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Blog Archives - 2 【演奏講座】今さら聞けないヴィブラフォン、マリンバの秘密/ソロとコンピングの再考

ソロとコンピングの再考 その1 2021/9/17掲載

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例えば、「ジャズ風にアレンジしてみました」ってよく見かけますよね。でもそれって、「風」だから正真正銘のジャズではないという事を断っている意味もあれば、「ジャズ」みたいに仕上げてみました、って事を示そうとしている意味もあるでしょう。
でも、この場合の「ジャズ風」の「風」って何を示しているのでしょうね。

一番多いのは、リズムとしての「風」。

でも、ジャズ風のリズムって?

たぶん古典的なスイング・ビートのことを言っているのでしょう。ズー・ジャッカ、ズー・ジャッカ、ズー・ジャッカ・・ってあれ。
でもボサノヴァの時もあります・・・・。
子供の頃にオイゲン・キケロというピアニストがバッハをジャズにアレンジしたアルバムを出していました。アップテンポのズー・ジャッカ、ズー・ジャッカという小刻みなドラムのブラシに乗せてバッハのメロディーが聞こえて来た日には、流石に子供心にこれはどうか?と(笑)
まぁ、出鼻を挫かれたのでソロの部分の記憶が殆どないのですが、どうだったのでしょうね。
これは典型の話ですが、大なり小なり、ジャズのリズムというとスイング・ビートなのですね。

それ以外のジャズ「風」となると、コードの置き換えでしょうか。
まぁ、これはハーモニーのセンスと置き換えの度合いもありますが、極端なのになるとメイジャー・セブンスコードを全てドミナント・セブンスコードに置き換えるなんて暴挙もあります。メロディーにメイジャー・セブンスコードのMaj7が含まれなければ、のお話ですが。
これは単純にドミナント・セブンスコードの7がブルージーだ、という安直なものですが、ちゃんとワークすればそれなりには聞こえます。
かっこいいかどうかは個人の判断で。

僕もAORの曲をジャズに仕立て上げた曲を1990年のデビューアルバムで残しています(キャロル・ベイヤーの“With You”)。ただし、原曲よりもぐっとテンポを落としてバラードに仕上げました。バラード。僕はジャズ風ということではバラードが一番しっくりくるアレンジになると思うんです。ズー・ジャッカではなく。また、ハーモニーに関してもそれなりの置き換えを行いました。肝心なのは演奏してもらう人です。その曲だけジャズ界のリズムセクション(イサオ・ササキ/p、鈴木良雄/b、市原康/ds)を揃えて完璧なジャズ・サウンドを目指しました。狙い通り、素晴らしいジャズ・テイクとなりました。(『アンファンIIIフィーチャリング赤松敏弘』ポリドール/POCH-1031)

さて、ジャズ風。

なぜ今日この話題なのかといえば、今の時代にオリジナルを書いて「ジャズ」もしくは「ジャズ風」というものが出来る人が極端に少なくなっているように思うのです。もちろん、それなりにジャズの専門教育を受けた人の中にはこの問題をクリアー出来ている人もいますが、演奏はそれなりになっていても、曲はさっぱり「ジャズ」でも「ジャズ風」でもない、という人が意外といるのです。
おかしな話ですよね。最初、それだけ「ジャズ風」の演奏ができるのなら、「ジャズ風」の曲くらい書くの簡単だよね、と。

ここに落とし穴があったのです。

そうなる原因が何人かの対象者から見えて来ました。

一番大きな原因は「耳コピ」。
もちろんジャズのジャの字もわからない頃には「耳コピ」もドリルみたいなものですが、自分の言葉で演奏を始めた段階で「耳コピ」は卒業するものです。ただ、残るのですね。今の時代、新曲の課題が出ると自分で音を出す前にyoutubeで音源を聞いてから・・・・という悪循環として。「参考に」と思っている人は多いと思うのですが、それは自分で音を出して一つの結論まで至ってから言うべきこと。何も考えないで聞こえたものに反応する癖。

これがクラシックの勉強なら本当に「参考に」なるのです。だって自分と同じ譜面を見て、どうしてこんな風な表現が出てくるのだろう? と研究に没頭するでしょう。
ところがインプロヴィゼーション、しかもジャズのようにコード進行に沿ってインプロする、と言う場合は、インプロした形をいくら真似しても自分の言葉にはならないのです。他人の言葉を習う、と言う時期はあるかもしれませんが、それが過度になるとマニアの世界になってしまいます。その手前で自分の言葉を発する勇気を身につけないと。最初はカッコ悪いと思いますが・・・・

で、

どの程度自分で自分の言葉が喋れるかを試すのが「曲」作りです。
いくら誰かのソロを真似てマニアの間で得意になっていても、この「曲」を書く時には通用しません。
自分の言葉と同じものが「曲」には現れるからです。
“素”の自分。大切です。

もしも、本当にインプロヴィゼーションをやっているのであれば、ソロにふさわしいメロディー、つまり「曲」もスラスラと浮かぶはず。
では、「バラード」を書いてみましょう。
こう言ってジャズのオリジナル・バラードが書けたら一人前です。

嘘だ!って思うなら、1曲書いてみましょう。
メロディーがダブルタイムになっていたら失格です。
なぜダブルタイムだと失格に?
ビートです。
スイング・ビートの事を4ビートとも言います(日本だけですが)。
ジャズ風なバラードならこの音符が基準で、細かい動きは八分音符。
ロック・ビートは八分音符基準で、ファンクは十六分音符・・・・と言った具合にそれぞれの音楽の基準があるのです。
なので、その中でメロディーが動いていないと、それらしくならないんですよ。

インプロヴァイザーなら、それを肌で感じて身についていなきゃ嘘ですね。

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コンピングでもそれは同じです。

これを見て、コンピングを考える時、まずはどこから考えればいいのでしょうか。

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ある程度、ジャズのハーモニーに関して、あるいはコード理論に関して知識のある人だと、次のヴォイシングを軸に考えるでしょう。

Basic
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このヴォイシングでテーマのメロディーを弾く。
左に3rd - 7th、右に root - 5th という四つのコードトーンをオープン・ヴォイシングで配置。

難点としてはメロディーとヴォイシングの被りが多いことでしょうか。
よりメロディーを引き立てるためにジャズハーモニーを勉強した人なら
「アレ」を使うことを思い出すでしょう。

4th Interval Build
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これを使うことによって同じ帯域でのメロディーとコードトーンの被りが制御されるのでよりメロディーがサウンドの中で浮かび上がります。

よしよし、これはいいゾ!

さぁ、ここで初めて原曲を聴いてみましょう。

すると・・・

ナント、原曲ではこんなサウンドがメロディーの後ろで流れているのです。

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これで初めてこの曲として演奏する時にふさわしいコンビングのサウンドが見えて来ます。

と、いうことは、この曲でソロを演奏する時も、どのようなソロであるべきかが見えて来ます。

EMaj7 に DMaj7 。
簡単じゃん、、と適当に流すジャズ的なリックやフレーズを連結したようなソロでは浮いてしまうのです。

さらに、不思議なことに、これだけシンプルなコード進行になると、十分ソロの経験を積んでいるでしょうという人ほどソロが長続きせず、ミストーンも連発。
コードの勉強を始めて初心者マークが取れるか取れないかという人の方がソロになるのです。

ここで気付くのですが、初心者は必死でコード進行を追いますね。だから常に音を選ぶときにコードが頭の中にあるのです。
経験を積んだ人は一度二度譜面を見れはこんなシンプルなコード進行は覚えてしまいますから殆ど見ていません。見ていないという事は、頭の中に何が浮かんでいるのでしょう?
実は、ここで大変な「失態」が露見してくるのです・・・・



ソロとコンピングの再考 その2 2021/9/24掲載

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伴奏の出来る楽器は楽しい。それが自分の為であれ、人の為であれ、伴奏と言うものが出来る楽器を選んだ事に喜び感じる。簡単な伴奏もあれば、なかなか厄介で頭を捻る伴奏もある。ただ、有頂天になって伴奏をしてはいけない。これが分かっているようでなかなか分かっていなかったりする。
ジャズの世界での伴奏というのは、また、ひと捻りあって、その明確な説明というものはどこにも無い。あるのは静止画のようなハーモニーのヴォイシングの説明ばかりだ。

では、皆、どうやって伴奏を習得して行くのだろう?

実は千差万別、決定的なコレというものはない。ただ、手掛かりになりそうな事は皆拾って来てるんだが、それを明確に説明出来るテキストはない。たぶん、AIがいくら発展しても伴奏だけはできないだろう、と思っている。ソロは、ある程度フレーズなりリックといった形を記憶させればそういった形のソロは出来るのだが。

ジャズでの伴奏の事をコンピング(comping)と呼ぶのは前に説明した通り。演奏される音楽のビートやグルーヴに沿ったリズムと、メロディーを浮き立たせるハーモニーをその場で作り上げるコード伴奏。

これが好きというのは、かなりのへそ曲がりなのかもしれない。ジャズならまず人前で「どーだ!」「どーよ!」と言わんばかりの即興によるソロを披露する事に目が行くだろう。テクニカルに、あるいはハートフルに。

さて、そうなると、そこで聞こえるものの中には、シングルメロディー(単旋律)による「どーよ」というソロと、ハーモニーを伴いながら「どーだ!」という二通りのソロの世界がある。
いくらソロが良くても、バックがチグハグでは魅力は半減してしまうし、いくらバックがゴージャスでもソロが空回りしているとこれも魅力を感じない。超絶技巧的なソロでなくてもバックがそれを夢見心地のサウンドで包み込んでいれば素敵なソロとして記憶される。少なくとも、ソロと同じようにハーモニーを如何に発するか、という即興演奏がコンピングである、と言っていいでしょう。

しかし、なかなかそれを習得するガイドがない。

唯一あると思う(僕らの日本人としての音楽環境から)のは、ビッグバンドのスコアリングの勉強の中か、ボサノヴァの伴奏の中だと思う。

ビッグバンドは金管木管とフォーリズムによる 16〜17人編成のスコアリングをする中で、メロディーに対する伴奏をどうするかで譜面に書いたコンピングとも言うべき表現を学んで行ける。管楽器は単音しか出ないから、それらをどのように組み合わせてメロディーに相応しいハーモニーとリズムを作るか、という点。なかなかそれだけの人間を集める事は難しいけど、今ならDTMでシュミレーション的な学習は可能だ。もちろん人間に音を出してもらって成果の確認が出来ればそれに越した事はない。

ボサノヴァはハーモニー・センスが一番ジャズに近い音楽で、1960年代のボサノヴァはジャズのハーモニーからの影響が強いのでヴォイシングの実践トレーニングが出来る音楽として親しみを持つ人が多い。もちろん、専門的な事からすれば日本で一般に呼ばれるボサノヴァはかなり古典的で、今さら、という部分ばかりのものが多いけど、ジャズのヴォイシングの実践には向いている。これはボサノヴァという音楽の伴奏にハーモニーと共にパターン的なリズムを配す点が、即興的なリズム的反応を求められて困惑する人達には考えなくて済む分で重宝される面もある。ただし、あくまでも初歩の段階のお話しではあるが・・・。

ソロはソロで考えて。コンピングはコンピングで考える。
そういう人もいるかもしれないが、この二つは同時進行。少なくとも伴奏の出来る楽器ではそうするべき。

単旋律のソロを聞いていて、その曲のコードの流れがメロディーの端々から聞こえて来る人と、節回しは聞こえるけどコードの流れがまったく聞こえて来ない人がいる。
単旋律の楽器でも,前者の様にまるで伴奏も一緒に奏でているように聞こえる奏者が習得したものに注目すべき。
旋律を横に流す、という意味。
ただ横に流すのではなく、ハーモニーの流れをメロディーに取り込みながら奏でるという意味。

恐らく、伴奏の出来る楽器を選んだ人と同じアイデアを身に付けている。

先週コンピングで出したこの曲。

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ブラジルのミナスの代表、セルジオ・サントスの曲の冒頭の部分だけど、先に述べた古典的なボサノヴァではなく、進化形のMPB(ムージカ・ポプラール・ブラズィレイラ)からの流れを汲むコンテンポラリーな音楽。なので旧来の2小節パターンのボサノヴァ・リズムでは音楽が成立しない。

このような曲はこれから将来ジャズの周辺でも盛んに取り込まれるだろうし、自分自身がオリジナルを作った時に、より表現として的確なものへと絞り込む時など、日常的に現れるだろう。
伴奏ひとつ取っても、従来の固定観念的な反応では太刀打ち出来ないのだから、ましてやここでソロをとなると、まさか、ここでバップのリックというわけには行かなくなります。

どうすれば、そこにある音楽に自然に溶け込めるのか。
ひとつコンピングを考える事がソロに影響を与える例を示してみましょう。

コンピングでここまでにヴォイシングでいくつかの例を出しました。
では、それらのヴォイシングから、どのようなメロディー(ソロ)への取っ掛かりがうまれるでしょうか。

まずは古典的な左に 3rd 7th、右にroot 5th を配置したヴォイシングを軸に、ハーモニーの中を動いてみましょう。

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ここで使ったのはヴォイシングに使われている4つのコードトーンのみ。一つだけお約束で頭の拍にroot(コードの根音)を入れない事、という掟を作りました。これはせっかくハーモニーを奏でているところにコードの根音を当てるとサウンドが貧相になることから。テーマのメロディーは頭にコードの根音が来ていますが、これは歌う上でのピッチ・ガイドの意味があるのでしょう。インストの場合はその点は問題ないですからトレーニング用に掟を設定。

また、メロディーとして動いた音は元の音には戻らないようにどんどん展開しています。

どうでしょう? このヴォイシングから浮かぶメロディーへの入口。

では、二つ目に挙げた4th Interval Buildのヴォシングからはどんなメロディーへの入口が浮かぶでしょうか?


ソロとコンピングの再考 その3 2021/10/01掲載

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photo by Hikari Ichihara

ジャズの話しをする時に、インプロ(アドリブ)というものの受け止め方をどのように説明するのかは人によって異なります。
「それは人間のハート、人生そのもの、心からの叫びだよ」という説明もあれば、「自然の驚異や現象、見た事もないような世界に誘ってくれるもの」という説明もあります。
一つは人間の情感(喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、嫌悪、恐怖など)に訴えるもの、もう一つは人間の感性(美、善などの評価判断に関する印象の内包的な意味を知覚する能力)に訴えるもの。一部(カッコ内)電脳辞典から引用。
これらは主に趣向という形で分類が成され、ここで指すジャズという音楽も、実はまったく異なる響きや表現を持っているので受け手側の場合はその説明で何となく納得出来ても、送り手側の場合はインプロ(アドリブ)の説明としてはいささか不足するものが多いですね。

私は人の心を描くような演奏がしたい。
私は絵画のような情景の浮かぶ演奏をしたい。

むしろこちらの方が送り手側として目的が絞られていい。

ジャズと言う音楽に惹かれた切っ掛けを思い出せばその解明の入口が見つけやすいかもしれない。

僕の場合は中学になったばかりの頃のゲイリー・バートン達の音楽。他のジャズとは明らかに違うサウンド。それは彼等が取り上げる「曲」によるものだと気付いた。まるでビートルズのようにコンパクトな中に様々な工夫が成された曲を演奏している唯一無二のグループ。まだECMの無い時代に既に情景を浮かび上がらせるような曲もあれば、ゼネレーションに訴えかける曲もある。しかもそれらは絶対的に演奏時間を適度に保ちながら絶対にそこから逸脱しない。もしもこれをグループサウンズと呼ぶなら、徹底的な個性を放っていた。
その軸となっていたのは、マイケル・ギブスやカーラ・ブレイ、スティーヴ・スワロウ達のオリジナルで、ゲイリー・バートン自身の曲はそれらのどれにも無いニアンスのものが用意されていた。
この時点で、ジャズのベースは曲じゃないのかな? という事が頭に浮かんだ。

アドリブのコピー。
これはお勧めしない。恥を忍んで自分自身の経験を書くと、スティーヴ・スワロウの有名曲に“Falling Grace”がある。中学の頃に、ゲイリー・バートンのアルバム『The Time Machine』(rca/1966年)の中のこの演奏が大好きで、まだ自分のヴァイブがなかったのでピアノでソロを丸コピーしてレコードに合わせて毎日弾きながらやがて学校の吹奏楽部からヴァイブを放送部で借りてそれを弾いて御満悦していた。本気でヴァイブをやりたいと思い始めた動機でもあるのだけど、高校に入って少しコードネームの事なども頭に入り始めた頃になって、この曲のコードを採譜してテーマを譜面に起こしたところで、大事件が起きた。

その譜面は間違っていないのに、何度やってもソロになるとコピーしたメロディーが出て来る。では仕方がないと思ってコードネームを見ながら演奏しても、覚えているメロディーが少しでも出て来ると、困った事にコードをさっぱり追えなくなっしまう。コードだけを見て演奏を始めても、聞き覚えのあるサウンドが出ると、そこからは記憶の糸(つまり丸コピーしたソロ)に繋がってしまい、何度やってもコードを追っていない自分がいる事に気が付いて唖然とした。

もしも、これがコードの事を知った上で、さらにそれがちゃんと記されたリードシート状の譜面が手元にある上で、ソロをコピーしたとすれば、こんな惨めな事にはならないのだけど、先にメロディーとして身体が受け入れてしまったものは、二度と白紙には出来ない、という非常に辛い経験から警鐘を鳴らす事が多い。

だって、元の演奏の本人はコードを見てそのメロディーを産んでいるのだから、演奏したければ何を準備すべきかは一目瞭然。この手順の狂ったコピーだけは避けるべきだと言い続ける。

もう一つお勧めしない理由。ある時、ある有名曲の、ある有名プレーヤーの好きだったソロの、ある有名奏者監修というアドリブのコピー集を買った。高校になって暫くした頃のお話し。それは管楽器奏者のアドリブ・コピー本だったので、買って嬉しそうにピアノの右手でコピーソロを弾き、左手で譜面にあるコードネームを押さえるのだけど、何度弾いてもおかしい。自分のたどたどしいコード知識がいかんのだろうと憤慨し、ヴォイシングなども知り得る限りの知識を集めて押さえるのだけど、これがやっぱり上手く行かない。なぜ?

後年、その理由が分かった時は腹が立って仕方が無かった。
なぜなら、その元の演奏で使われていたコードは原曲からかなり置き換えたコードを使っていた。当然ソロはそのコードに沿ってインプロ(アドリブ)を繰り広げている。ソロの単旋律だけであればレコードと一緒なんだけど、こちらはどうしてこんなソロが取れるのだろう、と真面目に本を信じて、そこにあるコードを弾いていたのだけど、この本に振られていたコードというのが、元の演奏とは無縁の、そこらへんにあるどうしようもない本に載っているようなコードだった。そりゃ、左手を入れると合うはずがないよね。
こりゃ、インプロ(アドリブ)はやっぱりコードが先だ、と痛感したのでした。

それからは、譜面が出版されていないけど大好きな曲というもののテーマのメロディーとコードを採譜する事を第一の勉強と据えた。出版されている曲でも、自分がやりたいコード進行かどうかを確認してから演奏するようになった。

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ソロとコンピングの再考。

今日の話しからソロの大部分はコードから生まれるという事。さらにコンピングもコードから生まれると言う事。この二つのコードから生まれるもの、というのはまったく同一の発想から生まれている。
その生まれる瞬間にある人は「人間の情感に通ずる音」として選ぶサウンドがあり、ある人は「人間の感性を刺激する音」として選ぶサウンドがある。

ある人はG7を弾いて、これは私が人間の情感に訴えかけるサウンドだと思って演奏している。
ある人はG Maj7 を弾いて、そよ風の様に感性に響かせたい、と思っているかもしれない。
ある人はG7に#11thを足して、都会的なクールな響きとして演奏しているかもしれない。
ある人はGm7に11thを足して、哀愁のある夕景を描こうとしているかもしれない。

演奏している側の心理は複雑だけど、コードというものが示す雰囲気はある程度共有できると思う。

すると、コードのサウンドによって生まれるメロディーに傾向というものがあるとすれば、面白いじゃないですか。

先週、ボサノヴァ以降のミナスの代表としてセルジオ・サントスの曲の冒頭の部分でどのようなコンピングとしてのヴォイシングを連想するかでソロがどのように生まれるかを試してみた。

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この曲のメロディーから先週はベーシックな左手 3rd - 7th 、右 root - 5th のヴォイシングでソロの切っ掛けを作ってみたけど、今回はヴォイシングに 4th Interval Build を使うとどんなソロの切っ掛けが浮かぶのかを試してみましょう。

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オープン・ヴォイシング(開離和音)で四度の均一な音程幅を持たせると、響きは突き抜けるように広がります。もちろんこの中にはベースが発するであろうrootの音は含みません。

この響きを軸にメロディーを作ろうと考えると、全てが均一な状態ではなかなかメロディーのシェイプが生まれないのでヴォイシングの中の音の音域を寄せて音の連鎖で動きを考えてみました。

そうすると、9th - 3rd、5th - 13thと二つの連鎖が生まれます。

でも、これだけでは連鎖間の跳躍が激しいので、一つ飛ばしに連鎖を考えられないものかと 7thを含めて 13thとの連鎖を想定すると、いい感じでメロディーの連鎖が起こり始めます。
さらにD Maj7のメロディーにある #11th も含めると 3rd - #11th という連鎖も生まれます。

すると 9 - 3、3 -#11、5 - 13、13 - 7、という四組の長二度(全音)繋がりとなる連鎖が生まれます。
オープンなヴォイシングなのに。メロディーは長二度の連鎖を配置するコントラストという事でしょうか。

しかもこれは (root) - 2nd - 3rd - 5th - 6th という pentatonic scaleに7thを足した形とも言え、それぞれが全音音程で響き合うペンタトニックと四度音程の和音との密接な繋がりを表しています。演奏のヒントとしてとてもおもしろいですね。

コンピングが作る(ある意味で示す)サウンドの指向が、また一つ導き出されました。


ソロとコンピングの再考 その4 2021/10/08掲載

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物事に一流も二流もないかもしれませんが、時々バンドを聞きに(ある意味では観に)行った時に、これは一流ではないな、と思うものがあります。
曲が始まる時に、勢い良くドラム(役割としてでしょうが)が、ワーン、ツー、ワン-ツ-スリー-フォー、とスティックを鳴らして始まる曲のテンポを出すアレです。テンポ・カウント。
聴き手としてその場に居合わせている時、次に何がはじまるのだろう?と固唾を呑んで待ち構えているところに、カーン、カーン、とコレが聞こえて来たら、もう集中力は台無し。

そもそもテンポ・カウントというのは裏事情、裏方技なわけで、タクトを振る指揮者のいない場合に致し方なく発するもので、音楽本体ではない。だから、そんなに堂々とやられたら、シラケてしまうのです。

もちろん、これをある意味で景気付けのパフォーマンスとしている例もあるけど、それは前後の曲との兼ね合いの上で成り立っているもの。使われる状況が違う。

たしかに、メロディーが一拍目から出る場合は難しいので、そう言う場合はカウントが役に立つ。その代わり直前の最後の拍か、最後二つ(四拍子なら3-4)が関の山。ワン・ツーを入れる時は空振り。つまり曲と関係のないものは極力音を出さず、が大原則。だって音楽ですよ、音を楽しんでいるわけですからね。

メロディーが二拍目以降から始まる場合は、一拍目を全員で出してメロディーを聞けばテンポはわかるはず。頭から最初のメロディーの音までの時間で尺取りするわけ。

聞いていて、本体とは関係のないものがたくさん聞こえるとやはりこれは一流ではないなぁ、と感じるのです。

リハーサルでその練習を軽くするぐらい、曲の前後左右に神経を行き渡らせると、きっと本体の演奏も変わってくるでしょう。
テンポ・カウントは必要だけど、演奏者全員が「その曲」を把握していれば出さなくても、あるいは客席にわからないくらいサイン(本来はそういうもの)化して演奏を始めると、一流っぽくなるものです。

ちなみに昔のレコーディングでは最後の拍は抜く、というのが鉄則でした。いまのデジタル編集と違って余韻が頭の拍に被るのを消せないからです。テンポによっては二つ抜きというものもありました。その間空白ですからちょっとしたスリル。それだけ余分なものには皆気を使っていたのでした。

だから昔のプレーヤーは余韻にまでこだわって演奏している様な気がします。デジタル化で必要なくなったものではありますが、これは見習うべき事ですね。

コンピングとソロの再考。

題材として挙げたのはブラジルのボサノヴァ以降のMPB(ムージカ・ポプラール・ブラズィレイラ)のひとつミナスの代表者セルジオ・サントスの曲の冒頭。

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私たちがジャズ的な発想によるコンピングを考える時に、ベーシックなトライトーンを軸としたヴォイシングや、オープン・ヴォイシングでこの曲の伴奏を考えるでしょう。

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するとそのヴォイシングから、インプロ(アドリブ)のメロディーを引き出す、というのは自然な行為でジャズのインプロはコード進行とコードサウンドによってガイドされ導き出されているわけです。
その例についてメロディー発想の源を探ってきました。

このコードサウンドというものがジャズの醍醐味だと考える僕のような人間は、同じコード進行であっても、メロディーや固有に曲が持つ独特のサウンドというものに影響されながらインプロを行うので、最初からジャズ的なサウンドをそれらの曲に貼付けるような事はしません。

サウンドこそに「その音楽」の持つ特徴が現れているわけですから、そこに土足で踏み込むような事は出来ません。

では、この曲、本人達はどのように演奏しているのでしょう?
一番大切なことです。

すると・・・

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まるで別のコードサウンドのような伴奏が用いられています。

EMaj7であるけれど、Bのトライアドを乗せている感じを強調する B/E というヴォイシング。もちろんこれを単なるEMaj7 + 9thの上三声(5, Maj7, 9)と解釈してEMaj7(9)とすると、この曲のメロディーのニアンスにそぐわなく聞こえるのですね。

同じくDMaj7もAのトライアドと解釈すると A/D 。

コレを軸にどんな発想と結びつけるか・・・・

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おもしろいのですが、B/E とか、 A/D とか独特のサウンドの中でこれらを自由に行き来できないものかと浮かんだのが、それぞれのアッバーストラクチャーのトライアドを軸としたペンタトニック。
これだとこの特徴あるサウンドを維持したままソロに至りそうです。

ペンタトニック・スケールは民族的な音階、という言葉を思い出させてくれました。


ソロとコンピングの再考 その5 2021/10/15掲載

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photo by R.Aratani

ジャズ研出身の人に見られる傾向にオルタード好き、というのがあります。
オルタードとは、altered scaleのことですが、この響きには特別な(特殊な)ムードがあるのかも知れません。多分ごく一部だとは思うのですが、ジャズは「普通」であってはならない、的な1960年代のダンモ的思想が、サークルの中で脈々と受け継がれているのかも知れません。

確かに過去のジャズに於いては世の中の「普通」というものには背を向けて、ひたすらジャズ道を直走るのがカッコよかった時代がありました。僕なんかもジャズの世界に足を突っ込んだ頃のジャズ喫茶や専門誌に暗躍するおにーさん、おねいさん達の、トンがった言動や行動から刺激を受けて育ちましたからその影響は今でも自分の中に残っています。

まず、「普通」のこと、となると音楽では歌謡曲やJ-Popは頭ごなしに拒否。さらにカラオケは拒絶症、という部分にそれを見出すことができます。何でしょうねぇ、「大衆音楽」というのを毛嫌いしていたんですね。完璧なジャズ・スノッブ。そのくせクラシックや現代音楽はOK。ロックもラブソングだらけになる前まではOK。そんなですからテレビから自分が趣向する音楽が流れてくる機会は物凄く少なかった。当たり前ですが(笑)。
結局、気がつくとインストということで自分の世界をガッチリとガードしていたわけです。だからと言って、今もほぼ同じなんですが・・・・。

さて、「普通ではない」の代名詞のようなものがオルタードと結び付いて受け継がれている世界。
オルタードした音の世界が、ちょっぴり別世界に感じている節があります。実際にはとても不安定な音階で、完全五度がないので地に足がつかない感じ。それがかっこいいのかも知れません。でも、少しジャズのセオリーに触れると、このコードと同じトライトーンを共有するリディアン・フラットセブン・スケールの転回形だと気付くのです。こちらは完全五度がありますからどっしり、しっかり。それがわかるとちょっぴりオルタードというものが違って見えて来たりもします。

「普通ではない」という言葉通りに、このオルタード・スケールはジャズのセオリーを学んでいると「最も変な音のする音階」と位置付けている人が多いのです。
でも、コンピングとしてのオルタード・ヴォイシングはなかなかカッコいい。
スケールは歪(いびつ)なのにコード・サウンドはカッコいい。

この辺りからオルタードを取り込んで行けるといいですね。

まず、オルタードはドミナント・コードとして用いられるのでV7の位置に据えると、次に来るコードは明るいコード(Maj7タイプ)が来るか、暗いコード(m7タイプ)が来るか?
そこから始めましょう。

ここまでにドミナント・コードでb9thを含むタイプのコードスケールを分類すると、次に来るコードが明るいか暗いかを八割がた分類出来ています。

a.)明るいコードが来やすいドミナントコード
・コンビネーション オブ ディミニッシュ (コンデミ)
 Combination Of Diminished Scale

b.)暗いコードが来やすいドミナントコード
・ハーモニックマイナー スケール パーフェクトフィフス ビロウ (ハーモニックマイナー)
 Harmonic Minor Scale Perfect 5th Below

もしもこれらがV7の位置にあり、次にIMaj7 または Im7が来るとすれば、それぞれのコードスケール上に次のコードの第三音に当たる音が長三度か短三度でイメージされます。もちろん例外はあるものの確率的には八割。

コンデミの場合は13th イコール IMaj7の 3rd。
ハーモニックマイナーの場合は b13th イコール Im7の b3rd。

この図式に当てはめると、オルタードスケールには b13th に該当する音があるので、V7と考えるなら Im7 に向かいやすくなります。

その音階からコンピング用に四つの音をヴォイシングに選ぶと、こんな感じになります。

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ではコンピングで使っている音ならインプロのソロのメロディーとして使えるわけなので、この四つの音をメロディー的に並べてみましょう。

すると・・・

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二つのコードトーンと二つのコードスケール上のテンションノート。
響きとしてかなり特徴がありますね。

この四つの音に、先に説明した b9th系のスケールという証の b9thを加えてみると、このスケールの特徴をメロディーの動きに取り込めます。

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ただし、ここには オルタード・スケールで一番突飛に聞こえる b5th の音は含まれていません。
何度も言うように、この音を皆、異様な音として嫌うのですね。

なんとか、その「異様な音」をメロディーに取り込む方法はないものでしょうか・・・・


ソロとコンピングの再考 その6 2021/10/22掲載

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photo by R.Aratani

好きな音楽の事なのに、苦手なものってありますよね。僕は未だにブルースが苦手。聞くのは嫌いじゃないのにやるとなると苦手な気持はいつになっても消えません。なんというか、心から納得してブルースを演奏出来るのは百回に一度くらい。その場合わせでブルース(もどき)を演奏する事くらいはオチャノコサイサイ。でも、心から楽しんで演奏しているのかと言うと限りなくノーに近い。適当でいいのなら無責任にやって形にして終わりになるけど、本当は気が済んでいない。やるなら、とことん、が信条だもの。
たぶん、音に対する反応というか構造が異なるのだと思う。
実は僕と同じようにブルースが苦手なプロは多い。もちろん皆それなりのブルースは演奏しているけど。

前にも少し書いたけど、まだコードをヨチヨチ歩きで読んでいた頃に、セッション(アマチュアの)に顔を出したことがあって、その時に「ブルースをやろう」と言われてチンプンカンプン。I-IV-I-I-IV-IV-I-I-V-IV-I-V というものだったけど、時々聞き慣れぬ音になると皆嬉しそうな顔で得意になって出すんだ。メイジャーのキーなのにマイナーの音(b3rd)を。
気持悪くなってセッションリーダーに「ブルースはよくわからん」と告げると、「大丈夫、大丈夫。マイナー・スケール弾いときゃ、なんとかなるから」と言われて余計にこんがらがった。

ところが、だ。その「ヘンな音(b3rd)」を帰ってからコードの中で鳴らしてみたらこれがカッコいいんだ。ハーモニーとしては随分聞き馴染んだ音なのに、自分の歌の中には出て来ない。困ったものだ。
やがてプロの道に入る頃にハーモニーで鳴らした音からメロディーを作る、という独自のやり方を見出していた。バークリーに行く十年前の事。だからどんなハーモニーでもメロディーに変換出来る。ぼくはそうやってブルースはコンピングのヴォイシングから習得した。

このやり方はハーモニーに興味があってジャズの世界に入って来た人には実に有効で、その代わりにあらゆるハーモニーとコードスケールを読破した上で始めないと基調が狂ってしまうという難点がある。
その事がわかっていると、ジャズの最初はブルースからは入らない。いや、入れない。最後の最後の総仕上げとしてブルースが出て来る。苦手なもの、というものの克服の仕方はいろいろある、という事。
定説のようなマテリアルが誰にでも通用すると思ったら・・・・・大間違い。

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オルタード、オルタードと連呼する人がいるくらいジャズ研出身者の人はオルタード・スケールが好きなのはなぜだろう?

そのひとつに、前回最後に掲げた音階があるかもしれない。

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この音階、弾けば弾くほど日本音階の陰音階とそっくりだ。
オルタードをコンピングのヴォイシングで表した時の声部に使われる音に、コードスケール上で未使用のb9thを足しただけ。

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ひょっとすると、その陰音階とオルタードの共通点に反応しているのではないか、とも。
何となく、どことなく、ピッタリとくるこの感じ・・・・。

それはともかくとして、オルタードスケールが異様に聞こえる原因はこの「はずれた感じの音」にあるのは間違いがないでしょう。

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僕のブルースの時の b3rd と同じで、この異様な音が無ければ落ち着けるのです。
ならば、「はずれた感じの音」を飛ばして音列を演奏してみましょう。

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なんか、いい感じ。
でも、これだと、スパニッシュ・フリージアン・スケールとの区別が、あるいはHMP5との差別化がちょっぴり着けにくいかもしれません。
やはり、オルタード・スケールだ、という確信を持った音の動きが欲しくなります。

そこで、もう一度思い出してください。なぜ、オルタード・スケールが定まらない印象を持つのか?

和音の組織の中で完全5度という音程を持たないからです。
同じトライトーンを持つもう一つのドミナントコード、この場合はF7 alt ですから B7(#11)というリディアン・フラットセブン・スケールを見ると完全5度を有する安定した和音になっています。

と、言う事は、同じ音階で出来ているのなら、安定した音の組合わせが見つけられるのでは?

そこで、もう一度オルタード・スケールを見直して、音階内で不安定な半音の組合わせを避けて安定した全音の組合わせで音列を演奏してみました。

すると・・・

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この組合わせを軸にすれば、オルタードというスケールの中で「はずれた音」とされていた b5thの音も、全音の結び付きで安定した繋がりの印象を残せるようになります。

最初は「異様」なので外してみたけれど、やっぱりその特徴を生かしたメロディーが産めるように下地を作って準備しましょう。

ちなみに、コンピングのヴォイシングでそれぞれのコードスケールの違いを表すと次のようになります。

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そして・・・・

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だから、オルタードのヴォイシングは・・・

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それぞれのヴォイシング・ノートから、あなただけのメロディーを産んでみてはいかがでしょう。