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エレクトリック・ヴィブラフォン小史

エレクトリック・ヴィブラフォン小史 - その1 2007/6/29掲載

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GOOD VIBES/Gary Burton』(Atlantic/1970年)
(このジャケットはLP初版のものです)

ヴァイブが電化の兆しを見せたのは1960年代の後半、ほぼ1970年に差し掛かろうとする頃だと記憶します。
その事を知ったのは1969年1月に発売されたスイング・ジャーナルで、評論家の方達の「エレクトリック化される楽器と音楽」をテーマとした座談会。トム・スコットが新開発の電気サックス(今のピックアップ方式と違って楽器そのものを開発したもので現在のEWIの原形)を演奏している写真と共に「最近ついにヴァイブもエレクトリック化されたらしいですよ」という(誰の発言かは忘れましたが実家に本は保存しているのでいつかその事を詳しく書きます)記事でした。

当時中1で(よくもまぁ、そんな分際で毎月スイングジャーナルを購読していたものだと思いますが)新しい事には人一倍興味がありましたから、この記事が脳裏に焼き付いて、一体それがどんな音でどのような形をしているのか想像するだけでもワクワクしたものです。

それから1年。目の前(正確には耳)に現われたのが、恐らくエレキヴァイブの創成期第1号と思われるもので、それは後に師匠となるゲイリー・バートン氏のこのアルバムでした。アルバム冒頭の曲でエレクトリック・エフェクターを通したファズ(Faz)サウンドのヴァイブが聴け、正に70年代の幕開けらしいサウンドでした。

同時期にマイク・マイニエリもエレキヴァイブを手掛け始めていて、フルートのジェレミー・スタイグ(スタイグのフルートもエレクトリック)との共演盤でも初期のエレクトリック・ヴァイブが聴けます。

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『JOURNEY THRU AN ELECTRIC TUBE/Mike Mainieri』(Sorlid State/1970年)
残念ながらジャケ写白黒コピー

この時代に製造メーカーも巻き込んでエレクトリック化が試された大きな理由は楽器の音量増幅が何よりも緊急課題でした。ステージでマイクを2〜3本立てて音を拾うヴィブラフォン奏者の悩みの種として上げたのが「もっと音量を容易く増幅してほしい」。
背景にはロック・ミュージックの影響からバンドのステージ上の演奏ヴォリュームは上がる一方でマイクに頼らざるを得ないヴィブラフォン奏者は大いに悩まされていたのです。

この創成期には唯一市販されたエレキヴァイブがあります。

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“Electra”Deagan社

今は無き世界のヴィブラフォン二大ブランドの一つディーガン社の「エレクトラ」。この楽器は微かに雑誌の写真で見たりスタジオ録音の音で聴いたり、キングクリムゾン等ロックバンド(一時的にロックバンドにマレット楽器が入るのが流行った時期があります)で聴こえてきたり、ですっかり忘れていたらネットでホームページを開設した10年前に後にヴァイブ協会を発足させる“N氏”からこの写真が送られて来ました。
鍵盤が細く(ナローバー)触った楽器のメンテナンスが良く無かった為に僕は良い印象はありませんが、歴史的価値のある楽器です。
持ち運びを考えてポータブルケースのような本体に足とペダルを付けるという画期的なスタイルは今も根強いファンがネットで時々取引きしているのを見掛けます。

もう一方の世界ブランド(こちらは現存)、ムッサー(Musser)社もエレクトリック・ヴァイブを開発していましたが様々な問題から市販には至りませんでした。
幻のムッサー・エレキ・ヴァイブは71年のゲイリー・バートン東京公演を収めたライブ・アルバム(国内のみ発売)にその姿が残されています。

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市販には至らなかったMusser社のエレクトリック・ヴァイブ

納められているアルバム(現在CD化済み)

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『LIVE IN TOKYO/Gary Burton』(Atlantic/1971年)

ディーガンとムッサーのエレクトリック・ヴァイブが違うのは、ムッサーは従来のベストセラーシリーズのM55をベースにパイプを取り去り、鍵盤の直下にアコースティックギターのボディーのような空洞を作り生音を増幅(音響ホール)、鍵盤に密着させたバータイプのピックアップマイクで音を増幅するシステム。ネオ・アコースティックと呼んでもよいモデル。鍵盤を固定するフックの部分は通常のカギ型ではなくホール型。バーサスペンション・コードはそのフックのホールを通す仕組み。

実は後年バークリーに留学した時この試作品の残骸が校内の練習室にあったので詳しく調べる事が出来ました。そのアイディアは他にもいろいろと興味深いものがあり、ノウハウを生かしていつか楽器を作ってみようと思います。


エレクトリック・ヴィブラフォン小史 - その2 2007/7/6掲載

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「スイング・ジャーナル/1968年12月号」スイング・ジャーナル社

一部追筆。エレクトリック・ヴィブラフォンの事を僕が最初に目にしたのを1969年1月に発売された「スイング・ジャーナル」誌と書きましたが、正確には1968年12月号で、これは僕が初めて買ったジャズ本の記念すべき第1号。表紙はゲイリー・バートン氏。小学生の1ファンとして本屋で見つけて即購入したものでした。

既に68年にはエレクトリック・ヴィブラフォンの噂が日本へも聞こえていたという事になります。

世界の二大メーカーMusser社とDeagan社がエレクトリック・ヴィブラフォンを開発したのは60年代後半のように思いますが、プロトタイプの開発はそれ以前から行われていたようです。
Musserの開発していたエレクトリック・ヴィブラフォン(正確にはAmplified vibraphone)はグロッケンシュピールと似た3オクターブ(F3-F6)の小型のもので、高音側の客席側に操作パネルがあり、スタンドに据えられている特異な形をしていました。1本の太いスタンドの上にグロッケンシュピールが乗っているようなもので、鍵盤の直下(真ん中)にマグネット・スプリング式のピックアップを装着したもので、これはギターを電気増幅させるピックアップ・マイクと同じシステムでした。

とりわけ演奏者の中でエレクトリック・ヴィブラフォンの開発に熱心だったのがマイク・マイ二エリ氏で、既に1964年には最初のピックアップ・システム(Hot Dot)を発明していたというのだから凄いです。その理由の一つにはムッサーグリップ(インディペンデント・グリップ)の弱点である音量の無さを電気増幅によってフォローする目標があったと予測します。

唯一市販されたディーガン社のエレキ・ヴァイブ“エレクトラ”を除けば商品開発の段階で滞ってしまったのにはいくつかの理由もあったようです。

滞った理由の一つには鍵盤とピックアップを密着させた為に鍵盤の脱着が思うように出来ず(実は鍵盤を装着したまま楽器を運ぶのは容易ではない)、かと言って脱着を頻繁に繰り返すとシステムに障害が起こりやすい。(実際に“エレクトラ”を一人で運ぶのはとても無理でした)

もう一つは音質の悪さ。鍵盤に密着させる方式のピックアップは鍵盤にミュートが掛かってしまい、音色にかなり影響を与えてしまうので演奏者から敬遠された、という経緯。(よく聞くと初期のエレクトリック・ヴァイブは余韻にピン、ピンという妙な残響音がします)
音量を取るか、音質を取るか、の選択肢に迫られましたが、ステージのPAシステムが劇的に進化した為に音質を犠牲にしてまでエレクトリック・ヴァイブを選択する必要が無くなったわけです。

1970年代の半ばには、メーカーもその辺りの事情からエレクトリック・ヴァイブの開発からは撤退する傾向になり、ディーガンの“エレクトラ”が唯一の販売商品となりました。

ここまでがエレクトリック・ヴィブラフォンの第1世代と言えるでしょう。

しかし、エレクトリック化のメリットは音量の増幅だけではありませんでした。
中でもエレクトリック化に熱心だったマイク・マイ二エリは70年代後半になるとMIDI信号と同期したポリフォニック・シンセサイザーの原理をヴィブラフォン(正確にはマレット・キーボード)に齎したのです。

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マイニエリ氏が開発したポリフォニック・シンセ・ヴァイブ

この開発は劇的なものでした。まず、重量はタッチセンサー式の為、従来のような重い鍵盤を使う必要が無くなった点。さらに全音域を自由に広げる事が出来るので鍵盤をピアノと同じように均一のサイズとした点。さらにMIDI音源によって様々な音色がヴィブラフォン奏者の手中に納められた点。電気信号の取り込み方は人間の体内にある微弱電気をマレットを経由してタッチセンサー(鍵盤)に送るというもので、80年代にはエレクトリック・ヴァイブ用のマレットも発売されていました。購入したので知っていますがヘッドの部分がかなり空洞で毛糸に通電性の良い化学繊維を混ぜた面白いものでした。

これらは当時台頭してきたフュージョン・ミュージックと共にヴィブラフォンがアコースティックな表現から劇的な展開を持つ音楽への進出を可能にしました。

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ポリフォニック・シンセ・ヴァイブとフュージョン・ミュージックが合体した80年代フュージョンの代表作とされる「Love Play/Mike Mainieri」

さらに、一方では従来のアコースティックなサウンドをそのまま増幅させるピックアップ・システムを専門に開発するメーカー(全種類の楽器対象)も現われ、MIDIヴァイブか、はたまたネオ・アコースティック・ヴァイブ、さらに本来のアコースティック・ヴァイブと3つの流れが狭いヴィブラフォンの世界に渦巻き始めたのです。

1980年代前半の事。


エレクトリック・ヴィブラフォン小史 - その3 2007/7/13掲載

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“The eVibe”Vander Plus percussion

1970年代の終わりにマイク・マイニエリ氏が開発したポリフォニック・シンセ・ヴァイブはヴィブラフォン奏者に衝撃を与えました。80年代に入り世界的なFUSION MUSICの台頭もあってマイニエリ氏の使うポリフォニック・シンセ・ヴァイブは理想的な形に見えたのでした。

ただ、このシステムには一つだけ欠点があったのです。
それは音色の殆どはMIDI音源で決まる、つまり楽器としての形はシンセ・ヴィブラフォンないしはシンセ・マリンバの形をしていましたが、鍵盤は単に信号を受けるパッド・シンセに過ぎなかった点です。これによって同じMIDI音源を使うとキーボード奏者もエレクトリック・サックス奏者も同じ音になってしまうのです。少しでもシンセを弾いた事がある人ならわかると思いますが、この音源というのは便利なようで厄介な面があり、単一の音源を使うと扁平なサウンドしか出ません。そこで複数の音源(メーカー毎に特徴がある)を組み合わすのですが、組み合わせば組み合わすほど元の楽器が何だったかさっぱりわからなくなってしまうのです。

この点は僕も早期に気が付いて「ならば10本の指でシンセを弾けば済む事じゃないの?」という疑問が沸いてきたわけです。
それだけエフェクトの世界で確固たる楽器の存在感を出すのは並大抵の事ではないのですね。もちろんキーボードを弾かないという前提で使うのなら意味はありますが、この点でシンセ化方面の楽器としての進化は一応ピリオドが打たれました。
多少音は悪くてもDeagan社のエレキ・ヴァイブ“エレクトラ”の人気があるのも、このような理由からでしょう。やはり楽器には固有の音色が備わる事が多くの演奏者を魅了するのです。

そこで本来の楽器の音量増幅として注目されたのがアタッチメント式マイクロフォンです。
鍵盤に装着する方式のマイクロフォンはサックスやトランペットでもお馴染みですがそれをヴィブラフォンやマリンバに装着する方法が主流となりました。
もちろんマイニエリ氏自身もノーマルなヴィブラフォンに装着したアタッチメントの電気信号をMIDI信号に変換して生音+アンプリファイア音+MIDI音源という方向に変わって行きスタイルを確立したのは言うまでもありません。

この時期(80年代)は僕自身もエレクトリック化を考えた時期でもあり、アタッチメント方式も考えましたが、鍵盤にアタッチメントを装着させると音質の低下が避けられないのでPCMマイクロフォンによるボディー(共鳴管)密着システムを使っていました。

時代は進み90年代に突入。

この頃になるとどの演奏会場もPAシステムの性能が飛躍的に向上し、ヴィブラフォン奏者も昔ほどはマイクのセッティングで苦労する事も少なくなりました。
それでもあちこちに出掛ける度に音響スタッフの並々ならぬ苦労に支えられて、というのが正直なところです。

今は無き六本木ピットインではバスドラム用の背の低いマイクスタンドをヴィブラフォンの鍵盤の直下に3本置き、さらに鍵盤上方に左右2本というセッティングが確立されていました。野外フェスティバルのツアーが多かった日野皓正さんのバンドの時はマリンバの鍵盤直下の心棒に固定のミニ・マイクスタンドが5本装着されて何万人という観衆を相手に問題なくサウンドが響き渡りました。これらは全て音響スタッフが妙案を捻り出してくれたからです。

この時期にはアタッチメントの性能も向上したようで、旧式のバータイプの物から鍵盤個別に接着するドイツのメーカーK&Kのピックアップ・マイクロフォンが主流に。

21世紀に入り現在エレクトリック・ヴィブラフォンと言える商品はオランダのメーカーVander Plus percussion社がMusser社のM-55をベースとしてピックアップとコントローラーやミキサーを装着したeVibeだけかもしれない。

また、90年代初期には日本でもコルグ社を経由して売られていたパッド式MIDIマレット・シンセのMallet-KATがあった。

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“Mallet-KAT”Alternate Mode

(現在はコルグからの販売は終了している)

エレクトリック・ヴィブラフォンの歴史を駆け足で巡って来たが、そもそも ヴィブラフォンが誕生した瞬間はマリンバの変形のスチールフォン。鍵盤がスチールでダンパーペダルも無かったところから進化は始まっている。共鳴管の中にトレモロ(ヴィブラート)を発生するファンを仕込んだスタイルが原形だ。
1928年にDeagan社が鍵盤をアルミニウムに乗せ替え、翌29年にダンパーペダルを装着させた瞬間からVibraharpが誕生し、やがてヴィブラフォンの歴史が始まるのだけど、30年目の68年にエレクトリック・ヴァイブが誕生して以降、大きな変化は見られない。
シンセ化やパッド化は本流とは成り得なかったが、もしも鍵盤に21世紀らしい音色を奏でる新素材が開発されれば、この楽器は大きく発展するように思うのは僕だけではないでしょうね。


エレクトリック・ヴィブラフォン小史 - その4 【NEW】2019/1/28掲載

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パール社製“malletSTATION”試奏中 (ジャズライフ誌取材にて)

週末はジャズライフ誌の取材でパール楽器から発売されたばかりのマレット・キーボード“malletSTATION”を試奏して来ました。電子ビブラフォン 電子マリンバ と呼ばれるセンサー式コントローラーは音源が外部のモジュール頼りなので実際の演奏の現場では補助や効果でしか使われず30年も前に別のメーカーのマレットキーボードが日本でも輸入販売されたのですが音源にネックがあり数年で廃れた経緯があります。

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詳しくは来月号のジャズライフ誌(2019年2月13日発売号)を御覧ください。

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ジャズライフ誌(2019年2月13日発売号)

ヴィブラフォン奏者独自の演奏テクニックも反映されるようになっているし、腱鞘炎が気になるシリコン鍵盤もかなり薄くなって「叩く」面での手の負担も大きく改善されている等、30年という時間の経過は確実に反映されていました。
問題の音源も昔のようなモジュールではなくMacやiPhoneの音源アプリをMIDIで繋いで音を選ぶこと。本体+スマホ+MIDIインターフェースでセッティング完了というのは時代の恩恵。 ヴィブラフォンやマリンバ奏者の楽器運搬・分解組立という一生のノルマを場面によっては軽減できること。

使い方を今の時代らしく様々な環境と機器とを組み合わせるアイデアがあれば、爆発的に注目される対象になるでしょう。
いろんな音を出すだけで玩具で終わらすか? それとももっと生活に密着したユーザーを開拓して楽器への間口を広げるか?
使い方はユーザー次第、というビギナー・インストルメンツとしてヴィブラフォンやマリンバへの橋渡しとなり得る存在になるでしょう。

駆け足で巡って来ました,ヴィブラフォンのエレクトリック化の小史。一頃Mallet KATの再ブームも見られましたがメイン・インストルメンツとしての使われ方ではなく、あくまでもサブ・インストルメンツとしての役割に留まり、楽器としての立ち位置は未だに明確ではありません。

使い方としての一例ですが、2019年2月15日のブログに挙げた記事を紹介しておきます。

この特集をしてからでも12年という月日が流れました。
デジタルというものが世の中の電化製品を牛耳る時代です。

僕は決して保守的な人間ではなく新しく斬新なものを常に求めています。楽器に対してでも同じで、決してアコースティックが最高だなんて思った事がありません。
しかし、だからと言ってエレクトリックが最高とも思えません。
要は、どれだけ時代に対応して応用できるものであるか、が重要だと考えます。

近年、マレット・キーボードを仕事で使った例があります。ジャズライフでも軽く触れていますが、その事を少し書いておきます。

2017年に発売されて先日、星野源さんのANNや細野晴臣さんの番組で紹介され一気にブレイクしている静岡のバンド、ジプシーヴァブスのレコーディング時の事です。

アコースティック・ギター、マリンバ、アコースティック・ベース、サックス、パーカッションの五人に僕がヴィブラフォンで加わるという曲。このサイズがアルバム全編に渡って録音するのであれば最初からそれに対応したスタジオで録音しますが、他の曲は最大で五人まで、この1曲だけ六人となると、プロデューサーの立場としてもなんとか効率よく録音を進めたいと考えます。

また、そんなにレコーディング慣れしていない彼らにオーバーダビングをさせるのは仕上がりの点で難しいと判断し、レコーディング慣れしている自分がなんらかの差し替えで対処するのがbetter。

そこで彼らがライブの時などに予備的に使っていたmallet KATがあるのを思い出し、当日使うかもしれないので持参してもらった。

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mallet KAT Pro

スタジオの5つのブースに彼らが入り、僕はコンソール・ルームの片隅にマレット・キーボードをセット。これだとラインで繋がるのでこちらの部屋の中の会話や雑音は平気。ヘッドフォンでモニターしながら一緒に演奏する。

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なぜこうするのかというと、彼らが僕のソロパートでカンピングするのを記録しなければならない。かといって何も無い状態で伴奏を入れるのはプロの中のプロでも無理。もちろんソロを入れたあとでカンピングを差し替えるというやり方もあるが、それはスタジオ慣れしていないと無理な演奏技術。そこでマレット・キーボードでソロでのストーリーを演奏すれば、彼らもそれに着いてくるから後で差し替える時に、僕がそのストーリーをチェックしながらインプロすれば良い結果が記録される。

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つまり仮歌ならぬ仮ソロ、という時に、このマレット・キーボードは“使える”のです。

で、何十年振りかで演奏したマレット・キーボードの感触はというと・・・・
昔に比べればレイテンシー(遅れ)はかなり改善されていました。
マレット・プレーヤーは打楽器的な感覚が鋭いので僅かな遅れでもわかってしまうのです。

問題は鍵盤の代用となるパッドでした。
通常演奏で使うマレットで叩くと反応するエリアと反応しないエリアが混在していました。もちろんペダルは使えますが、マレット・ダンプニングはまだ信号を読み取れないセッティングでした。鳴ってしまうのですね、触れると。
それと打撃音はかなりもので、要するにマレットで思いっ切り机を引っ叩く程度の騒音が出る、という事です。

この部分は90年代とあまり進化を感じられませんでした。
音源がサンプリング音源なので、それも大きな進化は感じられなかった原因かもしれません。
ともあれ、ちゃんとしたスタジオで録ると、サンプル音源はサンプル音源でしか無いというのが感触。
今一つ、20世紀から21世紀へと進化した部分が僕には見つけられず、ちょっぴり期待していたのでさっさと生のヴィブラフォンに差し替えました。面白ければ、それはそれで残したわけですが。


■ピックアップ式エレクトリック化に関して
これは最近試していませんが、時々聞こえてくるそれらしき音を聞いて、相変わらずだな、と思うものがあります。中音域のもっとも豊かな帯域の音が「鼻づまり」のように聞こえる現象が相変わらず改善されていないのですね。楽器として一番魅力的な部分が思うように出せない、というバークリー時代に経験したピックアップ方式の弱点が改善されない限り僕は興味は湧きません。接着式というのが原因とわかっているはずでEQでペッチャンコにすれば気にはなりませんが・・・(笑)

■マレット・コントローラーの登場

今回試奏したマレット・コントローラー。まずコントローラーという名称に合点。楽器という発想よりもコントローラーという言わばスイッチである事を隠していないところがいい。
昔、ある日本の楽器メーカーにそれに近いアイデアを提案した事があった。そのころの楽器メーカーは言ってる意味がよく理解できなかったようなのだけど、鍵盤というものに固有の発声音が無いものは楽器ではなくスイッチになるので、ある互換性を持たせればそれ一台で様々な楽器への入り口になるはず、というもの。
今の時代になって理解されても遅いのだけど(笑)
鍵盤の素材として当時僕は誰も気付かない理想的なものを探り当てていたのだけど、そのメーカーには教えなかった。その後そのメーカーが試作した電子マレット楽器は相変わらず音源モジュールに頼ったもので、見た目はともかく、昔となんの進化もないシロモノだった。もちろん普及するはずがない。楽器に見せ掛けた楽器じゃないものは魅力がない。

このmalletSTATIONは、一見、先行するメーカーのマレット・キーボードと似ているように見えるだろう。
しかし、今回試奏している時に、様々な角度から質問したり試したりするのにかなり明確な答えが返ってきた点からも、その後の事をかなり研究しているのが感じられた。

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詳しい事はジャズライフ3月号にわかりやすくまとめていただいているのでそちらを見て欲しい。

一番スッキリしたのは、この本体の中には一切音源が入って無い事。
スタジオで録音として残せなかったのも、ライブのステージで使うほどの意欲が湧かないのも、内臓されている音があまりにもチープだから。
その点をこれは明確に線引きして、今日の生活の中で“使える”性能を取り込めるものにした点が優れている。

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パソコンやスマホで音源を探して気に入ったものを鳴らせる。Macとは相性が良いのでそのセッティングは簡単なようだった。Winやアンドロイドでは若干設定に手間がかかるらしいが、音楽志向者はMacが多いので心配ないだろう。
iPhoneで音源を鳴らせるというのは、これが今日らしい持ち運びに対応している事を示す。
本体(バッテリ使用可)とiPhone、iPhone増幅用の小型スピーカー、それにMIDIインターフェース、ペダル、マレットがあればストリートでもキャンプでも演奏可だ。

楽器ではないかもしれないが、その機動性の良さは家の中でも威力を発揮するはずで、ジャズ好きのママさんが子供と一緒にリビングで遊んだりする事も出来る。

また、打楽器奏者ではない鍵盤楽器奏者がステージのパフォーマンスとして披露する事や、高齢者の施設での活用、音楽教室での応用、と考えると、このコントローラーの用途は果てしなく広がる。

子供でも、ママでも、高齢者でも、ピアノを10本の指でスラスラと弾くのは難しいけれど、1本や2本、さらには4本くらいのマレットで大きな的(まと)を叩くのは簡単。さらにペダルがあるので踏めば音は伸びるから、木琴やマリンバのトレモロのような技術も要らない。

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何よりも、このコントローラーが今日の生活軸の中にあるスマホやパソコンと寄り添って成立している事による発想の転換が楽器人口拡大の大きなチャンスを作る。

楽器からちゃんとした音色を出す訓練こそ出来ないが、コントローラーである視点から見れば、楽器への入り口として立派に存在するものだ。

だって、ほら・・・・

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取材をしていたジャズライフのK氏でさえ、叩きたくて叩きたくて、取材が終わったら早速マレットを握りしめてコントローラーの前に立っているじゃないですか。

そういう心理を読み取って、マレット奏者がこのコントローラーで何が出来るのかを考えたとしたら、ただ自慢げに叩いているだけの使い方から、大きく発想が変わって、新しいムーブメントに発展して行く可能性があるでしょう。どうせ自慢げに叩くのならちゃんとした楽器をちゃんと演奏したほうがいい。これらのコントローラーの先にあるステータスの如きに。

ともあれ、アイデアひとつで何とでも活かせるのは電子楽器の利点。それを活用しない手は無いよ。
また、価格的な点でも魅力がある。
なんせ生活周辺機器との組み合わせを前提にすれば、これまでのマレット・キーボードの半値以下で購入できるのですから。

最初に述べたのを思い出して欲しい。

「一番スッキリしたのは、この本体の中には一切音源が入って無い事」

“使えない”音源にお金を払うという無駄を省いて、自分で鳴らしたい音源をダウンロードして更新して行ける。メーカーがプリセットした音をいつまでもユーザーが飽きずに使うなんて、他の電子鍵盤楽器の衰退を見ればわかりそうなもの。やっとそういう“楽器もどき”の呪縛から切り離されたスイッチとしてのマレット・キーボードが誕生した。