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Blog Archives - 3 【演奏講座】アッパーストラクチャーのこと

分母分子でUST-和音と旋律の分かれ目 2022/1/14掲載

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photo by R.Aratani

どんなに仲のよい友達でも,全てが自分と共鳴しているわけではないですね。たとえ今、とても満足の行く関係が築き上げられているとしても、これが一生続くという保証はどこにもないわけです。ただ、一緒にいる時間がいつまでも続く事を願うばかり。その為にはちょっとした隙間を持って接しておくのが良いかもしれません。その隙間が何かを知っておくと、ただならぬ気配に包まれそうになった時、息抜きに役立つかもしれません。

今説明しているアッパー・ストラクチャー・トライアド(UST)の世界もちょっとこれと似ています。と,言うのも、ココまでに説明して来たUSTは比較的馴染みのあるサウンドを表現していますが、今日、これから説明するサウンドは、ここまでのお話しと少しばかり違う世界に足を突っ込むことになるからです。

E/Cがその境目にあるというと、何を言ってるんでしょう、この人は? と思われるかもしれませんが、少しばかり書いてみます。

Upper Structure Triad(アッパー・ストラクチャー・トライアド)は読んで字の如くではありませんが、異なる構造(響き)を持つ音を載せて新たな響きを生むこと、とでも解釈しましょう。
トライアドですから、ここでは三音の和音が上乗せされる構造になっています。ただ、上乗せされるのはトライアドに限った事ではありません。7thコードだって乗せられます。単純に言えばあるコードの上に違う形をしたコードを乗っけてみる、という遊びと思ってもいいのです。
ただ、乗せれば乗せるほど、サウンドは複雑な音のぶつかり合いを生むので、難しい事をしているような錯覚に陥るのです。
アッバー・ストラクチャーのサウンドは自由に作ってドキドキしたり、ワクワクしたりするところに真価があるんですね。

もちろん。これが切っ掛けでより複雑な構造を持つ音楽へと発展しているし、それを遊びだなんてとんでもない!! というお叱りをうけるかもしれません。まぁまぁまぁ。。。。。ちょっとした感覚の違いに目くじらを立てない方が楽しいと思いますよ。途中までは同じ道を歩いて来たんですもの。

で、

このE/C辺りから何が変わって来るのかと言うと、ジャズに於いては、ここがハーモニー開拓派と旋律開拓派の分かれ目。僕はハーモニー開拓派なのでこの先の世界にはあまり興味がありません。
でも、興味が無いからと言って何も知らないわけでもないんです。
ただ、自分が生涯関わる音楽に於いては、この先の開拓にはあまり夢中になれなかっただけです。

ハーモニー開拓派は、自分のインプロも、曲作りも、ハーモニーとの密接な繋がりの中で生まれるので、それはどんな時でも表裏一体。逆に言えば辻褄の合わない音についてはトコトン吟味を加えます。なので響きが美しいか、流れの中にストレスが無いか、展開でワクワクさせられているか、そういった世界の中で全てを眺めています。
なので、いくら理に適っていてもそうしたサムシングの湧かないところには無頓着。

対して旋律開拓派はハーモニー開拓派とはかなり構造が異なり、単旋律の中にどれだけのものを詰め込めるかに命を賭けています。多少のエラーは顧みず、その先の衝動と抑揚の到達点を目指してまっしぐら。そのせいかどうか、旋律開拓派には単音の楽器が多いと思うのです。もちろんピアニストにもいますが、その時は右手の旋律開拓派と左手のハーモニー開拓派が一人の人間の中に同居できる鍵盤楽器独特の事情もあるようです。

さて、では本題に入ります。

■E/Cのもう一つの解釈について

E/Cの解釈としてCaug C+ というコードとの整合性について説明しました。

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改めてアッパー・ストラクチャー・トライアドとして分母のCの上にEのトライアドを乗せてみました。

この段階で見た通りにCトライアドの第三音とEトライアドの根音が重複しています。さらにCトライアドから見るとEトライアドの第五音の“B”は、Cトライアドを基準とするとメイジャーセブンスの入るサウンドである予測が立ちます。

もう少し分かりやすくする為に、この二つをCを根音とした音階にまとめてみましょう。

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重複する“E”があるのでヒントは5音。
C - E - G - G# - B - (C)

さて音階には全音と半音の音程が混ざっているもので、この場合既に二箇所に半音程が存在しているのがわかります。

ここで全体をみると、E - G -G# - B - C の箇所と比べると、根音と第三音までの間が妙に開き過ぎているのに気付くでしょう。
かつてコンビネーション・オブ・ディミニッシュ・スケールの判定で、13th か b13th かの判断のときを思い出してみるとどちらかに半音程が繋がると規則正しい配列の音階が成立しましたね。

その論理から行くと、第三音側の半音下に音を入れる事で、規則正し並びの音階が出現しました。

これをシンメトリック・オギュメント・スケールと言うのです。

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見方を変えるとこれはオクターブの中に短三度の音程を三つ半音で繋いだ形に。

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なぜこれがハーモニー開拓派と旋律開拓派の境目になるのか?

では、こんなリズムで伴奏をするので、この音階を使って旋律をつくってみてください。

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テンポは160くらいで、もちろんコードはE/Cで。



アッパーストラクチャー - 和音と旋律の分かれ目 - 2022/1/21掲載

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photo by R.Aratani

あえてハーモニー開拓派と旋律開拓派という感覚的な区切りを前回用いたのも、それぞれに指向する音の世界があって然りで、たとえ理論が一つの答えを有していても、それをどのように解釈して実践するのかは自由であって当たり前なのが音楽の世界です。もしもその答えが一つしかないからと、全てが同じ音しか奏でられなかったら絶望的につまらないものになるでしょう。たった12個の音程の組み合わせで出来ているのに一つとして同じものがないから面白いのです。その代表的なものの一つにアッパーストラクチャーの世界があります。

ここまでに説明しているアッパー・ストラクチャー・トライアドは比較的構成が割り出しやすく、大筋では同じ捉え方、一つの結論が見出しやすいものでした。
そのくせ、今日まで曖昧な部分も多く、実際に活用する「場面」もサウンド定義だけではないはずなのに、あまり明確な使い方も説明される機会が少ないように感じています。

ちょうど説明が E/C というアッパー・ストラクチャー・トライアドに差し掛かったので、ハーモニー開拓派と旋律開拓派という感覚的な区切りを呈しました。そこに何があるのか・・・・?

個人的に次の二つを挙げます。

■ハーモニーとしての限界を感じるE/C
■コードレスの入り口を感じるE/C

先週からの続きとして説明してみます。

E/Cの類似表記として C+ または Caug がありました。単純にコードの根音から数えた第五音を半音あげるという解釈。結果としてそれが一番シンプルで正しいのですが、E/C も単純に見ると C を根音とした和音の第五音(つまりG#)が入る和音の仲間なので同じと解釈することも出来ます。しかし、分母がトライアドであった場合は第五音も存在するので異種であることに気がつくはず。
問題は E/C と書いて、Eトライアドの時に、単音のCを下に入れる=Cペダル という読み方も存在すること。
こうなるとCを根音とする時の第五音に半音上の音が同居する、という意味合いとは大きく異なってくるわけですね。

E/Cは分子も分母もトライアドと解釈すると、そこには6音による新たな音階が存在し、さらにそこから割り出される新しい姿の音階が現れてきました。

シンメトリック・オーギュメント・スケールです。

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ここまでのアッパー・ストラクチャー・トライアドでは特定されたコードスケールとコードサウンドが一つになって響いて納得させてくれましたが、このシンメトリック・オーギュメントのサウンドは、一つの響としてなかなかまとまって聞こえないのです。

なぜか?

これまでにシンメトリックな形を持つスケールはディミニッシュ・スケールでお馴染みでした。コンビネーション・オブ・ディミニッシュ・スケールも配列はそれと同等。長二度と短二度が規則正しく並んでいました。和音としてコードトーンが増四度を含んでいたのでドミナント・コードの代理としても活用できました。ハーモニーとしての機能も有していたのでメロディーも特徴ある響きで他のドミナント・コードにはないメロディーを生んでいました。
さて、 このシンメトリック・オーギュメントはどうでしょう。

実際にスケールを弾くと感じると思うけどやや正体不明、あるいは民族的な響きを生みます。
正体不明というのは、単純に「明るい」キャラクターのコードなのか、「暗い」キャラクターのコードなのか釈然としない。ううん。。。

和音的な取っ掛かりが正体不明なら、この音階でメロディーを作ってみると、この響きの素養が見えてくるかもしれません。

一つのオスティナート(単純に根音となる音を通奏的に低音で鳴らすだけ)を弾いて、その上でこの音階を使ってどんなメロディーが作れるのかを試してみましょう。

ハーモニー開拓派人間の僕はこんなメロディーが作れました。

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このリピートを含めた12小節をテンポは160くらいで何度も繰り返しているとメロディーになるほどな、という印象を持ってくれるのではないか、と。
しかも、これ、ベースとなるCを省くのと入れるのとでは大違いなんです。

ベースのCが決定打となっているのはなぜでしょう?

スケールの中に短3度と半音しかない、というのがヒントです。
実際には増二度と半音とするといいでしょう。

前にアッパー・ストラクチャー・サウンドは遊びだと書きました。一つの分母の上にいろんな分子を乗せてどんなサウンドになるのかを遊ぶのです。遊びのくせに、結構複雑な響きが生まれるので面白がっているのですね。ただ、一度「面白い」と思ったら、なぜ面白いのかを分析するのが音楽家。その受け止め方は千差万別であっていいと思うのです。

このE/Cのスケールには半音程が三ヶ所。

D#-E、G-G#、B-C。
ここをみるとこの半音のどちらが分子でどちらが分母のトライアドに属するかが見えてきますね。

分母のCトライアド → C E G
分子のEトライアド → G# B
そして残る D# は何か?
Eトライアドをセブンスコード化するとちょうど Maj7 の音になりますから D# は 分子の E トライアドの仲間になります。

では、この半音の並び方に定義づけすると、この音程が分母のCトライアドに解決する動きを感じさせるのがわかると思うのです。

以下のようなメロディーを弾いてみてください。何か気づきませんか?

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UST-和音と旋律の別れ目 2022/1/28掲載

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ちょっと音楽の話しから外れますが、最近の分析でオミクロン株というのは皮膚に付着後17時間威力が維持するのだそうです。これまでの中では例外的に長時間威力が維持されるという報告がイギリスで。感染力が強いというのは、ひょっとすると付着してからの威力が失われるまでの時間が長い事と関連しているのではないか、という見方が出来ます。弱毒化でひと安心の向きもありますが、逆にこの部分を維持したまま元の威力を持つと大変な事にならないかと、ゾッとするお話しでした。未知なる生物に油断は禁物です。

音楽の世界にウイルスはいませんが、化け物はいます。
アッパー・ストラクチャー・トライアド(Upper Structure Triad)もその一つ。
単純に言えばトライアドの上にトライアドを載せて、響き合ったり,ぶつけ合ったりするサウンドを楽しむものですが、これが思わぬ「化け物」を生むのです。

今説明している E/C というアッパー・ストラクチャー・トライアドは、単に異質のトライアドを載っけて遊んでいる内に、コードという概念を突き崩しかねない領域に届いてしまう。

E/Cをふたつの異なるトライアドの集合体として捉えると、そのスケールはシンメトリック・オーギュメント・スケールという“未知”なる帯域の音群に意図も簡単に届いているのです。

取りあえず、この異質で異様な音階を使ってなにが出来るのかを書き表しているうちに、そこに広がるブラックホールのようなものの存在に気付くのでした。

先週作ったシンメトリック・オーギュメント的なメロディー。

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通奏低音的に、ベースに C の音を流しながら、シンメトリック・オーギュメント・スケールの音を組合わせるうちに、ある事に気付くのです。

この音階、Cトライアドをトニックとすると、もう一つのEトライアドはまるでケーデンスのようにある音に向って進もうとする。
スケールの分析から EトライアドにはMaj7の D# が存在しているので、CトライアドとEトライアドはそれぞれが半音程で繋がっていますが、これがまるでトニックとドミナントのように水と油の関係を生んでいるのです。進む向きによって反発し合うというか、弾き飛ばすというか。

音程の話しで最もインパクトのある音程は「半音」である、というのは機能和声のところのリーディングトーン(導音)を思い出すまでもなく装飾音符やアプローチノートにも好んで使われるところから十分経験済みとして話しを進めると、この音階は一つの響きではなく、常にトニックかアンチ・トニックかをその動き次第でコロコロと変える性質のものだと言えるでしょう。

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それぞれ(CとE)のトライアドを旋律ではなく和音として集結させて、その半音程の反発力を検証すると、こんな感じがイメージ出来る。

これを旋律的に並べると、メロディーが D#→E と動けば Cトライアドに解決し、G→G# と動けば Eトライアドに展開。
なので、サウンドとして E/C を鳴らしていても、そこでこれらの半音程の向きによってコロコロと性質を変化させているのです。

サンプルとしてCの通奏低音を鳴らした状態で、次のような動きを演奏してみましょう。

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音楽的には四小節間は確実に一つのトナリティーで聞こえます。
もちろんコードネームは E/C なのでそうなのですが、。。。。

もう少し試してみましょう。

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すでにお気付きの方もいらっしゃるかと思うのですが、この技法を大胆に演奏に取り入れた巨人がいますよ。
そう、ジョン・コルトレーンです。
アッパー・ストラクチャーの世界とコルトレーンの世界は密接しているのですね。

ただ、最初にも言いましたが、ここにハーモニー開拓派と旋律開拓派の別れ目があります。
このアッパー・ストラクチャーの使い方は旋律の中に如何にして関連付けしたハーモニーの音を取り込めるか、に集中します。
すると、そこには一つのハーモニーという世界とは別のアッパー・ストラクチャー・サウンドが生まれます。スリリングでスピード感にあふれて、モードからさらに飛躍した世界。
そうなると一つのハーモニーに反応しながらメロディーやストーリーを作って来たハーモニー開拓派とは異なるストラクチャーの使い方だと気付くのです。

アッパー・ストラクチャー・トライアドも含めてそれらは面白い響きを伴った音の遊びだと考えると、「遊び方」に違いがあるのは当然じゃないか、と。
理論的な事も、それは遊びをどのようにして生むのかのヒントと考えるといいでしょう。
理論に答えは一つ。但し実践方法は千差万別。これが音楽の世界です。知らずに偶然で溺れるよりも、偶然とは何かを分析しながら自分のボキャブラリーを増やす。勘違いして失敗してもいいじゃない。新しい発見や閃きに繋がるのなら。

では、ハーモニー開拓派としては、このアッパー・ストラクチャーをどのように使っているのか、に話しは舵を切るのです。




アッパーストラクチャーの使い方 2022/2/4掲載

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音を言葉で表現するのに意味はあるのか?
たとえば俳句を詠むと、言葉としてそのままダイレクトに伝わるものもあれば、ひと捻りしてその言葉の裏にあるものを伝える技もある。日常つかう言葉でさえいろんな組合わせがあるのだから、音の世界も同じで、“F#”という音が何かを表現している音楽もあれば、単なる気持のよい音程の場合もある。

最初はそれが偶然生まれたように思っていても、何度もそれが現れると、そこには何か仕組みがあるのではないか、と思い始める。それはあくまでも自分の体験で検証しているのだけど、ある程度の範囲にいる人にはそこに何か共通するものがあるのがわかってくると、法則をまとめて提言する事に意味が出てくる。自分がそれを体現するのに百時間使っていたとして、それが法則として共有出来るものであれば、もっと早い時間にそれらを吸収・体現できる。それが時々刻々進化する理論の実践応用だと思う。

ただ、一番大切なのは、理論が音を示すのではなく、自分が「ワクワク」「ドキドキ」するこの感情は何処から生まれるのだろう? という探究心がなければ意味がない。
音の取扱説明書のような知識はいくらあっても感動的な音は奏でられないだろうし、もしも理論が「ワクワク」「ドキドキ」しない部分に到達する事があるとすれば、一旦そこから離れて必要になるまで忘れてしまうのも悪くはないと思う。

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「わくわく」「ドキドキ」。
何がしたいって、音でそれらが奏でられる事。
先週、旋律的開拓派とハーモニー的開拓派のわかれめとして E/C というコードの中で起こる事象を譜例で表してみました。

これが旋律的開拓派の全てという意味ではないのを大前提として、ここまでは互いに同じ道を歩んで来れたけど、この先はお互いに「ワクワク」「ドキドキ」する部分が異なってくるようだ。人間だからいろんな感性が備わっているので互いにリスペクトしながら分岐点をそれぞれに進もう。

考え方の大きな違いは、コードというものの捉え方にあると思う。

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シンメトリック・オーギュメントを“一つ”のコードという感覚の中で演奏しようとするのがハーモニー的開拓派の考え方なのだけど、旋律的開拓派の多くは一つのコードの中に起承転結を見出しながらより複雑な旋律を編み出す事に探究心が進んでいるようだ。

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先週出したこの譜例に限らず、一つのコードの中の世界であるはずなのに、一つのトニックとアンチ・トニックの異種が共存し、それらがまるで電極のプラスとマイナス、或はスイッチのonとoffの如くにスパークし合うようで、確かにスリリングだけど僕は「ワクワク」「ドキドキ」しなかった。

というのも、この法則の先には、やがてコードの単純化へと進むのが目に見えていたし、実際に単純なコードの上で大胆なアプローチを繰り返す、或は複雑怪奇なテーマ(曲の)がてんこ盛りされた中を通り抜けた先にワン・コードとか。。。
曲というものの母体の中で演奏したいハーモニー的開拓派としては、これは曲(テーマ)を奏でる意味があるのだろうか? という大きな疑問に結び付くわけです。

そこで、アッパーストラクチャー・サウンドを別の使い方としてソロで応用するようになるのです。


■これが演奏出来ればきっとあなたはハーモニー的開拓派

未だにある曲のブリッジが難しい、という人と、全然難しくない、という人に二分される曲があります。
アントニオ・カルロス・ジョビンが残した名曲、The Girl from IPANEMA。

メロディーは有名なので省略しますが、コードスケールのアナライズには必須なので自分で弾けるようにした上で読んで下さい。コードだけで物事を考えないように。

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コードトーンのみ記載しました。この隙間にある音を分析出来るのがまず演奏の第一歩。理論的な事があまり詳しくなくてもメロディーの音とコードトーンを合わせれば、ある程度の想像は出来ます。まずはそこから。

コードの流れを横に繋ぐ、というのがハーモニー的開拓派の習性。難しい理論がわからない時でも想像出来るのが半音で繋がる音を見つけること。二小節が一つのパターン(これはメロディーから簡単に割り出せる)となっているので、そのつなぎ目にある半音の動きを見つけましょう。

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(譜例はコードの動きを見る為に一つのコードを一小節にまとめています)

この半音の繋がりが感じられるとコード進行を自分で体現出来ます。
キーボードなら左手の低音域でコードの根音を弾きながら、右手でこのラインを弾いてコードの変わり目を体現しましょう。

さて、これがウォームアップ。

コード進行の中で、この横のラインと共に、もう一つ大きな法則を自分で見つけるのです。

さて、それは・・・・?




アッパーストラクチャーでの感情表現 2022/2/11掲載

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with 須川崇志(b) 「ヨコハマ・サウンド・クルーズ」NHK横浜放送局

「理論」なんて言葉が付いていると何やら難しそうな蘊蓄を垂れ流している様に思われるかもしれないけど、(もちろん最初にクリアーしなければならない基礎的な部分を除けば)言葉で「このアルバムのこの部分が良い」と伝えるのと同じ。「この」「部分」というのを主観的な表現から客観的な表現に切り替えた時に、12個の音程をどの様に組み合わせて「この」「部分」を作り上げているのか、と説明、あるいは分析しているのが「理論」寄りの伝達。

最初にクリアーしなければならない部分は「名称」であったり、「音程」であったりするので、人名や顔を覚えるのと一緒。ただ、覚えなくてもいい「名称」や独り歩きしている「名称」もたくさんある。どうしてそうなるのかは明白で、せっかく「理論」を習ったのに、それらに含まれる感情表現を忘れて「言葉」と「知識」だけが抜き出されているケースがある事。そうじゃないやり方も(が)あるのを知るとせっかくの知識がよりよく活かされる。

ドリアン・スケールなんて言葉を知らなくても演奏はできる。リディアン・クロマチックなんて技法を知らなくても音楽は作れる。ただ、それらを感情表現の一つの捉え方として自己表現と結びつけることができれば、その言葉や技法を知らない人がそれまで見たことも、触れたこともない世界に誘うことが出来る。だから永遠に「この」「部分」という自分が感銘したスポットのことを一人でも多くと共有したいと思う気持ちが欠けた「言葉」自慢や「知識」自慢にならない様に、自分の言葉でどこまで説明できるのか、に毎回挑戦している金曜日です。

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with ハクエイ キム(p) 「JAZZ from The CITY」東京・調布グリーンホール

理論に感情などない。
そういう人もいるでしょうね。
むしろ「ある」なんていう奴の方が少ないのかもしれません。
でも、これまで「ある」と思っていながらも「ない」という社会の中で肩身の狭い思いをしていた人も、こういうのがあると、少しは元気や勇気が出てくるかも。

ちょうど先週に続いて取り上げる、旋律的開拓派とハーモニー的開拓派の分かれ目に浮上するアントニオ・カルロス・ジョビンの“The Girl from IPANEMA”のブリッジの部分で説明してみましょう。

この部分のメロディーに全てのヒントがあるのでまずはメロディーとコードを頭に叩き込んでから読んでください。

ソロの手掛かりとして、ここに出てくるコードトーンとその隙間にある音を割り出してコードスケールのアナライズが完了しているという前提で。

まずこの部分のコードとコードの間にある半音を探します。コードスケールの中でアヴォイドノートにならない音を選んで、順次コード二つずつをひと組とすると、次の様に半音で繋がる部分が見つかります。

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これは全体のコードの流れを見る為に二小節を一小節としてまとめています。最後の二小節は半音の繋がりをそのまま結んで。

今日注目するのは、このコード進行の中で偶数の組に出てくるリディアン・フラットセブンというコード。奇数のコードを「動機」とすれば偶数のコードは「展開」という意図を表す。

ここでは全てドミナント・コードで B7(#11)、D7(#11)、Eb7(#11)の三つが該当。
このドミナント・コードがリディアン・フラットセブンというスケールになっている。

root-9th-3rd-#11th-5th-13th-b7th

コードトーンroot、3rd、5th、の次には全て全音程の音が並ぶので確実にアヴァイドノートがありません。僕は最初にこの曲のこの部分でソロをとる時に、なんて楽なんだろう! と。

アベイラブル・ノート・スケール(Available Note Scale)なんてものの存在を知らないコード解読の駆け出しの頃に、この三つのセブンスコードが来ると「解放感」に包まれる。
この解放されて高揚する感覚は、一体何なのだろう? と思いながら演奏した。

少し理論を齧った人は、この部分のドミナントコードが何調の何という属性にあたるのか、という事にこだわりますが、こちらはコード進行のまだよくわからない束縛から「解放」されて「高揚」しているだけです。
同じ様に「解放」されて「高揚」しているコードが他にもあって、それがドリアン・スケールのコード、リディアン・スケールのコード、というものだと気が付き始めるのです。
リディアン・スケールとリディアン・フラットセブン・スケールは七度の音がフラットするかしないかだけの違いだけど、フラットした方がより高揚する気がした。

こういった表現感覚に理論を当てはめると、音による自己表現として知識が備わります。
少なくとも、この三つのスケールを持つコードが出てきたら、自分の中での「高揚」を音で表す意図が示せるわけですね。

変な言い方ですが、この三つのスケールの中では結構大胆になれます(笑)
高揚しているからだとは思いますが・・・。

そこでアッパー・ストラクチャーが出てくるのです。

The Girl From IPANEMA のブリッジ。ここに出てくる偶数目のコード、B7(#11)、D7(#11)、Eb7(#11)を使って「高揚」して「大胆」になってみましょう(笑)

試して見るのは奇数のコードではなく偶数のコードなので、奇数のコードの部分は曲のメロディーにしましょう。そして偶数のコードに入ったら意図してこのリディアン・フラットセブンをアッパー・ストラクチャー・トライアド化した分子のトライアドで「高揚」ぶりを表してみましょう。

リディアン・フラットセブンをアッパーストラクチャー化すると以下の通り。

B7(#11) → C#/B7
D7(#11) → E/D7
Eb7(#11) → F/Eb7

すると・・・

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かなりシステマチックな動きで表しましたが、それぞれの分子のトライアドを使ってメロディーの進む方向を(大胆に)示せています。

あくまでもウォームアップの一つですが、これをもう少し現実的に使ってみましょう。

矢印の部分から分子のトライアドを意図して感覚を高揚させて元に戻す、というもの。

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ハーモニー的開拓派という感覚でこの曲のブリッジを演奏すると、まずはこの様な感覚と感情の上で演奏が始まります。
それが一時的に何調の何に属するのかなんてアナライズはこの感覚には結び付きません。
しばらくキャリアを積むと、旋律的開拓派であっても、おそらく同じ感情表現に至ると思うのですが、そこまでの間にどんどん違う感覚が生まれているかもしれないので、あくまでも「分かれ目」の部分でのお話し。

さて、この感覚で他の部分も見てみましょう。



アッパーストラクチャーでの感情表現-2 2022/2/18掲載

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「理論」に感情はある。
そう思って説明すると、これまでに自分が夢中で解明して行った事の殆どは「理論」という名の音楽的な感情表現方法論だと気付く。

また多く誤解されているのが、理論は死守するのではなく、自分で応用力が身に付いた段階で自分の語法に変換すべきで、その成果が自分が演奏すべき曲であるということ。

「ジャズの基本はビバップだ」とすると、「ビバップって何?」という質問が飛んで来るだろう。
「いや、それは、、つまり、チャーリー・パーカーを聞けばわかる」なんて事でお茶を濁す体では答えにならない。
チャーリー・パーカーが何をやっていたのか、という核心に触れなければ。

「いやいや、ジャズの元はもっとシンプルにブルースだ!」
そういう人もいる。いろんな人がいていいと思う。
ジャズの場合はもっと個人がひとつのジャンルを形成している場合だってある。

「ビル・エバンスだよ。あれを聞け!」
そう言う人もいる。
でも、そこに出て来る「あれを聞け」とかの「あれ」とは?
チャーリー・パーカーの「チャーリー・パーカー」とは?

平たく言えばそれらはみんなイメージ。

難しいのはクラシックのロマン派だとか、フランス近代とか、古典とか、明確に作風や形式で見分けがつくものと違って限りなく抽象的な点。

ちょうどリディアン・フラットセブン・スケールの話しになったのでちょっと寄り道。

なぜ、リディアン・フラットセブンスのサウンドに僕は高揚するのだろう?
一つにはそのサウンドの中にアヴォイド・ノートが存在しないのでノビノビ動けるというのがある。

割と軽く見られる傾向のあるアヴォイドノート。
ハーモニー的開拓派にとってはこれはとてもナーバスな音。

感情的な表現でアヴォイド・ノートを表すと・・・・・これが適度に当てはまる言葉がなかなか見当たらないのだけど、感情という点で一番ピッタリだなぁ、と思うのが・・・「Oops!」

ヲイヲイ、なに気取ってるんだって?

「ッゲ!」とか「オエッ、」とかまでグロではない。

こんな風に C のコードを鳴らしながら Cのスケールを弾くと、第四音のところで Oops! というのが当てはまるのを理解してくれるんじゃないかと。

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代表的なアヴォイドノートだけど、コードトーンの半音上の音が近くても遠くても「耳障り」に響く。ドミナントコードではこの限りではないのだけど、メイジャーセブンスコードとマイナーセブンスコードではこの位置に該当する音がアヴォイド・ノート。

で、

リディアン・フラットセブンスにはその音が無いので「Oops!」となる響きが出ない。
単旋律で弾いても、二音以上の和音や重音で弾いても。

なので、The Girl From Ipanema のブリッヂの偶数目のコードになると僕は何を弾いてもOKなので興奮、高揚していたというお話し。

試しにその部分を和音で弾いてみるとこんな感じになる。

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さて、本題に戻ると、アッパーストラクチャー・サウンドをハーモニー的開拓派はどのように応用しているのか。
この曲のAセクションの後半でアイデアを掲出してみよう。

まず、譜面に表記されたコードの解読で違いがある事を知っておきましょう。

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注目は2小節目と4小節目のコード表記。
これはコード表記以前にメロディーを弾けば #11th( C ) の音があるのがわかるので、この部分のコードスケールはリディアン・フラットセブンかも知れない。この表記では「かも」ですよ。

昔はコードの書き方が統一されてなかったのでこのように「迷う」表記が多かった。
メロディーにある音をわざわざテンション表記すると、その音を強調しなさい、という風な勘違いを起こす。
ここで問題なのは、このコードには9thはあるの? ということ。
調号はフラット1つ。次はトニックに解決。するとこの部分に9th(Ab)があるとはなかなか言い切れない。
それでも 9th があるのなら #11th とわざわざテンション表記したからリディアン・フラットセブンと解釈するか?

では、もしも、調に準じて、この部分に Ab の音は存在しないと言うのであれば・・・・

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Gb7(b9)というコードシンボルでの情報にメロディーの#11thを加えると今度はコンデミかオルタードの可能性が浮上する。この二つのチョイスで残るのはコンデミ。オルタードだと第五音が存在しないのでベースラインが歪(いびつ)になる。そこまでしてオルタードにする必要は無いのでコンデミが妥当な判断。

さて、そうなると、ハーモニー的開拓派はその部分をアッパー・ストラクチャー・サウンド化して演奏体勢を整える。

Gb7(b9)のところはコンデミになるので C/Gb と頭の中で置き換える。

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意識の問題かもしれないけど、トライアドのサウンドは安定を示すのでスケール的にコンデミを演奏するよりもアッパー・ストラクチャーにした方が旋律的にも安定感が増す。

■2、4小節目のコンデミを意識してスケール的に演奏した例
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■2、4小節目のコンデミをアッパー・ストラクチャー化して演奏した例
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前者が旋律的開拓派、後者がハーモニー的開拓派の演奏傾向と解説すると違いがわかるでしょう。
面白くないですか? 同じインプロの切っ掛けなのに。





アッパーストラクチャーでの感情表現-3 2022/2/25掲載

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赤松敏弘meetsハクエイキムw市原ひかり、小山太郎SPB @ みなとみらいホール

たとえ私たちには見えない何かがあろうとも、戦争には断固として反対だ。
言い分はしかるべき場所で述べるべきで、振り上げた拳を如何にして下ろすのかを今は考えるべきだ。戦争ほど愚かな環境破壊はない。


音楽は感情表現の一つだから、その用法論は人間の感情と結び付いているはず。
パズルやゲームのように音を並べて悦に入るのも悪くはないけど、なぜこの音で自分は楽しくなったり、ワクワクしたり、悲しくなったりするのだろう? と言う事と理論を結びつけて検証すると、自分の視線から全世界の音楽を見渡すことが出来る。残念ながら音楽教育機関でそこのところを独自のやり方で教えているところは・・・・・殆ど無い。
長3度や短3度が、明るい・暗いの区別はあってもその先に広がる感情表現のストーリーに結び付けた方法論にまだ出会っていない気がする。
ジャズの世界に存在するハーモニーとメロディーの分析システムと感情表現がうまくリンクすれば、とても面白い事が手に取るようにわかるかも知れない。そんなテーマの中で、サウンドがある特定のキャラクターと結び付く事象について。

演奏中にリディアン・フラットセブンスのサウンドに触れると僕は自分の感情の中で高揚した気分が広がることは以前に説明した。

このリディアン・フラットセブンスというサウンドで、思い浮かぶ人物がいる。
セロニアス・モンクだ。

昔、タモリさんが「誰でも弾けるチック・コリア」というネタでペンタトニックを使った音列を和音にしたり、メロディーにしたりしながら、左手でリズミックなパターンを弾いて爆笑を誘っていた。実に的を得た「モノマネ」で、その頃の高校生で音楽に興味がある人は皆真似をして遊んだはず。

そう、「モノマネ」。
ある人の音的な特徴を真似て遊ぶことがインストの世界でも出来るのだ。(モノマネは歌ばかりではない)
大切なのはこれは遊びである、という自覚。
もしもこれが学問である、と勘違いしたら少々悲劇だ。

「モノマネ」には感情がある。それは言葉で100%言い当てられないけれど、特徴を交えて周囲に同意が得られたら成功ということになる。そこで真似しているものは音使いという感情表現。「なりきったつもり」で認められたら成功。ただし、あくまでも「なりきり」だから元がある。音列だけを真似するのはコピーでも何でもすれば出来たような気になるけど、問題はその音らに「感情があるか?」ということ。なのでもしもコピーをするのであれば、そこまでコピーして欲しいのだけど、大体の場合にもう本人がこの世にいないから確認のしようがない。


セロニアス・モンクの話し。

僕はセロニアス・モンクという人の音楽が好きか、嫌いか、どっち? と言われると迷ってしまう。
好きな部分は演奏するとたくさん湧いて来る。しかし聞いている限りではその曲の良さになかなか気付きにくい。どうやら作曲者としてのセロニアス・モンクにはとてもシビれているのに、ピアニストとしてのセロニアス・モンクには無条件で心を許せない、みたいな感じ。

でも、リディアン・フラットセブンスというサウンドは僕の中では紛れもなくセロニアス・モンク。

アッパー・ストラクチャー・サウンドとしてリディアン・フラットセブンスを表現すると、Cを分母とするならば・・・

D/C7

となる。
つまりC7の上にDのトライアドを乗っける、というストラクチャー。

このサウンドをメロディーに挿入すると僕は気持ちが高揚する、と説明している。
で、面白いことに、メロディーとしてイメージしたリディアン・フラットセブンスにはあまりセロニアス・モンクの印象は無い。
ところがブロックコード的にC7の上にDトライアドを乗せた状態で弾いたり、CトライアドとDトライアドの隣り合う音を重ねたりすると、途端にセロニアス・モンクが浮かび上がる。

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まず左の二小節のように三つのセブンス・コードを均一な間隔で並べます。
ベースがC、A、F# と短三度で下降。

さて、ここで右の二小節のように、それぞれのコードの #11th の音を足します。
すると、これがセロニアス・モンクが奏でるサウンドの印象に。

もう少しリズミックにしてみましょう。

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タモリさん風に言えば、「誰でも弾けるセロニアス・モンク」、という事になります(笑)

作曲者としてのセロニアス・モンクにはとてもシビれているのに、ピアニストとしてのセロニアス・モンクには無条件で心を許せない、というのがこの辺りにあるのだと思うのです。

つまり、モンク氏が自分でピアノを弾くと「こうなろ」というもの。

たとえば、こんな具合。

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気が付いたのです、この人はハーモニー的開拓派だと!

有名なエピソードに、トランペットのマイルス・デイビスがセロニアス・モンクと一緒に演奏した時に、どうしてもサウンドがブレンドしないので自分のソロの時はバックで弾かないで、と伝えたと。

様々に解釈されて面白おかしく伝説として伝わっていますが、おそらく特徴のあるモンクのブロックコードの伴奏が自分のアイデアとぶつかってしまうのを回避する手段だったのでは、と。

だって、マイルス・デイビスもハーモニー的開拓派でしたから、セロニアス・モンクの才能を人一倍高くかって理解していたのだと思います。

セロニアス・モンクの作品では、2005年のアルバム『Focus Lights』(VME)で“Ruby,My Dear”を取り上げたことがあります。このアルバムは「昔のジャズはカッコよかったか!?」というテーマで制作。その時に改めてセロニアス・モンクの曲と格闘した結果、彼がやらなかった6/8拍子に変換して演奏すると、とんでもなくモダンでコンテンポラリーな曲に変身したことに驚きました。セロニアス・モンクという人の描いた音楽がどれだけ先進的だったのかを知るよい機会でした。以来、作曲者としてのセロニアス・モンクにはとてもシビれているのに、ピアニストとしてのセロニアス・モンクには無条件で心を許せない、というのを当たり前として自分の中にしまっています。

アッパー・ストラクチャー・サウンドとして、どのように「演奏」すべきかは、そこで自分がどのような「感情」で演奏しているのに絞られると、セロニアス・モンクの例のように感情表現としての個性に結びつくという繋がりが見えて来ます。



アッパーストラクチャーでの感情表現-4 2022/3/4

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須川崇志、ハクエイ・キム、市原ひかり、酒井麻生代、小山太郎(後列左から)

昔、あるアーチストのレコーディングでヴィブラフォンのソロを録音してコンソールルームに戻ったら、あるミュージシャンから「どうしてあんなに冷静な音が選べるの?」と問われた。最初は何の事かピンとこなかったのだけど、ははぁ〜ん、今のテイクの最後のところの事を言っているんだな、と。
複雑なコード進行(と言うよりも並んだコードのコードスケールがやや難解な時)でソロのストーリーを区切ったり、まとめたりする時、なるべくテンションで組めるトライアドにする。長三度と短三度の響きは無敵で、どんなに複雑なサウンドの中にあっても、長三度と短三度の音程はくっきりと輪郭が浮かび上がる。何もしなくても音が浮かび上がるので特に強調(例えばダイナミクス)する事がなくても消えながら強い印象を残す。
「ハハハ、それ、企業秘密!」と冗談っぽくお茶を濁したが。

たぶん、そこを強く弾くこともなく、印象的なまとめをしたので冷静と受け止められたのだと。

ダイナミクスの上ではそうだけど、実はその内面は抑揚に満ちていて静かに自分は高揚している。
感情表現として自分の演奏がその頃からうまく行く自覚を持つようになれた。

さて、その「感情」を表すいろんな理論の中で、見るからにそれが形となって現れているのがアッパーストラクチャー・サウンド。だって、分母のコードの上に分子のコードを載っけてるんですよ!!! 普通のコードでいいのに!!!
それを「感情」の現れと呼ばずして何と呼ぶ!

ここまでに載っけるトライアドに関してメイジャーの例を挙げてきましたが、今日はマイナーのトライアドを出します。

あなたは今、こんな曲を演奏しています。曲の途中の部分です。

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さぁ、これを見て、今、あなたが演奏出来るソロを演奏して何かに記録しておきましょう。

演奏する時に、まずどこを見ますか? (譜面の)

メロデイー。
そう、とても大切です。

次には?

コード!

そうです。
でも、それと同時に調号を見るのを忘れずに。

コードネームにはパッとみてわかるように簡素な暗号のような但し書きが付いている。
個人的な感触ではあるけど、曲の事を熟知した人の譜面ほどシンプルで、まだ勉強中の人の譜面ほど但し書きが多い。

もちろん必要な情報は漏らさず但し書きで伝えるのが親切ではあるのだけど、まぁ、そのくらい複雑な曲を演奏するレベルの演奏者はある程度の事は見ただけで理解しているもの。選択肢が複数ありそうなものや、メロディーがコードトーンだったり休みだったりして選択に困りそうな部分をクリアーにするような但し書きが好ましい。

なぜそんな事を言うのかといえば、かつて若かりし頃に自分が親切と思って但し書きがいっぱいある譜面を書いていたから。今となっては恥ずかしくて人に見せられませんが、それも曲を思う「感情」の高まりから来ているので悪意はないのです。

さて、注目すべき1小節目の Db7sus4 と 2小節目の Db7(b9) の違いはな〜に?

ここは同じコードスケールと解釈します。つまり Db7(b9)の第四音を Db7sus4 のところでは残しなさい、ということで、この Db7sus4 にはb9thがありますよ、ということ。

さらに、このDb7(b9) のスケールは HMP5 のようで実は #9th の“E”の音が潜んでいるのを調号からキャッチした人がいたら「鋭い」と褒めてあげましょう。

そのコードスケールは スパニッシュ・フリージアンというスケール。(Spanish Phrygian Scale)

C# Spanish Phrygian
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このコードスケールの中での sus4 とどのように区別するか。

問題は第三音と第四音を入れるか,入れないか。

C#7sus4
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この場合は第四音を入れて、第三音はサウンドの変化を戻してしまうので伏せておきましょう。

C#7(b9)
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この場合は通常の省略音(アヴォイドノート)である第四音( =11th)を省いて演奏しましょう。

トレーニングとして小節毎に違いを反復練習するとこの音程感覚が身に付きます。

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さらにレンジを広げて楽器のいろんな位置でトレーニングします。

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さて、では、このスパニッシュ・フリージアンでの sua4 というサウンドをアッパー・ストラクチャー・トライアドで表現するとどうなるでしょう?

演奏する時に、そのインターバル感覚の調製が出来るといいですよ。

通常のミクソ・リディアンの時のアッパー・ストラクチャー・トライアドは何でしたか?

sus4 のサウンドを描く時の事を思い出して下さい。

そう、

B/C#

ですよね。

では、同じようにスパニッシュ・フリージアンのコードスケールを眺めてどんな分子のトライアドが浮かびましたか?

頭の体操です。





アッパーストラクチャーでの感情表現-5 2022/3/11掲載

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たまたまネットで通りかかると、ある趣向の方達の会話で「最近のジャズはオリジナルだらけでつまらん。もっとちゃんとしたジャズは聞けんのか!」とか、「ちゃんとビバップの基礎をやらないからダメなんだ。そういうのに限ってオリジナルに逃げてる」とかと、厳しいお言葉を散見することがある。どこの誰に対して向けた言葉なのかはわからないが、音楽が趣向の世界である限り賛否両論あるのが正常だと思う。楽器を演奏する人としない人でも違うだろう。

今やオリジナル全盛期のライブ現場。僕はずーっとオリジナル推進派だからこの状況は来るべくして来たと思っている。しかし、諸手を挙げて歓迎しているわけでもない。残念ながら物事には出来不出来がある。最初からできる人は殆どいない。紆余曲折を繰り返しながら自分の方法論と個性を身につけてゆく。また同時にそれにふさわしい演奏表現力も備わらないといけない。作曲しながら演奏して行くというのはそういう事。では、本当に吟味されたものが人前に出ているかと言うと、かなり疑問が残る。

料理の世界を見ればこの状況が冷静に理解できるかもしれない。予々美味しいパン屋さんをやりたいとか、小さなビストロをやりたい、と言う人はたくさんいる。開業資金が集まれば、まず形から入る。美味しそうな演出、入りたくなる雰囲気、気取らない感じ・・・。料理の味の前にそちらが先走りしがち。でも、夢だからね。
それで器や店舗などの形は万全。材料だって最高のものを取り揃え、場合によってはそれを売り文句にも出来るレベル。開店と同時に一斉にテレビやネット、雑誌などで取り上げられて物珍しさに集まる客で一時的に賑わう。肝心の味は外見に隠れてよくわからないが、テレビが言うなら、雑誌が言うなら、と言い聞かせてありがたく飲んでしまう。
こう言うお店、たくさんありません? そして半年後、一年後、少なくとも三年後も客が絶えない店は殆どなく、大半が店じまい。

今の、オリジナルで酷評されるのとどこか似ています。
吟味不足。
確かに演奏現場に集まるファンには大切なオリジナルでも、そう言う所を突き抜けて届くオリジナルには成り得ないものがあるのでしょう。
自分の曲だとしても、本当の事がわかるのは自分だけなのだから、曲の全てを自分が把握していないものは人前には出さない方がいいと思う。

一番ヤバいのは、昨夜出来たてのホカホカの曲を持ち寄ってやっている本番。
僕らも若い頃に死ぬほどやった。
音を出すのが嬉しくて、楽しくて、、、と言う演奏側の自己満足に後押しされて消化不良の音を撒き散らしていた。第一にそんな時に出した曲を、一体何年、いや何回演奏した?
百歩譲ってその時はそれでもいいが、いい加減気付けよと言う歳になったら吟味する時間を持つようになる。本番とは別の時間にリハーサルをやるだけで違う。

オリジナルをやるのはいい。
でも、それ、十年間演奏し続けられる曲なのかを、自分で吟味してから人前に出した方がいいよ。
できるなら、オリジナル毎に自分の演奏表現能力が刺激されて進化するような曲がいい。
焦らなくても人生は長いのだから、いろんなものを見て、いろんな感動を知り、いいものを作りましょう。

■アッパーストラクチャーでの感情表現-5

アッパーストラクチャー・サウンドを自分流にカスタマイズして遊ぶ。そう、遊んでみましょう。

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この曲の(この部分の)1〜4小節目。先週解説したように、ここは一つのSpanish Phrygianと言うスケールで出来ているわけです。

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先週、最後にもしもここが、通常のミクソ・リディアンの時のアッパー・ストラクチャー・トライアドとなると何になるでしょう? として、

C#/B

としました。
しかし上のスケールを見れば9thではなく b9th, #9thに b13thまであってミクソ・リディアンとは全く異なるスケールです。

となると、分子は・・・・?

先週の冒頭に書いた「マイナー・トライアド」。

すると、最も C#7sus4で b9 のサウンドを表現出来そうなのが

Bm/C#

です。

C#を根音とすれば、B は b7th、D は b9th、F# は sus4ですよ。

となれば C#7(b9) もストラクチャー・サウンド化出来ます。

Bdim/C#

C# を根音とすれば、B は b7th、D は b9th、F(E#) は 3rd。ついでに G# は 5th。

視覚的にアッパーストラクチャー・サウンドを選べます。

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この分子のコードは直感的なサウンドであってあくまでもスケールはスパニッシュ・フリージアンのまま。でも、同じスケールでsus4 とノーマルな 3rd を含むサウンドをイメージしろと言われてもなかなか難しいけど、このように分子のサウンドを二種類用意すれば、自ずと大胆にメロディーを作る事ができるようになります。

まだまだありますよ。

Bm7/C#
Bdim/C#
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これは完全にC#をぺダルポイント化したもので、Bm7 と Bdim の交互というもの。
これがいいや、という人はどうぞご自由に。ただしスケールは、あくまでもスパニッシュ・フリージアンですからお忘れなく!

もっとあります。

C#7sus4 で b9th のサウンドを最も明確なトライアドで表すと・・・

D/C#
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いやいや、私はメイジャーセブンの音が好きだから・・・・と、C#をペダルポイント化すると、

DMaj7/C#
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サウンドはカラフルです。

このようにアッパーストラクチャー・サウンドは自在なコード表記も生みます。
もしも自分の曲だとすれば、この中から自分にピッタリのストラクチャーを選べばいいのです。
自ずとソロも様々なイメージが湧きますね。

ただし、絶対にコードスケールは、転んでも、何しても、スパニッシュ・フリージアンです。
これをお忘れなく!!