エレクトリック・ヴィブラフォン小史 - その4 【NEW】2019/1/28掲載

パール社製“malletSTATION”試奏中 (ジャズライフ誌取材にて)
週末はジャズライフ誌の取材でパール楽器から発売されたばかりのマレット・キーボード“malletSTATION”を試奏して来ました。電子ビブラフォン 電子マリンバ と呼ばれるセンサー式コントローラーは音源が外部のモジュール頼りなので実際の演奏の現場では補助や効果でしか使われず30年も前に別のメーカーのマレットキーボードが日本でも輸入販売されたのですが音源にネックがあり数年で廃れた経緯があります。

詳しくは来月号のジャズライフ誌(2019年2月13日発売号)を御覧ください。

ジャズライフ誌(2019年2月13日発売号)
ヴィブラフォン奏者独自の演奏テクニックも反映されるようになっているし、腱鞘炎が気になるシリコン鍵盤もかなり薄くなって「叩く」面での手の負担も大きく改善されている等、30年という時間の経過は確実に反映されていました。
問題の音源も昔のようなモジュールではなくMacやiPhoneの音源アプリをMIDIで繋いで音を選ぶこと。本体+スマホ+MIDIインターフェースでセッティング完了というのは時代の恩恵。 ヴィブラフォンやマリンバ奏者の楽器運搬・分解組立という一生のノルマを場面によっては軽減できること。
使い方を今の時代らしく様々な環境と機器とを組み合わせるアイデアがあれば、爆発的に注目される対象になるでしょう。
いろんな音を出すだけで玩具で終わらすか? それとももっと生活に密着したユーザーを開拓して楽器への間口を広げるか?
使い方はユーザー次第、というビギナー・インストルメンツとしてヴィブラフォンやマリンバへの橋渡しとなり得る存在になるでしょう。
駆け足で巡って来ました,ヴィブラフォンのエレクトリック化の小史。一頃Mallet KATの再ブームも見られましたがメイン・インストルメンツとしての使われ方ではなく、あくまでもサブ・インストルメンツとしての役割に留まり、楽器としての立ち位置は未だに明確ではありません。
使い方としての一例ですが、2019年2月15日のブログに挙げた記事を紹介しておきます。
この特集をしてからでも12年という月日が流れました。
デジタルというものが世の中の電化製品を牛耳る時代です。
僕は決して保守的な人間ではなく新しく斬新なものを常に求めています。楽器に対してでも同じで、決してアコースティックが最高だなんて思った事がありません。
しかし、だからと言ってエレクトリックが最高とも思えません。
要は、どれだけ時代に対応して応用できるものであるか、が重要だと考えます。
近年、マレット・キーボードを仕事で使った例があります。ジャズライフでも軽く触れていますが、その事を少し書いておきます。
2017年に発売されて先日、星野源さんのANNや細野晴臣さんの番組で紹介され一気にブレイクしている静岡のバンド、ジプシーヴァブスのレコーディング時の事です。
アコースティック・ギター、マリンバ、アコースティック・ベース、サックス、パーカッションの五人に僕がヴィブラフォンで加わるという曲。このサイズがアルバム全編に渡って録音するのであれば最初からそれに対応したスタジオで録音しますが、他の曲は最大で五人まで、この1曲だけ六人となると、プロデューサーの立場としてもなんとか効率よく録音を進めたいと考えます。
また、そんなにレコーディング慣れしていない彼らにオーバーダビングをさせるのは仕上がりの点で難しいと判断し、レコーディング慣れしている自分がなんらかの差し替えで対処するのがbetter。
そこで彼らがライブの時などに予備的に使っていたmallet KATがあるのを思い出し、当日使うかもしれないので持参してもらった。

mallet KAT Pro
スタジオの5つのブースに彼らが入り、僕はコンソール・ルームの片隅にマレット・キーボードをセット。これだとラインで繋がるのでこちらの部屋の中の会話や雑音は平気。ヘッドフォンでモニターしながら一緒に演奏する。

なぜこうするのかというと、彼らが僕のソロパートでカンピングするのを記録しなければならない。かといって何も無い状態で伴奏を入れるのはプロの中のプロでも無理。もちろんソロを入れたあとでカンピングを差し替えるというやり方もあるが、それはスタジオ慣れしていないと無理な演奏技術。そこでマレット・キーボードでソロでのストーリーを演奏すれば、彼らもそれに着いてくるから後で差し替える時に、僕がそのストーリーをチェックしながらインプロすれば良い結果が記録される。

つまり仮歌ならぬ仮ソロ、という時に、このマレット・キーボードは“使える”のです。
で、何十年振りかで演奏したマレット・キーボードの感触はというと・・・・
昔に比べればレイテンシー(遅れ)はかなり改善されていました。
マレット・プレーヤーは打楽器的な感覚が鋭いので僅かな遅れでもわかってしまうのです。
問題は鍵盤の代用となるパッドでした。
通常演奏で使うマレットで叩くと反応するエリアと反応しないエリアが混在していました。もちろんペダルは使えますが、マレット・ダンプニングはまだ信号を読み取れないセッティングでした。鳴ってしまうのですね、触れると。
それと打撃音はかなりもので、要するにマレットで思いっ切り机を引っ叩く程度の騒音が出る、という事です。
この部分は90年代とあまり進化を感じられませんでした。
音源がサンプリング音源なので、それも大きな進化は感じられなかった原因かもしれません。
ともあれ、ちゃんとしたスタジオで録ると、サンプル音源はサンプル音源でしか無いというのが感触。
今一つ、20世紀から21世紀へと進化した部分が僕には見つけられず、ちょっぴり期待していたのでさっさと生のヴィブラフォンに差し替えました。面白ければ、それはそれで残したわけですが。
■ピックアップ式エレクトリック化に関して
これは最近試していませんが、時々聞こえてくるそれらしき音を聞いて、相変わらずだな、と思うものがあります。中音域のもっとも豊かな帯域の音が「鼻づまり」のように聞こえる現象が相変わらず改善されていないのですね。楽器として一番魅力的な部分が思うように出せない、というバークリー時代に経験したピックアップ方式の弱点が改善されない限り僕は興味は湧きません。接着式というのが原因とわかっているはずでEQでペッチャンコにすれば気にはなりませんが・・・(笑)
■マレット・コントローラーの登場
今回試奏したマレット・コントローラー。まずコントローラーという名称に合点。楽器という発想よりもコントローラーという言わばスイッチである事を隠していないところがいい。
昔、ある日本の楽器メーカーにそれに近いアイデアを提案した事があった。そのころの楽器メーカーは言ってる意味がよく理解できなかったようなのだけど、鍵盤というものに固有の発声音が無いものは楽器ではなくスイッチになるので、ある互換性を持たせればそれ一台で様々な楽器への入り口になるはず、というもの。
今の時代になって理解されても遅いのだけど(笑)
鍵盤の素材として当時僕は誰も気付かない理想的なものを探り当てていたのだけど、そのメーカーには教えなかった。その後そのメーカーが試作した電子マレット楽器は相変わらず音源モジュールに頼ったもので、見た目はともかく、昔となんの進化もないシロモノだった。もちろん普及するはずがない。楽器に見せ掛けた楽器じゃないものは魅力がない。
このmalletSTATIONは、一見、先行するメーカーのマレット・キーボードと似ているように見えるだろう。
しかし、今回試奏している時に、様々な角度から質問したり試したりするのにかなり明確な答えが返ってきた点からも、その後の事をかなり研究しているのが感じられた。

詳しい事はジャズライフ3月号にわかりやすくまとめていただいているのでそちらを見て欲しい。
一番スッキリしたのは、この本体の中には一切音源が入って無い事。
スタジオで録音として残せなかったのも、ライブのステージで使うほどの意欲が湧かないのも、内臓されている音があまりにもチープだから。
その点をこれは明確に線引きして、今日の生活の中で“使える”性能を取り込めるものにした点が優れている。

パソコンやスマホで音源を探して気に入ったものを鳴らせる。Macとは相性が良いのでそのセッティングは簡単なようだった。Winやアンドロイドでは若干設定に手間がかかるらしいが、音楽志向者はMacが多いので心配ないだろう。
iPhoneで音源を鳴らせるというのは、これが今日らしい持ち運びに対応している事を示す。
本体(バッテリ使用可)とiPhone、iPhone増幅用の小型スピーカー、それにMIDIインターフェース、ペダル、マレットがあればストリートでもキャンプでも演奏可だ。
楽器ではないかもしれないが、その機動性の良さは家の中でも威力を発揮するはずで、ジャズ好きのママさんが子供と一緒にリビングで遊んだりする事も出来る。
また、打楽器奏者ではない鍵盤楽器奏者がステージのパフォーマンスとして披露する事や、高齢者の施設での活用、音楽教室での応用、と考えると、このコントローラーの用途は果てしなく広がる。
子供でも、ママでも、高齢者でも、ピアノを10本の指でスラスラと弾くのは難しいけれど、1本や2本、さらには4本くらいのマレットで大きな的(まと)を叩くのは簡単。さらにペダルがあるので踏めば音は伸びるから、木琴やマリンバのトレモロのような技術も要らない。

何よりも、このコントローラーが今日の生活軸の中にあるスマホやパソコンと寄り添って成立している事による発想の転換が楽器人口拡大の大きなチャンスを作る。
楽器からちゃんとした音色を出す訓練こそ出来ないが、コントローラーである視点から見れば、楽器への入り口として立派に存在するものだ。
だって、ほら・・・・

取材をしていたジャズライフのK氏でさえ、叩きたくて叩きたくて、取材が終わったら早速マレットを握りしめてコントローラーの前に立っているじゃないですか。
そういう心理を読み取って、マレット奏者がこのコントローラーで何が出来るのかを考えたとしたら、ただ自慢げに叩いているだけの使い方から、大きく発想が変わって、新しいムーブメントに発展して行く可能性があるでしょう。どうせ自慢げに叩くのならちゃんとした楽器をちゃんと演奏したほうがいい。これらのコントローラーの先にあるステータスの如きに。
ともあれ、アイデアひとつで何とでも活かせるのは電子楽器の利点。それを活用しない手は無いよ。
また、価格的な点でも魅力がある。
なんせ生活周辺機器との組み合わせを前提にすれば、これまでのマレット・キーボードの半値以下で購入できるのですから。
最初に述べたのを思い出して欲しい。
「一番スッキリしたのは、この本体の中には一切音源が入って無い事」
“使えない”音源にお金を払うという無駄を省いて、自分で鳴らしたい音源をダウンロードして更新して行ける。メーカーがプリセットした音をいつまでもユーザーが飽きずに使うなんて、他の電子鍵盤楽器の衰退を見ればわかりそうなもの。やっとそういう“楽器もどき”の呪縛から切り離されたスイッチとしてのマレット・キーボードが誕生した。
完
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