れてしまうマリンバのイメージを払拭する曲を探していたら、この曲を思い出したんだ。まだ二人のタイミングが微妙に合わない部分があるが、全体像は見えてきた。明日ピアノの村井君が加わって三人で演奏するオリジナルも軽く事前リハをする。このオリジナルは3年前にヴァイブ、ギター、ピアノで演奏し、六本木ピットインなどでも披露したものだが、なかなかアルバム・コンセプトを詰めると録音の候補とならなかった。リスナーの方からも是非いつか録音してほしいというリクエストも頂いていて、今回ようやくこの曲とアルバム・コンセプトが一致したので取り上げる事になった。作品というのは書いた時が旬とは限らないから常にストックしておくようにしている。今回はマリンバのサウンドがこの曲の持つニアンスをより高めてくれると確信している。明日のリハが楽しみだ。夜、村井君から連絡があり、自宅までのマップをメールで送信しておく。はて? 彼は前にも来た事があったはずだが、、、、、っま、いいっか。只今小山君(ds)に送るリハを記録したMDを編集中、、、、、。
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◆2005年4月19日



午後の予定を終えて午後3時からピアノの村井君、 マリンバの松島さんと3人でのリハーサルを行う。まずはカーラ・ブレイの曲から。難解なテーマを何度も繰り返す内に着地点が見えて来る。ソロパートまで進んでみる。なかなか面白い演奏になりそうだ。この三人に本番ではフルートの井上氏が加わる。事前にフルート、ヴァイブ、マリンバでのリハは済ませてあるので、ミックスした状態を想定すると、なかなかアグレッシヴなトラックになりそうだ。小休止の後に、今度はこの三人で演奏するオリジナルにかかる。これは至ってスムーズ。2回と通しでポイントと変更点を確認して終わる。しばし歓談の後に再び「もう一度カーラ・ブレイの曲をやっておこう」という事になる。2、3回スルーしながらソロパートのポイントを探る。これもほぼ完成に至った。あとは本番でのお楽しみ、、という事でリハーサルは終了。程よい時間だ。終わってから村井君が聴きたいというのでブラッド・メルドーのトリオを聴きながらの歓談。「これよりもチャールス・ロイドのアルバムのメルドーが好きだ」と僕の意見にいろいろな論議が加わる。ピアノ・トリオって本当に難しい、、、、というのが結論でリハ2時間、歓談1時間で本日は解散となる。村井君は明日から再び「秀景満+隆」で関西方面へツアーだ。こちらは明日再びマリンバとデュオのリハーサルだ。前回は全体をザーっと通す事が目的だったが、明日は細かいところをまとめあげる予定。
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◆2005年4月20日



後半のレコーディングに向けて楽器の調整を行う。この季節は寒暖の差が激しいので微妙なノイズが出やすいのだ。先日張り替えた臨時の紐(鍵盤)をどうするかも問題だ。ここまでの録音を聴くと多少ノイズが出ている。しかしここであまり手を加え過ぎると後半の録音で音質が変わってしまう事もある。演奏者としては極力ノイズは避けたいが、フィールが変わるのは問題だ。取りあえず本体の共振部分のメンテを行う事にする。今メインに使っているM-55はボストン時代に試奏し中古で購入してとても気に入っているんだが、やはり日本の湿度に各所が痛んでいる。もう一台同じM-55がツアー用にあるが、現在はこれを部品供出用にしている。もっともこちらの楽器はA=442のピッチでメインのA=440とは使う用途を区別しているが、やはりA=440の方が圧倒的に響きが良いんだ。最近はどんどんピッチが上がる傾向にあるが、そうしないと鳴らない楽器が増えたという事か。ヨーロッパのオケではA=444もあるという。レコーディングの場合、メインになる楽器のピッチは多少低くても気にならないが高いとかなり苦しい。レコーディング・スタジオのピアノは基本的にA=441で調律されているから、やはりA=440の楽器が一番ブレンドするんだ。ちなみにアメリカでは現在でもA=440が主流。アメリカでベーシック・トラックを録音して日本でオーバーダブする時は要注意だ。アメリカ録音だと音が違うという人がいるが、その要因の一つにはこれもあるんだ。乾燥しているから楽器もよく鳴る。

夕方からマリンバとのデュオのリハーサルに。ラルフ・タウナーの曲とデューク・エリントンの曲。分数を計ってアルバムの時間配分をまとめる。この時点でソロは何コーラスか、テンポはどのテンポか、が決まってくる。前回微妙に合わなかった所とテーマの音域を少し変更した。マリンバの音域は広いので何処を使うかで迷うが、実際に音を出しながら試行錯誤を繰り返す内に、この楽器は常用音域で十分表現出来る事がわかった。アレンジ上で低音域をふんだんに使う部分もあるが、それがずっと続くとスッキリしないんだ。あえて使う意義を考えるとどんどん常用音域に戻ってくる。フル・レンジが備わる事は良い意味で表現は広がるが効果的に使わないと意味が無い。弾かないでもそこにある音を感じさせる事も大切な表現方法だと思う。他の楽器とのコラボレーションではそこがこの楽器の可能性を支配しているように思えてきた。その両面にスポットを当てた面白い演奏が出来そうな気がする。
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◆2005年4月21日



アルバムのジャケット・デザインについて取りかかる。リリース時期との兼ね合いから、音源の完成を待たずしてこの作業に突入だ。音源は未完でもそこはプロデューサーだからコンセプトは明確だ。だからこの作業は音作りの半ばまで来れば入れるのだ。

CDをどのようなパッケージにするのかはリスナーのみなさんがアルバムを最初に手にした瞬間に受ける印象に大きく影響がある。ジャケットはそのアルバムの顔であり、言わば音よりも先にリスナーの方の目に触れる重要なアイテムだ。どんなにカッコいい音を記録したアルバムでもジャケットが良く無かったら魅力は半減すると言ってもいい。まして、MP3で一曲毎に音楽が手に入る時代。アルバムという制作者の意図が反映された商品パッケージにならなければ意味がなくなってしまうのだ。そのような意図から前作「Still Oh The Air」(TBMレコード)は自分でアルバムのジャケット素材を揃えた。今回もその手法でやる事にしている。

確かに素材を探せば「世界一綺麗な空」や「ついついソソられるCG」「見た事もない素晴らしい世界」などもアルバムのコンセプトと一致していればいいと思うし、イメージを優先させて専門の方にお任せするのも悪くはない。そのほうが意外な出会いや偶然のコラボレーションを生む機会もあると思う。しかし、、、、その中身(音)の源流に触れられるのは実はミュージシャン自身だと思うんだ。特にインストとなると言葉(歌詞)のような具体性を伴ったものがないので抽象的になりやすい。こんな事が昔あった。ある曲を作って録音して、たまたま現場でその曲の印象についての話になった。僕はその曲を森林や山方面の印象で語っていたが、その場にいた他のスタッフは「いや、これは絶対海ですよ。深い深い海ですよ」と言う。ふむ。確かにアルペジオの空間をそういう風に捉える事も出来るが、それはリバーブの効果でそう聞こえるだけだろう。いや、これはそうじゃない、風だ、風。へそ曲がりの僕はそれで嫌気がさしてしまった。(別に海でも山でもよさそうなものだけど)リスナーの方が自由に解釈してくれるのは嬉しいが、一緒に現場にいる人がこれではどうしようもない。この辺りからある程度は自分で示さなければならない音楽以外の事もあるのに気が付いた。でも、だからといってそういうイメージを聞き手に強制する気はさらさら無いんだ。僕らは示すだけ、あとは自由に楽しんでいただければそれでいいんだ。

デジカメを買った頃から気軽に一瞬の面白い光景を撮るようになった。別に用途はない。でもこれも曲と同じように、無意識のストックがその時々の自分の目線を現わしているようで、アルバムの素材として一致する事が多い。だから素材は出来るだけ、この日本の国内で見えるモノ、自分がソコに居てファインダーから覗き見たものである事が重要になってくる。だって曲作りで音と対向している時、自分の目の前に広がるのは音符だけではない。別に国産主義者でもなんでもないが、自分が見たもの、触れたもの、から全ては成り立っているんだから、音符で記録する事と画像で記録する事にそんなに大差は無いと思ったんだ。まぁ、センスがあるかどうかは別だけど(笑)。だからCGや自分が触れてない光景はアルバムのジャケットには使わない。あるのはデジカメで撮った画像のストックだけ。これをデザイナーと構図のイメージをやり取りしてジャケット・デザインとするのは、実は音作りと同じくらい楽しい。で、今回もデザイナーに前作・前々作を担当してくれたクサノ・ナオヒデ君に依頼する事が決まった。

それと共に、アルバム・タイトルが徐々に頭の中に浮かびつつある。今朝新しいデジカメで撮った素材は有力候補だ。この二つはこの時期からグググッと連動して、あっと言う間に具体化されるんだ。プロデューサー + マネージメント + ミュージシャン + コンポーザー + アレンジャー + ジャケットカメラマン + コピーライター、、、、、おいおい、一体いくつのワラジをはけばいいんだ?。

でも好きじゃ無きゃやれない事だけは確かだ。
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レコーディング・セッション-2(↓)に続く


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2008/10/31 4:50
Produce Note-2005/レコーディング・セッション-2  ●近過去帳-I (Produce Note/レコーディング・ルポ)
Produce Note<近過去帳>

前回(Produce Note-2005/レコーディング・セッション-1)からの続きです。

★メニュー

・2005年4月/録音 (その2)
・2005年5月/とんだアクシデントで・・・
・2005年5月/トラックダウン(ミックス)


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◆2005年4月26日



本日からレコーディングの後半戦がスタート。お昼過ぎにスタジオへ入ると既にマリンバが到着していた。デカイ。いや、ホントこれはどのようにマイクをセッティングすれば良いのかエンジニアの花島氏も思案中。ヴァイブはマリンバに比べるとコンパクトだから僕はいつもブースの中にセットする(実はそのブースの中でヴァイブの音の振動に包まれるのが好きなんだ。ヘッドフォンを介するので音が広散する広いメインブースだと何となく寂しく感じる、いわゆる恐怖の密室芸人症候群である/笑)が、マリンバは果たしてどうか? ヴァイブの隣のピアノ用ブースにマリンバをセット。フルコンサートサイズのグランドピアノとほぼ同じようなレイアウトにフルレンジのマリンバが納まる。さすがに松島さん1人で組立てるには時間が掛かるだろうとスタジオの近所に住むトランキーロのヴァイブ&パーカッション奏者今津咲子さんにヘルプをお願いしたので二人掛りで奮闘、、、、と思いきや、スタジオに届いた楽器はYM-5100でパタン、パタンと折り曲げられたパイプを伸ばすだけでOK。あっと言う間に組み上がってしまった。一同ちょっと拍子抜けする(笑)。その横でマイクのアレンジにエンジニアの花島氏奮闘中。



本当にでかいマリンバをあやつる松島美紀(mar)


とにかくやってみない事には何もわからない、という基本に徹して予定の午後1時にヴァイブとマリンバのデュオでラルフ・タウナーの曲からスタート。このデュオでは今までにホールや放送局等で何度かデュオをやって来たがさすがにスタジオでとなると状況は異なる。ましてお互いにブースに分かれてヘッドフォンで聴き合いながら同時に録音というのは慣れるのに時間がかかる。コンサートやライブのようにメインブースに二つの楽器をセットしてヘッドフォン無しでやる方法もあるが、それではどちらかに不測の事態が起こった時に何度も録音をやり直さなければならない。松島さんはコンサートの経験は豊富だがスタジオの経験は殆どないので当然緊張するだろうし、一日で6〜7曲を収録して行くスケジュールとの兼ね合いもあるし、あらゆる意味でフォローが可能なブースとヘッドフォンによる演奏を選択。ましてジャズの場合、譜面になっていない部分が重要で、二度と同じ事(再演)は出来ないんだ。

最初に「試し録り」を行ってコントロールルームで聴く。ううん。。。。。、、、、、、。やはりマリンバの音色にみんな頭を抱えている。当の本人も「ううん、、」僕も「ううん。。」。広いコントロールルームの中にたくさんの「ううん。。」があちこちから発生して「ううん、」の大合唱となる。まぁ、心配する事なかれ、花島=赤松コンビはこれが2作め、花島氏のアシスタント時代を加えると随分いろんな録音をやっていろんな問題を克服して来た。無敵なのだ! 聴き終えてからしばし対策について議論。方向転換というのはそこに関わる全員の意思が揃わなければやるべきではないと思うが、ここは二人とも同じ方向転換を描き始めているのがわかる。「マリンバを外に出しましょう」どちらともなくその言葉を口にする。さぁ、大移動だ。メインブースにセットしていた本日のピアノ(村井君のリクエストしたスタインウエイ)とマイク類を一旦バラし、ブースの中のマリンバとマイク類をメインブースに移動。そしてピアノとマイク類をそれまでマリンバをセットしていたヴァイブの隣のブースに移す大移動だ。でもこれで少しでも「ううん、、」が解決するなら何でも試してみなければ。再びマリンバの音作りから始まる。ここまでで予定は約1時間半押し。「どうなるかこれでやってみましょう」という花島氏の言葉で再び「試し録り」テイクを録音、そしてコントロールルームで聴く。「うん、確かに良くなった」「同感」「よし、今日はこれで行こう」という前向きな空気に一転する。何でも初めての時はそうやって打破するものだ。この時間は決して無駄な時間ではない。ここから先は我々演奏者が責任を負う時間になるんだ。いくつかのテイクを録音し音楽的、録音的な判断とアルバム・コンセプトと時間配分を照合しながらOKテイクを選ぶ。午後3時30分。既に本日のピアニスト、村井秀清氏は入り時間の午後3時に到着している。

デュオはデューク・エリントンの曲に進む。このイントロは松島さんが育った音楽フィールドのエッセンスを取り入れてアレンジしてみたので面白いと思う。ヴァイブにはないマリンバだけの世界。いくつかのテイクを録音しOKテイクを選んで小休止。お待たせしたピアノの村井君が加わる為のサウンドチェックが始まる。その直前にサックスの宮崎君がスタジオに現れた。昨日までの「秀景満+隆」のツアーで楽器を村井君の車に預けていたので取りに来たのだ。



「秀景満」ツアーから戻って再び参上!村井秀清(p)



ヴァイブ、マリンバにピアノが加わりオリジナルの録音に入る。偉大な作曲者アントニオ・カルロス・ジョビンが逝ってからもう随分になるがそのショッキングなニュースを耳にした時に捧げて作ったオリジナル曲だ。この3人の編成を最初に描いた時、まっ先にこの曲が浮かんだ。リハはやっているものの実際に録音されたものを初めて客観的に聴く瞬間は自分が目指していたものに焦点が定まっているのかどうかが一番判断しやすい。それによって以降の作業を確定するし、時には思わぬ展開に焦点を移す事だってある。第一に僕らのアルバムをみなさんが手にして戴いた瞬間と一番近い状態を描けるのはこの一回のこの一瞬の空気しかないんだ。僕はこの曲のイントロが聴こえた瞬間に自分が目指しているものと一致している事を確信した。みなさんがどのように思われるか楽しみだ。

その録音の最中にフルートの井上さん到着。今日は僕と松島さんを除くとみんなバラバラに入り、そしてバラバラに去って行くスケジュール。全員が揃ったこの時間に夕食をとる事にした。食後はリフレッシュして本日の後半に突入だ。ここまで押し押しで来ているが何とか夕食の時間に間に合った。(レコーディングは予定通りに進行するとは限らず食事抜きでやる状況も少なく無い)



現場の空気までもホットにしてしまう井上信平(fl)


食後にこの曲というのも凄いものがあるが(笑)、本日一番のテンションを要求されるカーラ・ブレイの曲に入る。最初はサウンドチェックを兼ねて何度か曲をスルーする。ヘッドフォンのバランスやら演奏の方向性などを少しずつ定めながらスルー。ではそろそろ、、という所で録音開始。最初は少しバラバラであるがもう一つテイクを録る頃には爆笑も生まれるほどに和む。このセッションでの井上さんの存在は大きい。彼が加わる事によってその場の雰囲気までホットになってしまうのだ。音楽は本当に面白い。OKテイクはスリリングでかつユーモアさえ感じられるものと。エラいオモロイ曲になったゾ〜!

ピアノの村井君が抜け、フルート、ヴァイブ、マリンバのトリオによるオリジナルに入る。このレコーディング用の曲として最後に譜面が出来上がった曲だ。だから出来たてのホカホカ。マリンバの響きの「和み」に焦点を当てた曲だ。しかし、この編成はエンジニア泣かせでもある。花島君が奮闘してサウンドが落着いてきた。ホールやライブでは問題にならない事が全体のサウンドに影響するレコーディングの難しさというのがわかる編成だが、無事にOKテイクがあがる。



隣のフルート・ブースからヴァイブ・ブースを撮影。その奥のブースにはピアノが。マリンバは正面(譜面台側)のメイン・ブースに


さて、本日ここからは時間との勝負に。なぜならレンタルしたマリンバの返却時間が迫っているのだ、いや、もうリース会社の人はロビーで待機している。う〜ん、これはプレッシャー。で、何をそんなに慌てているかと言えば、僕がマリンバを弾く番なのだ(笑)。14日に収録したジョビンの曲のソロをマリンバに入れ替えるんだ。もう何年もマリンバを本番で触ってないし、リースする楽器は当然初めてのタイプだし、ううん、、、これはマジでプレッシャーですゾ。当初の予定では1時間の中で楽器に慣れつつオーバーダビングというものだったが、そんな時間的な余裕はない。ここまで松島さんが弾いていた感触からこの楽器は少しアタックの明確なマレットじゃないとリズム隊の音で埋もれてしまう事を予測、予め用意していたGOOD VIBESを持ってメイン・ブースへ。唯一心強かったのはこの曲を選択した瞬間から僕の中では「この曲のソロはマリンバしかない」という確信があった事。サウンドチェックも兼ねていきなり録音。ところが、これが楽しいんだ。こんなにマリンバが楽しかったのも稀で、取りあえずマレットを替えてもう1テイク録音。コントロールルームで一聴後、がぜんファーストテイクという事でOKテイクが決定。この間30分演奏5分。綱渡りもいいとこだ(笑)。



仕事中は背中しか見えませんチーフエンジニア花島氏



マリンバが解体されてスタジオから去ると、少しだけ編集作業に。ピアノの村井君がサクサクと作業を進める。時々迷った村井君にアドバイス等をしながら作業は良い結果を生んだ。

深夜になろうとする頃になって再びヴァイブのブースへ。本日の最後はヴァイブ独奏だ。ハービー・ハンコックの曲をいくつかのテイクに納めて本日のレコーディングが終了した。

明日のバンドのレコーディングに続く。
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◆2005年4月27日



昨夜のレコーディングを終えて帰ったのは午前3時過ぎ、それから本日(昨日だけどまだ一日が終わってないので)収録した曲と初日に収録したデュオトラックとの分数合わせやら何やらをやっているとあっと言う間に太陽は昇り、慌てて風呂に入り午前11時起床。さすがに疲れはピークに達しているが快晴の太陽を浴びながらのスタジオまでのドライブはすこぶる快適だった。しかし、まだ完全に身体は起きてないんだな、これが。そんな中で到着は定刻の午後1時ジャスト。スタジオに入るとメンバー全員集合済み。ピアノがユキ・アリマサ、アコースティックベースが武田桂二、ドラムが小山太郎という面々だ。なぜかコントロームルームの机には御菓子の山(笑)。みんな長丁場を覚悟して差し入れを持って来てくれたんだが、殆どのメンバーが提供してくれた為、山のように積み重なってる。こりゃ一日ではとても喰いきれんゾ!(笑)。

そんな中にヴァイビストを発見。北関東を中心に活躍している小林啓一君だ。メンバーでドラムの小山太郎君の同級で二人して中学生の頃に当時20代前半の駆け出しの頃の僕と会ったのが最初で、随分縁の長い仲間だ。普通はスタッフ以外立ち入り厳禁の場だが、20数年来の彼は特別だ。



本日のMr.pianoは再びベーゼンドルファーをリクエスト



さて、毎回の事だが、その日最初に録る曲については時間の予測がつかない。なぜならば毎日異なる環境、体調、天気や他いろいろなものがプレーヤー1人1人に影響し異なった状態で始めるのだから、それを合わせるのに時間が掛るのは当たり前の事だ。時にはお腹が空いている事や贔屓にしているスポーツの試合の結果、はたまたペットの体調の事まで音には影響すると言ってもいい。そう言った全ての事が1人1人のミュージシャンを支え音楽として毎日違う結果を残す。今回のレコーディング日程でスンナリと始められたのは初日のアリマサ君とのデュオだけで、後は全てその日最初に録音する曲は2時間以上掛っている。あ、遅れて来た人もいた(笑)が、それはさておき、ミュージシャンとエンジニアが「その日」の環境に馴染むにはどうしても時間が必要なんだ。かく言う僕だって全然身体が起きて無いし(笑)。

最初のオリジナルの「試し録り」を終えたところで今日はモニターしている音についてメンバー間とエンジニア間でしばし議論が始まる。それぞれがブースに分かれて互いの音をヘッドフォンで聴き合いながら演奏するのだからモニターは重要なんだ。それぞれのブースはガラス貼りなので互いの動作は見えるのだが、、、、。ポップスの録音ではクリックを使い、それぞれが別の時間帯にリズム録りやソロ入れ、バックグラウンド入れ等を行うので何度でも一部分について完成度を高める作業が出来るが、ジャズの録音ではクリックなしでマルチトラックレコーダー(今回はプロツールス)を使って同時に全体を録音するのでモニターの状態は演奏に大きく影響する。この時はモニターの音に関して問題が提示された。モニターに聴こえてくる音と自分の音楽的な表現が一致しないというのだ。演奏者が描くダイナミクスというのは全体のサウンドの中で感じるままに反応しているのでとても重要だ。エンジニアの立場からの説明を受けるが、演奏者の立場ではもちろん納得できるわけがない。こういう時に普段ボケーッとしているリーダー兼プロデューサーは二者が発する言葉から問題の根源をそれとなく察する必要があり、それの打破と実行を宣言する権限がある。それぞれの言っている事に過ちがあるわけではないが、どうも論点に微妙なズレがある。現状では出来ないというのであれば、一度違う方法で試す必要はある。その為の労力とコストは惜しむべくではない。そこで「まったく違うセッティングで一度録音してみよう」と提案し両者を動かす。ここでこのまま論議していても何も始まらないのだ。しばしセッティングに時間を割き改めてテイクを録る。楽器の全音域の音が均等に聴こえモニターのバランスは格段に改善されたが、今度は描いた音楽的なダイナミクスが聴こえてこない。扁平な音なのだ。本当に微妙な問題。しかし問題となる楽器を除けば他は納得するテイクである。そこでエンジニアの花島君に「これは新旧二種類のセッティングで記録してあるね?」と問うと「もちろん」という返事が返ってきた。伊達に何度も録音をやってきたわけじゃないので僕の意図する事はしっかりとわかってくれている。じゃ、この問題はトラックダウン(ミックス)の時に我々が解決する事ができるはずだからこれをOKにする。演奏は申し分なかったのだし。そして、これ以降は「別のラインを経由して表情が生かされた音」をモニターに返してもらう事でこの問題は打破する。時刻は午後3時に近付いている。次に進もう。



再び登場Mr.Drums ヴァイブ・ブースの左側ブースにセット



ヴァイブ奏者でピアニストでもあるビクター・フェルドマンの有名な早いスタンダード曲に入る。やや速のテイクと無茶速のテイクを記録する。修正作業はあるもののどちらを採用するかを先に決めなくてはならない。今回は無茶速のテイクを採用する事に。ごきげんにスイングするユキ・アリマサがベーゼンドルファー独特の響きと急速調のテンポで絶妙のコントラストを描いたテイクだ。

しばしの休憩にレーベルの社長が2000年にリリースしたアルバム「NEXT DOOR」の音源がmp3で携帯au 「着うたフル」TMで配信が始まった(従来は着うた「着JAZZ」による一部分の配信のみ)事とその配信されたものを再生して聴かせてくれる。一聴して音が良いのに驚く。早速興味を示した本日のメンバーが回し聴きし一様に音の良さにびっくりしている。やがてこのレコーディングの音源も配信される事になるので良いサンプルのお披露目となった。ミックスの日程やマスタリングの候補日等業務的な打ち合わせをし次に進む。

フルートの井上さんから電話が入る。「何時頃に入りましょうか?」。今日は前半にクァルテットを3曲、後半に井上さんが加わり3曲というスケジュールだ。井上さんは昨夜のレコーディングから連続しているので一応の目安として「午後4時頃」という入り時間を伝えているが作業の進捗状況を見て判断すると言う事で電話を入れてくれる事になっていたんだ。時刻は午後3時過ぎ、状況判断から「午後5時過ぎを目安に」と伝えた。メンバーの事や作業工程を考えて2時間で2曲という計算に至った。



初登場Mr.ac-bass ヴァイブ・ブースの右側ブースにセット



もう一曲はセロニアス・モンクの曲だ。ここに来て若干ヘッドフォンから聞こえる音で各楽器のピッチが気になり始める。倍音が一番強い楽器の音に吸収されて微妙なピッチの差が残像として残るのだ。ある意味でこの辺りでようやくヘッドフォンの音に馴染んで来たから聴こえ始めた音でもある。当初の予定ではヴァイブのメロディーはブロックコードを伴ったもので演奏する予定だったが。何度演奏しても馴染まない、それどころか自分で気持ち悪くてバランスを崩してしまう。それでもテイクを残してコントロールルームで聴くとそんなに気になるものではない。演奏事体はこの曲が違和感なくこんなスタイルに変化したという当初から予測している雰囲気を保っているので今の状態で一番良い事は何かを探ると、気持ち悪い部分のメロディーをシングルトーンにする事で糸口が見えて来た。そこでシンプルにアレンジを変更しOKテイクを録る。

時刻は午後5時少し前。まだ井上さんは到着していないのでさっきの部分的な修正作業に入る。30分で終了。ちょうど井上さんが待機中。挨拶もそこそこに次の曲に入ろうとする、と、某ドラマーから「お腹がすいたのですが夕食はまだですか?」と。ううん。。まだ休息のタイミングではないので「午後5痔半ではまだです(笑)」と。

井上さんが入ってオリジナルに入る。「試し録り」を終えて尺(演奏時間)の事などから音楽的なリズムの表現についてしばしメンバーで論議。毎回ピンポイントを突くような我がままリーダーの要求(笑)にいろんな意見が出る。リズムセクションとソロイストの微妙な受け止め方の違いなども担当セクションでディスカッション。曲の展開に関して井上さんから妙案が掲示される。一度は却下したものの、再度そのアイデアを考慮するとこれがとても良いんだ。一度そのアイデアで「試し録り」をして聴き終えたところで一旦夕食とする。方向が固まってきたから食事で気分転換して食後に一発で仕上げようという作戦だ。まとまった段階での気分転換は良い結果を生む場合が多い。食事によってリラックス出来る面があるからだ。14日も食後に録音したテイクは必要な緊張感と気負いの無いテイクが記録された。但しメンバーによっては食事で一息入れると良い意味での緊張感が無くなりダメになる組合わせもある。今日の組合わせは食事がプラス指向に繋がると読んだ。食事をするロビーのテレビからは先日のJR西日本の大惨事を伝えるニュースが続いていた。

食後予定通り1テイクでオリジナルを録り終えて、スタンダード曲の収録に入る。この曲はピアノが抜けたフルート、ヴァイブ、ベース、ドラムによる編成だ。このホームページでも書いているが、師匠のバートン氏と初めて直接会った時にコード進行について質問した曲で、フルートの井上さんを迎える事が決まった時に是非アルトフルートで、とリクエストした曲だ。2つのテイクを記録し後のテイクを採用した。気が付くと家人が差し入れを持ってやって来ていた。前々作のレコーディングの時にスタジオに付いて来たら一日中大音量で音が流れるので懲りたそうだ(笑)。自分が当事者の時とは勝手が違うようである。

ここで、ドラムとベースは終了、解放(?)される。いろいろとあった一日だったが良い録音が出来た。本当にお疲れさま。


しばし楽器の撤収で休憩後、最後のフルート、ヴァイブ、ピアノによるオリジナルに。ユキ・アリマサとのデュオに1人ゲストを迎えた形で井上さんが加わる。前回はベースの佐藤ハチ氏が加わった「不思議の国のアリス」だったが、今回はオリジナル。フルートという事もあって前回よりもそのコンセプトがお分かりいただけると思う。静かに、穏やかに時間と音が流れ、無事録音は終了。

井上さん、そしてアリマサ君にお疲れさまをして、静かになったスタジオでエンジニアと細部のチェックを済ませ、楽器と家人を乗せた車がスタジオを出たのは日付けが変わらんとする頃だった。


最終日メンバー、左から武田桂二(ac-b)小山太郎(ds)ユキ・アリマサ(p)井上信平(fl)



明日は、、、、、、午後からレッスンの予定がビッチリと詰っている。。それまでにトラックダウンの大まかな構想を練る為に録音したテイク全てを並べて曲順やタイトル(アルバム)、ジャケット素材の選択など、演奏以外の事を進める準備に入らなければならない。きっと寝るのは、また太陽が昇る頃だろうなぁ。。。

今回のレコーディング・セッションは毎日違うメンバーと音楽、そして多くの出会いと偶然を記録する事が出来た。音楽はセッションと言う形が一番イマジネーティブだと思う。何度も練習や本番を重ねてまとめられた音楽もいいが、僕らのような日々の偶然の如き一瞬の出会いと音をジャズという音楽に託すやり方も、ミュージシャン1人1人の資質や個性を浮き彫りに出来る一つの方向だと思う。「ジャズはこうあるべきである」的な形を追う考えを持たないやり方の一つだ。セッションするにあたってポリシーがあるとすれば、それは「音楽の外見や妙な流儀に捕われて小さくまとめるなよ」と言う事。僕らが2005年のそれぞれの日に感じた音を記録する事、そこに集うミュージシャンの資質が反映された音作りとなる事、それを記録する為の準備を怠らない事、、、というとリーダー兼プロデューサーの自己満足だと笑われるッか(笑)。その前に今回も素晴らしい演奏を繰り広げてくれたプレーヤー1人1人に感謝。そもそもがみんなの理解と協力なくしてはセッションというものは成り立たないのだ。

これで終わりと思ったら大間違いで、ここからが描いた妄想をより具体的な形にする作業の始まりなんだ。まだまだ終わらぬProduce Note。一体いつ終わるのだろう?
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◆2005年4月30日



録音が終わると形にする事が終わるわけではない。音は一番重要な形だが、一つの作品というファクターの中身以外の何物でもなく、日々空気中に広散されるライブやコンサートの一瞬の光景と同じだ。しかし記録されたものは永遠に再現出来る(される)のだから、そこにまたまた「見えない妄想」が潜んでいて当然である。 例えば演奏時間の話し。。。。。。1曲1曲がどのくらいの時間新鮮に響いていられるのかを選曲の段階で予測し、収録した物がそれと一致しているかを改めて確認する。 例えばアルバムの演奏サイズの話し。。。。。。CDの収録容量は74分もある。創世記にはなるべく限界ギリギリまで収録したアルバムも多かった。しかし、一つの音楽(アルバム)を流れに沿って聴いていると現代人の感覚では74分というのは長過ぎるという見解になった。今よりも時代の流れも時間の流れもゆっくりしていたアナログ時代のLPでさえ両面合わせてトータル46分の記録時間が限界だった。74分という長大な時間の中で様々な音源や多くの曲を聴かせるコンセプトがメインのアルバム(これらはある意味で音資料と言えるかもしれない)を除けば妥当な演奏サイズというものが見えて「セレクト」というキーワードに繋がる。我々がライブでやる1ステージ60分5曲前後というサイズは視覚的要素を含んだ場合の話で視覚的要素の無いCDでは異なる。 例えば流れの話し。。。。。流れというのは一つ一つの曲のテンポ、キー(調)、リズム、メロディー、イントロとエンディング、ソロ・オーダー、、、いろいろな事が組み合わさって出来るストーリーの事だ。これらも選曲の段階で予測した物と実際に収録した物で若干の違いがある時もあるが概ね「想定内」に留まる事を配慮しながら録音しなければならない。 例えば視覚的要素の話し。。。。。。mp3でダウンロードされた物は「音源」と呼ばれ、商品としてパッケージされたアルバムは「作品」と呼ばれる。その言葉通りであるべきだ。ライブには無い視覚的要素は「想像力」に繋がる素材という事で準備されなければならない。

今回は4日間の収録で4つの編成によりトータル20曲を収録したので頭の切り替えが大変だった。そろそろこのプロジェクトの全容をお話する時が来ましたね。

実は20曲も録音したのは「2部作」だからなのです。一つが55分前後のストーリーに納まりアルバムのコンセプト分けが明解な2つの作品。従来から一つのアルバム、叉はライブで複数の形態や編成による構成で音を奏でる事が自分の音楽を語る上では理想的だと確信していて今回の第一弾のタイトル(後記)にも繋がるんですが、これはヴァイブという楽器の性格も影響しているけど「音楽の基本はバラエティー」という僕なりの方針です、と、言ってもですねぇ、、まぁ、バラエティーという言葉が一般的に受ける印象とは別世界の「赤松流のバラエティー」なんですが、、、。前作リリース後この事をもっと掘り下げてみたいと思い描いていたので、今だから出来る妄想。後でやろうと思っても出来ないかもしれない、、、そんな境地に自分を追いやってみたんだ。

午後のスケジュールを終えて夜新宿で久し振りに昔の弟子I嬢(p)と会う。彼女も一大決心があったようで相談にのった。入った鉄板焼屋で飲みながらいろんな話をし激励する。大志を抱くのは青春の特権だ!と、3時間も盛り上がったのはいいが、モウモウと立ち上る鉄板の煙りの下手(しもて)だったので身体中ベトベトになってしまった。まっいいっか。午後11時に別れて新宿から乗った満員の電車の中で「鉄板焼の臭い」に悩ませられつつ帰った。

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◆5月3日



今朝、ライナーノーツの依頼を音楽ライターの小川隆夫氏にメールで打診した。氏とは90年代初頭の「アンファンIII」(ポリドール)や「Now's The Time Workshop」(BMGファンハウス)リリースの頃に出会った。これらのアルバムを通じていろんな方と出会う事が出来た。前作のライナーノーツをお願いした熊谷美広氏もそうだし、「Now's〜」のプロデューサー小林哲氏とも随分長い。僕は文章で何かを表現するのも、音で何かを表現するのも同じだと思うので毎回誰に書いていただこうかと、楽しみにしている。僕らがジャズを聴き始めた頃はジャズ雑誌とLPのライナーノーツが教則本でもあった。児山紀芳氏にライナーノーツをお願いし直接御会いした前々作の時は完全にジャズ少年に戻っていたもの。ニューヨーク滞在中の小川氏から承諾の返事が来るのに数時間は掛らなかった。楽しみだ。



「近クノ河原ニイマス」



「下ノ畑ニイマス」というのは東北に行った時に宮沢賢治記念館の駐車場で見掛けた札の台詞だが、さしずめ今日は「近クノ河原ニイマス」だ。世はGWというのに休みはない。が、今日はすこぶる天気が清々しいので作業を河原でする事にした。今の作業というのは曲順の考案だ。いつもこの作業になると僕は近くの多摩川に出かける。ココは高い建物がなく平らな土手が続き対岸の林の先には富士山が見える事もある。この時期の作業はいいが、冬になると辛い。でもいつもココに出かけるんだ。前作の時は10月でもかなり寒かったが日中の弱い陽射しの元に震えながらココに来た。不思議なもので、目の前の水の流れを眺めていると頭の中が浄化され、良いアイデアが浮かぶのだ。収録した編成を2日分ずつにまとめた2枚のMDと缶コーヒー、そしてカメラと煙草を携えてやって来た。一度来ると2〜3時間は動かない。かなり変な奴に映るとは思うが、猛スピードで回転する頭の中のアイデアをまとめる事に夢中で気にしてられない。頭出しだけで曲順を設定して再生してみる→しばし無音で次のアイデアを練る→再び頭出しで曲順を設定、、、の繰り返し。また、水の周りはアートの宝庫で、これまでもいくつかの素材をここでカメラに納めている。広い被写体ではサマにならない人工的な河原でも、その一角のピンポイントには想像力をかき立てる瞬像がゴロゴロしている。大半の人はそれに気付かないものだが、、、、、。そんな事をやりながらどっぷりと太陽が傾く頃まで作業を続ける。夕方になって家人がやって来た。「近クノ河原ニイマス」。作業は淡々と着実にストーリーを作っている。家人がカメラで撮ってくれたスナップ。僕が妄想していたものも撮れているのだろうか、、、

夜(と、言ってももうお分かりだろうけど、日付けの変わった頃)写真素材の整理を行う。明日はデザイナーのクサノ・ナオヒデと打ち合わせなのだ。曲順とアルバム・タイトルは99%決まってきた。
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◆5月6日



世間的には今年の連休は8日までなのだそうだ。だから今日は平日とは言え何か休日の「臭い」がすると思った。それはさておき、僕らは休日というのがカレンダーと一致しないサイクルで動いているが、レコード会社は会社だから営業日と休日ははっきりと区分けされている。なので業務的な連絡となるとそのタイミングに合わせて作業を進める必要がある。先日から進めていたアルバム関連の連絡事項を今朝メールにまとめて配信する。アルバム・タイトル、曲順、ジャケットのテキスト校正などを一気に進める。ラフ・ミックスの段階で2枚のアルバムのトータル演奏時間は各55分前後という当初の計画通りに納まった。まずはこれが制作する上で一番気掛かりだったんだ。演奏がいくら良くてもパッケージ化出来ないものが世の中にはたくさんある。演奏者が納得の行くまで演奏すると演奏時間は長くなってしまう。しかし、ライブやコンサートと違って視覚的要素の無いCDではおのずと限界がある事は以前にも書いた。綿密にスコアリングされたクラシックの作品でない限り、曲から曲への移り変わりをどの程度の重量に設定するか、テンポの切り替えはどうするかとか、そういった録音後の事を考えながらレコーディングするのはプロデュースの基本で、アルバムのどの位置にどの演奏を配置するのかで、それぞれの楽曲や演奏者の比重、はたまたアルバムのトータル・コンセプトという印象まで変わってくる。それらがまとまって来ると、アルバムの冠となるタイトル名が選定されるわけだ。

例えば、一番多いスタイルが1曲目にインパクトのある曲を持ってくるやり方。最初に「ガツン」と聴き手に印象付けを狙う方法で大半のアルバムはそうなっている。次に多いのは2曲目にキーワードを多く含む曲を配置する手法。頭からガツンと来ると好きな人には「イェイッ」ってなるけど、「やや好き」の人には強烈すぎる。そこで1曲目は全体のコンセプトを漂わせる感じであっさり(=短く)まとめたものを選び、2曲目にインパクトのあるものを配置する手法。するとアルバム全体が頭から順次「流れ」を伴ってスイスイと聴ける。もっと凝った手法は3曲目辺りまでの流れ(頭にインパクトのあるものを置く場合が多い)を4曲目辺りで一旦打ち消す楽曲を置くやり方。バラード等比較的サウンド指向の強い作品にキーワードが含まれるアルバムに多い手法だ。と、いろいろと聴き手に制作者の意図を伝える方法はあるが、それはあくまでも補助的なもの。聴き手のみなさんが好きなように並べて聴く時代である。ただ、この配慮が一つだけ重要に思うのは、mp3で1曲単位のDL購入した場合にはないアルバムのトータル性があり制作意図の「セレクト」というキーワードを伝える唯一の手段でもあるからだ。自由に聴いて楽しんでいただきたいと願うには、一つの指針を制作サイドが示す事は情報が溢れる時代の中で必要な事だと思う。自分で車を運転するドライブも楽しいが、たまには安心して助手席に座って楽しむドライブもいいんじゃなぁ〜い? 美味しい手料理を作るもの楽しいが、プロの料理人の味を堪能するもの楽しいんじゃなぁ〜い? 「じゃ、お任せッ!」「ヘイッ!」てな感じの楽しみ方って小さな事でも本当はとてもゆとりがあってリラックスに繋がっているんだと思う。好きなのも嫌いなのも一緒にしてみるとね。故郷に帰るといつも行くジャズバーでカクテルを注文する時に「今日は●●な感じのカクテルで」って言って出てくるカクテルを楽しみにしている時って僕は至高の時間なんだなぁ、、、、。ほら、これだって立派な人間同士のセッションじゃないですか。

と、本文はあらぬ方向へと進みましたが、VMEレーベル2部作の第一弾アルバム・タイトルは「SYNERGY」に決定。これ読めます?(読めるか)。カタカナだと最近インターネット関連では馴染みの深い「シナジー」と読みます。



近クノ河原ニイマシタ



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◆5月8日



連休最終日の今日の午後はピアニスト市川秀男さんのライブ。昨日ほどではないがまずまず爽快な道を目的地に向かってドライブ。ところが、やはり連休最終日という事もあって思わぬところに渋滞が、、、、。いくつもの喚問をくぐり抜けやっと到着と思い最後の信号を曲ろうとして驚いた。目の前に白馬と馬車、ドレスを着た貴婦人がパレードしているではないか。もちろん自動車は進入禁止。慌てて迂回して本番ギリギリに到着。日曜の午後というのは普段ライブハウスに足を運べない方が多く来られる。雰囲気もちょっとだけ違っていて好きだ。いつもの市川さんのオリジナル(何が飛び出すか直前までわからない)を降り番の時にじっくり聴いてイマジネーティヴな時間に浸れるのでこのライブは自分が演奏者とリスナーの両面で楽しんでいる。日曜の午後と言えば、遠い昔にジャムセッション等に顔を出した事も思い出す。ある時は地元の松山のライブハウス(碓か「SUS4」という店だった)でヴァイブの藤井寛さんが出演する日曜午後のライブにマリンバを持ち込んでツインマレットで演奏した事があった。まだ高校生だったけど、何となく日曜日の午後と言うとそんな普段の夜とは違った思い出がたくさんある。「白昼夢」のようなライブのひとときを本日も楽しんでいただけたようです。

ジャケットの打ち合わせ等をやりつつ、いろんな連絡が入る中、何でも実家の屋上の排水溝が詰まり階下の部屋が水浸しというアクシデントの電話。しかし電話ではさっぱり様子が把握出来ないので予定を整理して家人とともに急きょ明日の一便で実家の松山に飛ぶ事に。芸予地震の時以来の緊急出動だ。あの時は3階にある僕の部屋は足の踏み場もないくらいで階下を何とか整理した母からのSOSだった。日帰りになるか一泊になるかは現時点では不明。どちらにしても帰ってすぐに始まるミックス(TD)関係の資料とパソコンを詰め込んで万全の体制で出る事にしよう。早めに曲順やタイトル、ジャケット関係の作業に入っておいて良かった。何が起こるかわからないものです。はい。世の中何事も早め早めに、、ですゾ。人生はドラマの連続。。何だかプロデュースと関係ない方向の松山滞在になりそうですが、それはそれ。気分一新、いやクールダウンと言う事で頭の違う部分を活性化です。
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◆5月9日



何が苦手と言えば早起きほど苦手なものはない。しかしそうは言ってられない時は何とかして早く動く、、いや、正確に言うと徹夜明けで早くなるだけなので早起きしているわけではない。結局TD用の下調べで始発の時間になってしまった。家人と一緒に駅まで歩く。午前5時、やって来た電車は各停だ。早朝は急行や特急がないから各停が一番早いのだ。新宿でJRに乗り換えて品川で京急に乗り換えて、やって来ました羽田空港。飛行機は7:25amなのに20分前にチェックインしろ、という。ならば7:05am発としても良いのではないか。以前(今もあるか)ターミナルから離れた駐機場から乗り込む便だと7:25発と書いてあっても7:10amには搭乗手続きは打ち切られていた。それなら7:10am発だろうが。おかしいぞ飛行機会社。と、何度かそれで乗り遅れた経験のある人ならそう思っちゃうよね。7:15amにターミナルにいるのに乗せてくれないとは何ごとだ!!おかしいぞ。と、まぁ、早朝は何かと機嫌が悪いもので、ちょっとした事でブツブツ言いたくなるんです。で、今回はブツブツ言う間もなく搭乗し機中の人に。「飛行機なら早く着くから疲れないでしょう」と言うのは間違いである。なぜなら、国内線だと「さぁて、そろそろ寝ようかな」と思った頃に着いてしまうから一睡もできないのです。徹夜明けの身体は睡眠を欲しているのに、やはり一睡も出来なかった。新幹線だとその点「ひと寝入り」が出来るので実は疲れないのです。そうなのです、寝れないのです、、と言っている内に松山空港到着。やはり一睡も出来なかった。リムジンバスと市電を乗継いで実家に着いたのが午前9時。早いと言えば早いんですが、やはり体内時計は狂いっぱなし。さっそくSOSの出た排水溝と被害のあったレッスン室を見る。ありゃりゃ〜〜、これはスゴイ事になってます。SOSが出るのも無理はない。家人とどのように片付けるかを思案する。業者に連絡を取って午後から修復の打ち合わせをする事に。



東京から吸い寄せられた実家屋上の排水溝


屋上に上がって状況の説明を受ける。どうやら排水溝が詰まって何日かの雨が屋上に溢れ出して破水施工を行った部分は異常ないものの、破水との境目から水がしみ出して階下に流れ落ちたようだ。ちょうどそれを目撃した親戚が来て状況を説明してくれた。排水溝を掃除した業者から、これが原因ですよ、と差し出された物体とは、、、、何とハチの巣の断片。どうやら降雨量の少ない時期にカラスが悪さをしていろんな物を排水溝の周りに落として行ったらしい。そこに雨が続いたものだから、一挙に水が溜まってしまったという事。ふぁ〜〜、そんな事でこのタイトな時期に緊急出動になるとは、、、、、。世の中何が起こるかわかりません。午後から家人とレッスン室の物を他の部屋に移動する内に夕闇が迫ってくる。取りあえず今日の作業はココまで、と区切って入院している母親を見舞った。「今年は母の日に会えないねぇ」と 電話で言った矢先に息子と嫁が来るのだから一日遅れの母の日が来たようなものなので母親はすこぶる元気がいい。



実家(松山)界隈。小学生の時この街でジャズと出会った


松山での移動は路面電車。2〜3分毎にやって来て渋滞知らず    


家人と病院から戻って近所で食事のつもりが・・・


病院の帰りに近くの繁華街で「北前そば」という四国では珍しい看板が目に入ったので釣られて入ったら、な〜んだ、夜はただの居酒屋ね、晩酌を兼ねて家人と急きょお疲れさん小宴会に変更。個室に通されてしばらくするとドリンクを持ってきた店員が言う。「本日から当店ではお客さまとジャンケンをしましてですね、もしもお客さまが私どもに勝ちましたらファーストドリンクをプレゼントするという企画が始まりまして、、」と。ふうむ。。いいのかなぁ、そういうリスクの多いサービスって。と、じゃやりましょうか、と言う事になって「では、最初はグーからお願いします」と、言うのでまたまたいいのかなぁ、、と。こういうのってジャンケンポンっと勢い来られた方がリスクは少なくなるものだが、、。ま、いいか。「はい、それでは参ります。最初はグー、ジャンケンポン」。この店員は心理作戦を知らないと見た。グーで散々揺さぶりをかけた「グー、グー、グー」。根を上げた店員の手元が一瞬ビクリと動いたのでそのまま「グー」。はい、勝ちました。残念そうな店員。続いて家人にチャレンジ(いや、逆か)。ジャンケンポン、、あっさりと家人の勝ち。これでドリンクはタダになってしまった。チェーン店だから出来るのかなぁ、でも50%のリスクでサービスされてもこちらが気の毒になってしまう。こういうサービスは考え物だと思うが、、、、ま、こっちは夕飯を食べるつもりで居酒屋とは知らずに入ったのだからいいけどね(笑)。ハタハタが以外と旨かったのは幸い。ハタハタは弘前に行った時にコンサートの主催者でもあるマリンビスト肥田野さんが連れて行ってくれた小料理屋のものが今までで一番旨かった。そんな事を思い出した。あ、あの時は前乗りした僕らだけが御相伴になって、当日入りした某ピアニストはその味の事を知らない。。。。(秘)

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◆5月10日



昨夜実家に帰ってメールチェックするといろいろと重用件が届いていたのでレスを書いているとまた限りなく徹夜に近い状態になった。デザイナーのクサノ・ナオヒデからはアルバムのジャケット案が届いていた。今回のデザインは一発でOKが出た。クレッセント・スタジオからは僕がTD前に確認したいといったテイクがMP3で届いていた。再生してみると僕の思惑は見事に外れてしまい、この件はまた当日までに考えなければならない、、と言っても明日じゃないか! いろいろと草案を出してメールしておく。午前11時に施工業者が来て再び修復の打ち合わせ。それが終わると再び被害にあった部屋の物の整理と搬出。再び病院に母親を見舞い、この件のモロモロの打ち合わせを済ませ、荷物をパッキングして実家を後にする。ギリギリまで処理に時間が掛る事と翌日は午前11時から出掛けてずーっとスタジオにこもりっ切りになる事、飛行機の最終便には間に合わない事、そして第一にかなりストレスが溜まっている事を予測して、帰りは寝台で寝ながら移動する事にした。これだと、乗ってしまえば後は東京駅に午前7時に着くまでのんびり過ごせるのだ。明日朝の一便(飛行機)を使うよりも早く自宅に着くし、元来の電車好きにはこの方法以外に明日を乗り切れる手段はないのだ。

と、まぁ、一番気分転換になる方法を選択したわけです。



寝台の通路を進んで今夜の宿は左手階下の3号室なり


夜、松山駅で駅弁を仕入れて特急に乗り込んだ。しばしは気楽な電車旅(外は真っ暗なんですケド)。前の席が空いていたので反転させて足を伸ばす。家人と駅弁を広げ賞味モードに。このところ時間が無く気楽な電車旅もあおずけになっていたなぁ。と、すっかりストレスは解消モードに。途中で乗り換えて寝台の人となる。今夜は家人が一緒なのでツインの部屋を予約した。


階段を降りるとツインの部屋に


二階建ての列車の階下室に乗り込んでクローゼットに荷物を入れ、二つ並んだベッドの間のテーブルに飲み物やらつまみやらを広げ、またまた昨夜に続いて小宴会に。家人は実家の冷蔵庫からしっかり日本酒を鞄に忍ばせていたのだ。「アンタはエラい!」と、心地よい列車の揺れに身を任せながらいつしか睡魔が。。。。。おやすみなさーい。


あ〜疲れた。電車旅は最高ッス。とつかの間の休養

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◆5月11日



珍しく早く寝たと思ったら目がさめると午前2時過ぎ。列車はちょうど関ヶ原を越えている。間もなく岐阜、名古屋を通過。先月は二回、そしてまた今夜とこの辺りの地形はすっかり覚えてしまった。どうも酔いが覚めると寝れなくなる。ブラインドを開けて真っ暗な車窓を眺めたり、レコーディングした曲のラフ・ミックスを聴いたり、まぁ、それなりにリフレッシュしながらも列車は東京を目指す。横浜辺りで目が覚め、洗顔を済ませる。午前7時過ぎに東京駅到着。まだラッシュ前なので移動は楽だ。自宅に午前8時半過ぎに到着。ひと風呂浴びて仮眠し午前11時半にスタジオへと向かう。確かに熟睡はしてないが、行きの飛行機の辛さに比べると頭は快調にTDの準備モードに入っている。最後の最後で工事迂回にあったが午後12時の予定通りに着いた。

本日はチーフ・エンジニアの花島君とアシスタントの今関君と僕の三人だけだ。これからいつになるかは分からないが、広いコントロールルームで黙々と作業するのだ。



しなやかなエンジニアの指先がフェーダーを触る時から音楽は少しずつ形になって行く



音を出す時は我々ミュージシャンが主役だが、TD(トラックダウン)となるとエンジニアの腕と耳が主役となる。王様が家来になったようなものだ(?) この作業が大好きな人はそういないだろう。求める音のポイントを探し出しては意見を交換し、再びポイントを探る。全体の音がダーッと流れればそれは鑑賞にもなるが、一部分だけを取り出していろんな角度からブレンドするポイントを探すのだから時には2〜3小節だけで1時間定まらない事もある。定点観測すると、三人の男が離れた椅子に座り、前から飛んでくる音に対して「アーでもない、コーでもない」と言い合っていたり、時々バカ話しに笑い声がするかと思ったら、また寡黙にスピーカーの方向を眺めながらうつろな目で妄想しているだけの何のパフォーマンスも無い姿が映るだろう。しかし、しかしである。この間にもエンジニアは様々なアイデアを出し、そこにある音の輪郭を確かな形にしているのだ。それは僕らでは到底出来ない忍耐と根気の世界なんだ。それがゆえに時には子供のように「これヤダ」「でもそれいいじゃん」「ダメ」「なぜ?」「ダメな物はダメデス」、、、などと僕と対立する事もあるが、僕らでは予測のつかない結果を知っている彼等のアドバイスだったりする。時にそれが異常に面白かったりもする。向かっている方向さえ見失わなければ対立しようが歓喜しようが、ダダをこねようが、許されるのだ。5分の曲に1時間は早い方で、時には迷路に入りそうになる事もあるが最終的な判断はプロデューサーが下さなければならない。遊んでいるのではないが、この作業にも遊び心は大切である。それが思いも寄らない効果に結びつく事もある世界。ミュージシャンの悲しい性で出した音の事については殆どが思い付きで喋っている。それを一つ一つ組み立てて思い付きに感じられない世界に仕上げている彼等は本当に尊敬してしまう。



仕事中===背中で全てを語る男



今日は15曲、既にユキ・アリマサとのデュオ5曲は録音した日にTDを済ませているんだが、これは以前チーフエンジニアを担当してくれた森本八十雄氏の提言だ。なので残りの15曲を、と言ってもかなり忍耐のいる作業になる事はお解りいただけるだろう。5曲が終わったところで午後6時。夕食はもう少しやって(見えて)からにしましょう、という言葉で作業続行。ある程度編成が同じトラックは連続してTDする。しかし、微妙に編成が異なると一回毎にレイアウトから考えなければならないんだ。この時間帯はどの編成のどの曲からTDを始めるか、というのが一番大きな選択にもなり集中力への影響が大きい。デュオを録音した日にTDまで済ませておいたのはそういう理由もあるんだ。ドラムの入る編成と入らない編成という区分けもある。ドラムセットという楽器はありとあらゆる倍音が鳴っているので他の楽器との相性をまとめるのが大変なのだ。ヴァイブやマリンバもエンジニア泣かせの楽器。打撃音の後の波形が特殊なのでそれをアルバム全体にフィードバックしながらバランスを取る。午後7時過ぎにバンド編成の方向があらかた決まったので夕食にした。しばしの休息はやはり食事が良い様です。


チーフ・エンジニア花島功武(左)アシスタント・エンジニア今関邦裕(右)のコンビ



午後9時になってドラムの入った編成が終わる。ここからはドラムレスの編成に移る。ようやく半分が終わった。録音する時も悩まされたマリンバの音をどのようにまとめるかが大きなポイントとなる。ワイドに広げてはまとまらない楽器なのかも? エンジニアの花島君も同じ意見のようで、それなら音の動きを左右ではなく上下にまとめてみてはどうか、という事になった。試すとグッと締った。次はフルートだ。これは意見が対立したが、マリンバほど音域が広くないので各テイク毎にまとめる方向になる。ここに書いた事はほんの一部分でそのような意見交換は全ての楽曲と楽器で行われる。何だかんだと議論と冗談が交互に炸裂しつつ、日付けを越えて作業は続き、マスター音源を手に自宅へ戻ったのは午前3時を過ぎた頃だった。

これで終わりかと言うと、まだ先がある。今度はCDにする為にマスター音源の隅々を成形(と言ってよいでしょう)するMA(マスタリング)が週明けにあるんだ。

ここでも20曲を一挙に行うわけだから、またまた忍耐と体力が必要とされる。まだまだプロデュース・ノートは続くのであります。
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レコーディング・セッション-3(↓)へ続く


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2008/10/31 4:40
Produce Note-2005/レコーディング・セッション-3  ●近過去帳-I (Produce Note/レコーディング・ルポ)
Produce Note<近過去帳>

これはProduce Note-2005/レコーディング・セッション-2からの続きです。

★メニュー

・2005年5月/マスタリング
・2005年5月/ジャケット決定、リリースに向けて


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◆5月12日



昨夜は深夜に帰って来てそれからミックスの音源を聞いてチェックしたらまたまた太陽が昇っていた。翌日起きてからゆっくりやればいいじゃないか、と思う方もいるだろうけど、今日明日は昼から予定が詰まっているのだ。だから寝る前の2時間しかこれをやれる時間がないんだ。疲れた耳でも音が鳴り始めるとビビビッとモードが切り替わるから一種職業病のようなもの。ラフ・ミックスで見当を付けていた箇所はTDで格段に補強された。アルバム毎に曲はまとめられたがまだ曲順に音源が並んでないのでプログラムしながら聞く。TDに入る段階で90%は曲順が決まっていたのだ。そうしないと続く曲の質感を想像しながらのTDが出来ない。聴きながらパソコンをいじり曲準表を作る。今回の二部作で6月に先行するアルバム『SYNERGY』は11曲、完結する後続アルバムは9曲。現段階のおおよその収録分数は各55分弱。全て当初の計画通りに納まっている。寝る前に曲順に並べてCD-Rに一枚ずつ焼いておく。なぜなら、この音源をライナーノーツを担当する音楽評論家の小川隆夫氏に明日送らなければならないからだ。倍速でコピーすると音質が劣化するので定速で。その間に寝てしまおう。。。。。。。。

起きて小川さんに送る資料をまとめる、、、、、、が、頭がボ〜としてキーボードが進まない(昔なら筆が進まない、、だね)。そういうする内にもう時間が無くなってしまった。この作業は今日の予定が終わってから再開に。

深夜にデザイナーのクサノ・ナオヒデからアルバムのジャケット・サンプル(フロントとリヤ)が届く。ジャケット校正をしながら小川さんへの資料をまとめつつ、今朝焼いたCD-Rをチェックしつつ、テキスト原稿を校正しつつ、メールでクサノ君とやり取りをしつつ、コーヒーを入れつつ、JASRACへの楽曲提出書類を書きつつ、マスタリングの構想を練りつつ、メンバーへ氏名とフペルチェックのメールを出しつつ、即レスのメールに確認メールを出しつつ、、、、完全に全てが同時進行しながらまたまた太陽が昇ってしまった。慌てて小川さんへの資料をパッキングし投函に出掛け、レーベルへの連絡事項をまとめて送信し、風呂に入って寝ました。。。
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◆5月13日



13日の金曜日だ、、、などと弟子達と接しながら予定をこなし、夜になってパソコンの前でひたすら奮闘。。ジャケットの中身についてクサノ君とやり取りが続く。その間に何度も音源を聴く内に、一箇所だけ曲の繋がり(アルバムの流れ)として自分で納得出来ない部分が浮上。こうなるとポータブルに持ち歩けるMDデータでウロウロ歩きながら妙案を探る。気になる箇所を組み換えて全体を何度も聴き流す。ウロウロ、ウロウロ。部屋からリビングに移ってウロウロしていたらソファーに座ってテレビを観ていた家人が怪訝な顔で見る。まぁ、当たり前だよな、MD聴きながら「あ、」とか言ってはカチカチとプログラムをリセットして沈黙しながらウロウロ、ウロウロ、だもの。頭出しだけで曲順を考える人もいるが、全体のボリューム(重量)の動きは1曲毎に異なるから聴き通すしかないんだ。バカみたいだけど1プログラム55分を何度も行き来する。あ、まだ曲名未定・・なんてのがあるゾ。ピアニスト、ユキ・アリマサの曲だ。テキストを眺めながら曲順を考える時にこれはイメージが狂う。今回は譜面を掲載するものもあるのでレーベルがかなりタイトなデッドラインを指定してきている。ううん。。。「今日は八ヶ岳に出かけるのでその時にタイトル考えてきます」というアリマサ君のメールをじっとみつめる。デザイン関係で受信したファイルを開いてイメージを探る、、、テキストの校正を再び始める、、パソコンばかり見ているので最近のニュースを知らない。時々ネットのニュースを気分転換に覗きつつ、考え中。。。
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◆5月14日



朝起きるとアリマサ君から曲名のメールが。これで全部出揃ったので他のジャケット原稿と一緒にメンバーへ校正のメールを配信。タイトルが全て揃うと不思議なものでアルバム全体の流れが活字からもイメージ出来る。そうなると霧が晴れるように、曲順が見えてくる。そうだ! とMDをプログラムし、本日最初のウロウロ。今度はピタリと来た。その時点でウロウロは止まりパタパタとパソコンのキーボードを打ち曲順表を修正する。「うん!」と自分でも納得の答えが出た。いろいろと思案の結果、当初の曲順で2曲だけ入れ替えるというもの。明後日がマスタリング(MA)というギリギリの結論だ。早速CDの盤面印刷データに作業が進んでいるクサノ君にメールで変更を伝える。レーベルはマスタリングが終わった段階でプレスに入るというスケジュールだったのだ。データでアップするとは言え、校正の時間を予測するとデッドラインなんだ。

夜、最終曲順、演奏者クレジット表記等のチェックを各メンバーに送信する。即レスの人もいればゆっくりの人も。明日の朝にはチェックが済むだろう。
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◆5月15日



昼間の予定を済ませて夜になって再び明日のマスタリングの準備。メールをチェックするとメンバーからOKメールが続々と。その中に「あのぅ、宮崎君の名前のスペルはこれでいいんですか?」というのが、、、。はて?当の本人からは「全てOKです!」って他の用件も含めたレスがあるぞ? で、よく原稿を見たら「Takahoro Miyazaki」になっていた。ありゃりゃぁ。よくあるタイプミスだ、こりゃ。もちろん即Takahiroに修正。でも、でもですよ、、、当の御本人はOKって言ってるんだから、、、Takahoroでもよいのか?(冗談)。 ううん、、、やはり不思議な人である(笑)。
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◆5月16日



快晴!正にこの言葉がピッタリの快晴。湿度も低く、最高の日和。に、ですねぇ、また再び、音の出る壁を一日みなきゃならんです。自宅からすぐ入った中央高速を走りながら、このまま何処かへ行けると最高のドライブになるのになぁ、、と惜しみつつ、首都高へ。新宿の高層ビルは近年マンハッタンに似てきた。エンパイア・ステート・ビル・モドキ(わかる人多いよね)も遠くから見るのはいいが、代々木辺りまで来るとハリボテのようでガッカリする。が、ともかく快晴で首都高も普段よりも快適に流れる。これなら都心環状線に添わず放射状にのびる路線へとハンドルを回したくなるがグググッと我慢。ひたすら銀座ランプへと向かう。銀座で一般道に出てまもなく、本日の目的地「音響ハウス」に到着。途中渋滞はあったものの家から30分かからなかった。正午スタートという予定なのに大幅に早く着いてしまった。取りあえずスタジオのパーキングに車を入れて外へ出たら、頬を撫でる風に爽快な季節の到来を感じた。



音響ハウス到着。何とも爽快な天気だ


音響ハウスは今までに何度も訪れた思い出深い場所だ。帰国後からずっと御一緒させていただいているピアノの市川秀男さんと初めて録音の仕事をしたのもココだった。その日「楽器はあります」との事で朝早く眠い目をこすりながら電車でココへ来て(確か午前10時スタート。スタジオの仕事の大半は午後1時から)コマーシャルの録音をやり、終わるとすぐに電車で戻って車に乗り換え一気に新潟で夕方から始まるコンサートに行った日だった。何というスケジュールでしょう、、あ、あれは、僕の新潟行きが先に決まっていたからあんなに早い時間になったんだっけ? 思い出せないが、そんな事があった。バークリー時代以来久し振りにベースの納浩一君と一緒になったピアニスト青柳誠氏プロデュースのレコーディング(ヴォーカリスト井上恵利さんのアルバム)もあったな。音響ハウスはレコーディング・スタジオの他にマスタリング・ルームが違うフロアがあり、今までにアルバム「NEXT DOOR」や「Six Intentions/16-bit版」のマスタリングでも訪れている。そして今日も新しいアルバム2枚をこれからMAするんだ。

正午少し前にエレベータでマスタリング・フロアーに上がってびっくり。目の前にマリンバがある。ううん、、、Musserの見なれたマリンバがなぜここに?



エレベータの真ん前にマリンバ。今日は叩かんゾ(笑)



それはさておき、マスタリングがなぜ必要かを(エラそうに)説明しよう。TDでは各曲毎に音質を整理したり楽器のバランスを取ったり聞こえる位置を定めたり、と、1曲の中身と効果を造り上げてきた。しかし、アルバムは複数の曲が集合して一つの形を作るでしょ。そうすると、今度はアルバム全体に共通する音の交通整理が必要なんです。なぜなら1曲毎に音量が異なっていたら小さい音量の曲の次に大きい音量の曲が来たりするとそのままの音量で聴いていると突然爆音になってびっくりしたり、一つの楽器が曲によって全然異なった音質でイメージが散漫になったり、と、まあ、個別にやったものは1曲毎では最良の方向でTDされていたとしても、それぞれがやや不揃いな方向というか、トータル的に個々の楽曲がバラバラに主張しあってスッキリしてない、と言うか、そういう部分を一つのアルバムのストーリーとして成形する必要があるんですよ。曲単体を並べて生まれる全体の流れをよくする為とでも申しましょうか。また、曲間(1曲終わって次の曲が出るまでの時間)を揃えたり、言わばアルバム全体の外側のイメージをココでまとめるという事なんですね。そうして出来上がった音が初めて商品となってパッケージされて店頭に並んでいるわけです。また、録音とTDをやったスタジオとMAを行うスタジオを変える事で音の響き方をより客観的に検証する意味もあります。美味しい手料理だって盛り方や器が変るとちょっと雰囲気が違ってテイストまで変る事ってあるじゃないですが。音も出る場所が変れば響き方も変り見えなかった部分なども表面に出てきて、かなり客観的な見方が出来るわけで、いつも同じ場所の同じ響き、、よりも音に磨きと幅が出て来るんです。まあ、ウンチクはこのくらいにして、本日の仕事に。



7Fのマスタリング・フロア

7Fのマスタリング・フロアのロビーに上がるとVMEレーベルのスタッフでまだ若い舘君に会う。本当に若く体当たりな彼と話していると新鮮で面白くスタート時間の正午を過ぎてしまった。慌てて「ISHII MASTERING ROOM」に入る。マスタリングを行うスタジオはエンジニアの得意分野毎に部屋が分かれている場所が多く、エンジニアの名前を部屋に付いている事が多い。今日マスタリングを担当してくれる石井亘氏とは「NEXT DOOR」や「SIX INTENTIONS 16bit版」といったリーダーアルバム、またプロデュースしたヴォーカリストMIHOYOのアルバム「In The Meeting Of You're Love」と何度もお世話になっている。「まだ準備してますから」と今回のマスターの試し聴きの最中。「じゃもう少しロビーにいます」と断って再びロビーに戻る。後から出て来た舘君が目を輝かせて「このアルバム、絶対買いたい、ですよね」と言う。スタッフの言葉だから話半分としても、今までジャズとは無縁だった若い世代の彼が言うのだからきっと「よし!」の出来だろう。そう確信した。

準備が出来た頃を見計らって再び「ISHII ROOM」へ。レコーディング・スタジオと違ってマスタリング・ルームは何処もちょっと広めのリビングルームといった感じでくつろげる。本日の「壁」にはかつてジャズ喫茶通い族だった僕には馴染みのJBLスピーカー。これから、正にソコ(ジャズ喫茶)で流れていた音に僕らの音がなるのだ。まずはバンド編成のアルバム(第二弾)から始まる。



側面には複雑な機器があるが、見慣れたJBLスピーカーで気分はジャズ喫茶(?)



ここから先でのいろいろな事の結果はアルバムを聴いていただけると分かるので、言葉による説明はいらないでしょう。2曲目に入ろうとする時にレーベルの社長・多賀谷氏が到着。続いてチーフ・エンジニア花島氏も登場。いろいろと話しは盛り上がりつつも、作業は着々と進む。例によって時には冗談で脱線する事もあるが、長時間部屋に拘束される時のストレス解消法、、、と言うと弁解かな、、(笑)。

途中いろいろな打ち合わせの話しが行われる。一つのアルバムが出来上がるまでにはいろいろな人との共同作業が必要なのだ。ジャケットの印刷入稿期日の変更やら、サイドキャップのキャッチコピーやら、フライヤーや雑誌関係への広報や、いろんな事がロビーで打ち合わせされる。


黙々と作業は続き僕らの音はCDの音として定まった。見切れてスミマセン、、多賀谷社長


今回は二枚分という普段の倍の量をこなす石井氏はどんな時でも冷静に最良のバランスを探り当ててくれる。それにはレコーディング段階で花島氏がしっかりと僕らの音や背景を記録していてくれたからこそ、という前の作業の出来が大きく影響する。だから1曲1時間もかからないハイペースで進むのだ。レコーディング・エンジニアが音の中身を記録し、マスタリング・エンジニアが音の外見を整えて行くわけだ。午後5時には20曲の整理整頓が出来た。ここで小休止の後、曲間を決めて行くのだ。僕と多賀谷社長、花島君の三人で決めて行く。「はい、ココ」と次の曲が出るまでの余白を作っているのだが、三人いると思う所は様々。僕は曲間は一息短かめ派、多賀谷社長は標準派、花島君は長めの余白派。だから時には意見が食い違う。が、この段階になると、音はスッキリしているし、曲そのもののニアンスがハッキリしているので想像と違っても「ま、それもありかな」などと余裕も出てくるから不思議だ。こういう時に人間とは面白いものだとつくづく思う。余白にまで「ココ」って大の大人が三人掛かりで真剣にウンチクを並べているのだ。でも、その余白にさえも、制作者は意図を持って挑んでいるのだ。パッケージの良さは、少なくともココまでは僕らの意図が反映される点なのだ。もちろん、ココから先はリスナーの方が御自由に、、、という大前提の上で。

曲間も午後10時には決まり、後はCDを作るデータに記録し、バックアップ用の各コピーをするだけとなる。単純に55分のアルバムが二枚だから約2時間プラスα。途中でちょっとしてトラブルがあったが、順調にMAは終了。終電を逃した多賀谷社長はタクシーを拾って帰路に。本当にお疲れ様。この段階でアルバムの正式な演奏時間が出る。これを待って帰ってからアルバム・ジャケットの最終仕上げが始まるのだ。そのデータを持ち帰り、デザイナーのクサノ君へメールで伝えたのは午前3時過ぎの事だった。彼と打ち合わせが終わった頃には、、、また太陽が昇っていた。
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◆5月17日



今はジャケット絡みのいろいろなデータのやり取りでデスクから離れる隙がない。データもデカいので送受信中の合間を縫って他の作業をする。こうやって書いているのもこういう時間なのだ。ホームページの更新も行った。そしていよいよ「Xデー」の半分が判明したのだ。Xデー1/2は6月28日。ちょうどこのProduce Noteの冒頭から約半年だ。長い月日が費やされていると思われるかもしれないが、これが毎日何か予期せぬ事でアッと言う間に過ぎているんだ。今回このようなProduce Noteをアルバムの制作とリンクして書いてみよう、と思ったのも、毎日ハプニングが続出しているにも関わらず、一向に止める気配のない心の根底が描けるかと思ったんだが、、、、、ま、それはそれ、僕らのやり方の一部分を紹介する事で、よし、やってみよう!!と勇気が湧く人だって少なからずいるはずだし、それによって音楽の世界の何処かが少しずつ変って行けばいいと思う。アルバムを手にして興味を持ってくれた時に見てくれてもいいし。何となく読み物風になっているけど、、、ね。

音楽って、特にインストって表面に出ない部分が多いんです。だから、その部分を僕らから伝える一つの方法かもしれませんよ。

考えてみたら、いや、正確にはココまでに書いた事を振り返ってみたら、音を出して演奏しているのは瞬間に過ぎないですねぇ。どうしたものか。。。でもですよ、これは誰もやってくれない事ですから、やりたい、と思ったらトコトン、しかないのです。そうやっていつも自分の音楽をフラットにしておくのは、ミュージシャンとして、ある意味では重要な事と言えるかもしれません。たまたまこういうアイデアを模索する事が好きで、たまたま得意な音楽を経験するチャンスがあって、そのたまたまが、本気のたまたまになってしまう事を自分で「想定内」と言い切れるなら、きっとそれぞれの分野で独自の展開を行う事が出来る人になるんじゃないでしょうか。重要なのは「やり過ぎ」ない事と、その時々に自分のアイデアを具体化する方法やシステムと自分を結び付ける事でしょう。こうやって書いてる事事体今じゃなきゃ出来ない(揃わない環境)ですよね。そういう人があちこちから飛び出してくれば、きっと音楽の世界はもっと面白くなるでしょう。周りからはかなり変人に見られますが、、、、(笑)

僕の場合は単純な図式で、

・楽器を演奏する事が好きだ、得意だ(楽器中心の視点)→・演奏する為の曲を作るのが好きだ(音楽全体の中の自分の楽器という視点)→・演奏した音を発表するのが好きだ(音楽と社会情勢という視点)

最初は誰でも楽器に惚れこむから始まり、他の楽器や音楽との接点を求め、日々変化する社会の中で自分の音楽を見つめる、、というスタンス。この進展の時々に音楽以外のものとの結びつきがたくさんあればあるほど、より具体化するスピードが早くなるという感じ、、、日々勉強(練習じゃなく)です。ある人は60年代に回帰し、ある人は未来に向けて発信し、ある人は常に今を表わす事に集中する。いろいろあっていいんです。表現方法が一つしか無かったら音楽はつまらないものになってしまうからです。楽器や音楽という言葉を他の言葉に置き換えると心当たりのある人も多いのでは?

あ、そろそろデータのDLが終わったようなので、これからまた作業に戻ります。

まだ終わらない、いや、終わりそうにないProduce Noteであります。だってまだゴールの半分手前が見えただけなんですよ。はい。ふうー。

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◆5月18日



連日アルバムジャケットの最終校正でネットでのデータのやり取りが激しさを増している。校正というのはなるべく複数の人間で行うのが良い。それぞれが違う視点で表示されているものを見つめると必ず1人1人が見落とすミスを発見できるからだ。今回もテキスト、写真、キャッチコピー、配色、レイアウトに関していろんな意見が出る。ここの文字は大きく、とかこの配置は逆に、とか。パッケージが何の為にあるのかという原点を失ってはこれらの作業の意味はない。いわばこれもそれぞれの立場でのセッションである。一つのモノが出来上がるというのは本当にいろんな人の意見が合わさって形になって現れているのだ。テキストを完璧に校正したつもりだったが、レーベルから「ほら、ココ」と指摘。やっぱり1人じゃ出来ませんね。
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◆5月19日



さて、いよいよ今回のレコーディングの中からまずは4月13日と26日のものがアルバムとなって6月28日に発売される事になった。4月14日と27日に収録したものは第二弾として発売される。このProduce Noteをお読みいただいていたみなさん、お待たせしました。リリース後にココ来られた方、実は「こんな事になってました」。

6月28日に発売されるアルバムのガイドラインをお知らせしましょう。このプロジェクトの1/2がこれで公になるんだ。



SYNERGY / 赤松敏弘 <Catalog No:VME/VGDBRZ0016/¥3.150>


赤松敏弘(vib)ユキ・アリマサ(p)井上信平(fl)村井秀清(p)松島美紀(marimba)


収録曲:


1.Daa Houd (C.Brown) 2.Violet Rays (T.Akamatsu) 3.I've Seen Your Face Before In My Touch (T.Akamatsu) 4.Real Life Hits (C.Bley)


5.Like Someone In Love (V.Heusen/Burke) 6.Bird Song (T.Akamatsu) 7.Sophisticated Lady (D.Ellington/arr,T.Akamatsu)


8.Redial (R.Towner) 9.Looking Back (Y.Arimasa) 10.Dolphin Dance (H.Hancock) 11.Flip Flop (T.Akamatsu)


全11曲収録:Total Time 54:51



アルバムのリリースは前作までの(株)スリーブラインドマイスから2000年にアルバム「NEXT DOOR/赤松敏弘」をリリースしている(株)ベガ・ミュージック・エンタテインメント(VMEレーベル)に移ります。6月28日のアルバム・リリースと前後して音楽配信販売(DL)や携帯メーカーau着うた「着JAZZ」や「着うたフル」も連動してフレキシブルな展開を行います。またコンサート関連では今回のアルバムに続く第二弾(4月14日、27日収録)がリリースされる時点で発売記念イベントを企画していますので乞う御期待!
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◆5月21日



アルバムのライナーノーツをお願いしていた小川隆夫さんからライナーが入稿された。2枚分を一気に書き上げていただいた。感謝! 氏の情熱あふれるライナーがアルバムをさらに魅力的にしてくれるだろう。さっそくレーベルが休業日なので直接デザイナーのクサノ・ナオヒデと作業に入る。深夜になって校正データの往復が始まった。キャッチコピーも出来上がり週明けまでにライナーノーツとサイドキャップの版下を作ってもらうのだ。
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◆5月22日



本日は午後にレッスンが続き、終わると再び寝台特急に飛び乗り先週水漏れ災害(?)にあった実家の修復工事の完了確認等私用がたまっている。東京駅に午後9時50分に着き、取りあえず飲食料を買い込みあたふたと階上の個室に納まったらもう出発時刻だった。さすがに疲れがたまり、個室の中でレスしようと思ったメールも開かずに寝てしまった。この個室は小じんまりしているが移動でのお気に入りである。だから心地よい揺れと適度な空間に納まっているとあっと言う間にお迎えがきた、、、、、、



階上個室ベッドの小テーブルにパソコンをセットして事務処理をするつもりが、、、、



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◆5月24日



昨日(23日)は実家の修復状況を施工業者と確認し、ライナーとサイドキャップの版下校正をやり、マネージメントやスケジュールのレスを送り、入院中の母親を見舞い、瞬く間に時間が過ぎた。ジャケット関係のデータ校正はPDFで行っているがどうも携帯したパソコンで見ると気になる部分がある。僕の環境設定が悪いのか、、、よくWindowsはわかってないようだし、、。PDFを読み込んでいたら8月にコンサート出演を頼まれたバークリーの同期生ドラマーの佐藤君から資料音源がMP3で届く。まぁ、パソコンさえあれば全国何処にいても打ち合わせまでは出来る便利な時代になった。結局、早く終わったら実家近所の行き着けのジャズバーで一杯、、、も叶わぬほど連絡事項が多い一日だった。

本日は実家の修復で新たにフローリングにした箇所のワックス掛けの業者が来るので待機。その間にPDFデータの送受信。母親の頼まれ事を処理し、親戚と工事の引き継ぎをし、片付けやら何やらやっている内に出発の時間となる。先週家人と移動したのと同じコースで東京へ戻る。飛行機は昼間を除くと疲れている時は極力使わないのだ。



個室でサクサク作業。開いているのはライナーノーツPDF校正用データ



乗り込んだのは往きと同じ階上の個室寝台。荷物を整理し、ベッド脇のデスクにパソコンをセットし、備え付けの寝着に着替え、さあリラックス、リラックス。列車はちょうど夜の瀬戸大橋を渡るところだ。今度はパソコンに向かってサクサクと作業に入る。マスタリングしたアルバムの音源を聞きつつ最終校正を行う。移動しながら他人に気兼ねなく過ごせる乗り物として寝台特急は一番お気に入りである。そして翌朝のちょっとした愉しみもあるし。月が出ていたのでカメラを取り出して撮る。わざとオートにすると月は一点に輝くものの地上の明かりは列車のスピードで流れ去る。おもしろいのでついついカメラ小僧してしまった。こんな事も後で何かに繋がってくるのでその時に試す価値はある。今までに使ったジャケット用の写真のいくつかはこのような時に撮っておいたストックなんだ。曲も写真もその時に自分が感じたものが記録されていれば後に何かとクロスフェードして思わぬ結果に至る事があるから「遊び」は大切だ。



天井に回り込んだ窓から月を撮る



と、狭い個室の中でパチパチと夜景を撮っている自己満足の自分に十分満足(笑)した頃、珍しく日付けの変る前に眠くなったので寝る事に。列車はもうすぐ神戸に着く。やはり恐怖の密室芸人かもしれない。
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◆5月25日



朝目が覚めてブラインドを開けると、、、、、朝陽が昇っていた。ちょうど静岡県の田子の浦付近だ。そして間もなく田子の浦から見える朝の富士山が。ちょっとした楽しみというのはこういう光景に出会う事だ。新幹線でも見える時はあるが在来線からの眺めには優らない。この付近から小田原までの間の東海道線の車窓は変化に富んでいて飽きない。しばしカメラ小僧になった。


ブラインドを開けると朝陽が昇るところだった 


車窓は田子の浦の富士山なり             


海沿いから山沿いへ、、、


再び海へと東海道線の景色は目まぐるしく変る。


シャッターチャンスと思ったらトンネル突入(笑)



早朝から起き出して寝着も着替えずにカメラ片手に1人で盛り上がる、、、何だか鉄チャンや旅行日記みたいになってプロデュースとは何の関係もないような感じですが、実は、昔からこういう何気ない光景と自分の音楽を結び付けて考えているので密接な繋がりがなくもないのです。世界の何処でもない、日本の光景なんです。だから自分が見たものや触れたものが音となって(勝手に)現れているだけなんですが、アルバムのストーリー性を考えたりイメージを探ったりする時に片時も離れないのがこうした光景の中で自分にインプットされたものなのです。こういった物は毎回見えるとは限らないし、毎回同じではない。そういう所についつい目が行くのは昔から変らないのでしょう。こういう事を楽しんでる方と音楽を通じて「楽しい錯角」や「面白い偶然」の話になる事もあるんだ。

などと、朝っぱらから自己満悦していると、突然「本日午前6時過ぎに横浜駅にて信号故障が発生し只今東海道線は上下線で停まっている模様です。この列車も前を走っている電車が詰まってきましたので辻堂駅に臨時停車を致します」とアナウンスが。。その後藤沢駅で2時間停まり、動き出したのは午前10時前。散々な目に会ったかと言うと、、ベッドにゴロンとなって音楽を聞いたり寝たりする内に時間が過ぎたので退屈はしなかった。午前10時過ぎに品川に着き、自宅に戻ったのは午前11時過ぎ。朝一番の飛行機で戻るのと大差がなかったのだ。特急が2時間以上遅れたので料金の一部は返却されたし、何よりもこの狭い個室の中で十分有意義な時間が取れたと思えばよかった。

自宅のパソコンを開くとレーベルから雑誌広告の版下チェックやら、印刷では最終ライナー版下やら続々とデータが届いていたのでレスをし、午後のレッスンを終えて、やっと少し一息出来そうな気配がする。。。最終的なデータが上がったのでライナーを書いて下さった小川さんにお礼のメールを出して本日の作業は終了。
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◆5月26日



久し振りのオフ。ゆっくり寝て午後に起きだした。何週間振りだろう、、いや、ひょっとすると6時間連続睡眠したのは、、、、3月末に風邪でダウンした時以来実に2ケ月振りだ。家人の入れてくれたコーヒーを飲みながらパソコンを開くといくつかの連絡事項が。レーベルからは無事にライナーノーツ等最終原稿が工場に回されたとある。今回は本当にタイトなスケジュールになったのでギリギリまで校正がかかった。データ処理や変換での不思議な現象が実家滞在中に発覚(Mac同士でのデータ交換では気が付かなかった症状)したり、今回採用したジャケット・パッケージが業界初の仕様なので印刷が仕上がった状態を誰も予測出来ないで作業を進めたりと、いくつものハードルがあって何かあるごとに各担当者は奮起した。少しでも良い形にする為にはこうした裏事情を経験すると次の機会にフィードバックされる。メールの文中に「1C」とか「2C」とかある。ハテ? これは何だろう??? 早速レーベルに電話する(知らない事は教えを乞うというのが基本)。社長を呼んでもらう。「お疲れさまでした。無事に印刷に回りましたね。ところでメールにある1Cとか2Cとかって一体何ですか?」。するとそれはカラーという意味で1Cは単色、2Cは二色という意味なんだそうだ。聞いてみれば「な〜んだ」という事なんだけど、そう言う事って普段生活の中で出て来ないからさっぱり見当がつかなかった。実際に版下が印刷所に持ち込まれた段階で配色に関していくつかの変更が出た事なども聞き了解する。仮印刷した物が社長の手元に1ケースだけあるそうで「あのサンプルのモノクロジャケットからは想像もつかないくらい素晴らしい出来ですよ。印刷所の人も驚いていました」とかなり興奮気味だ。こちらまで嬉しくなる。CD制作が出た段階で僕の我がままな(笑)無理難題からこのパッケージを見つけて来たレーベルと、デザイナークサノ・ナオヒデとの三者で良いコラボレーションが出来たわけだ。今回「SYNERGY」のパッケージングで出たいろいろな効果と課題はすぐに続くアルバム「FOCUS LIGHTS」(4月14日、27日収録)のパッケージングにフィードバックされる。思えばこのVMEレーベルは5年前にリリースしたアルバム「NEXT DOOR」の時もCDにエンハンスドでレコーディング風景を撮影したムービーを同胞している。音楽配信や携帯の着うた配信にいち早く乗り出したりといろいろな複合性を持つ新しく若い企業なのだ。CDのフライヤー(チラシ)や広報等の構成はお任せするという用件で電話を締めくくる。

夜になって明日のライブの打ち合わせがピアニスト村井君から入る。前後して一昨年松本で共演したドラマー表君から連絡があり久し振りと用件にレスしたり、と比較的オフらしい日が過ごせた。
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◆5月27日



朝レーベルからフライヤー(チラシ)のPDFデータが送られてきた。今回のフライヤーは6月向けのものだが10月リリースの「FOCUS LIGHTS」も同時に載せる。先日の雑誌広告用とほぼ同じ内容だ。いくつかの案を考える箇所があるので本日帰ってからレスする事に。午後からレッスンが続き、終わるとすぐに車で横浜を目指す。今日はピアノの村井君のライブだ。初めて行く店の時は何が緊張するかと言えばルート選択だ。これを間違うとちょっとの事ながら到着予定の時間に影響する。最近はホームページがあるライブハウスが増えたので随分楽になった。とは言え喚問もある。分かりやすいマップだと人が多く使う道が中心にあり、つまりそのままランドマークを鵜呑みにするとコース上に渋滞の要因が増すわけだ。横浜駅西口はいつも混んでるからどうしよう、と思ったのだが、何の事はない、マップの上から行けば混む道を避けられるのだ。但し横浜環状1号と言うのが何の事かわからなかったらわざわざ混む横浜駅を目指す事になるんだけど。殆どいつも渋滞している場所以外はスイスイと進み、楽々到着。

店に入るとドラムの平井君がいた。「やぁやぁやぁ」と久し振りのあいさつ。そう、彼こそが4月14日のレコーディングに参加した村井君と須藤氏とユニットを組む「秀景満」の景こと、平井景君なのだ。車をパーキングに入れて戻ると本日のリーダー村井君がピアノを弾いていた。4月14日の後は「秀景満」でツアーに出掛け26日のレコーディングの後はプラハの妖艶なレディース・オーケストラを率いてまたまたツアーに出て先日戻って来たところだ。ベースの武田君は本番直前まで他でギグがあり午後7時過ぎに登場。サクサクと本日の打ち合わせがあり、そそくさと本番。会場は村井ファン、平井ファンの若い妖艶な女性で満卓だ。いつもの如く演奏とトークが半々でイジられる(笑)。本当にこの二人のトークは尽きない。休憩を挟んで二部のトークで(演奏の事は書かんのかい!/笑)懐かしい「六本木ピットイン微笑み返しセッション」の事に触れた。いろんな事があり過ぎて(笑)最初に演奏した時の事を忘れている。あの時ライブ後記に書いておいてよかった。と、まあ、楽しくスリリングに時には脱線しつつ良い雰囲気でライブは盛況の内に終わった。めでたし!

帰ってから今朝のフライヤー原稿にいくつかの案を出した。久し振りに国語辞典を開いた。開くと面白いもので、あ、こんな言葉がある、とか、へぇ〜この言葉の意味はこうだったのか、と改めて発見をしてしまうが、モトイ、調べるべき単語を確認しレスをする。メール送信と共に受信したメールのレスを出し、来月の予定を出し、この更新をして本日は比較的穏やかに終了。

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おしまい

Produce Note-2005/インストアード・ライブに続く