改めて今、音色の話し-2 2018/4/27掲載
発音帯がエレクトリックではない楽器は全て人間の意思とコントロールによって微妙な音色の変化が可能です。例えばエレクトリック・ピアノ。フェンダーローズ式のピアノの弦を音叉(おんさ)に見立ててハンマーでヒットした振動をピックアップで拾う方式だと、鍵盤のアクションに加えてハンマーのスピードの調整も出来るので演奏者の指先の微妙な強弱や、ハンマーへの力の伝わり方までコントロール可能。だから奏者の意図的な快感をも表現出来る。これは音叉に微電流を流し、その振動をマグネチック・ピックアップで電気信号に変換するという構造自体がかなりアナログな仕組みによるもので、アコースティック・ピアノの仕組みをそのまま応用しているから楽器としての人気が未だに高いのもわかる。この楽器は登場した時から100%フェンダーローズ・エレクトリックピアノという「音色」を持っている。他のメーカーではハープシコードのように微電流を流した弦を引っかく方式のものや、完全に電子鍵盤で電流のスイッチを鍵盤にしたようなものまであったが、結局、音色に飽きが来て、フェンダーローズ方式が長く生き残った。それもこれもこの楽器に「フェンダーローズ・エレクトリック・ピアノ」(のちにノーズ・ピアノ)という不動の音色が備わっていたから。
やがて発音体にサンプル音源を使うようになりカーツウェルやヤマハDX-7等、音源そのものに特徴のある音のメーカーのシンセサイザーへと時代は移行して行ったが、フェンダーローズ・エレクトリック・ピアノを超えた存在にはならないどころか、やがて音源だけが独立し、楽器という図体を捨ててその中身だけが「音源」と名乗る世界へ行ってしまった。その間、電子楽器の終焉へと猛スピードで進んでしまった。
理由はただ一つ、音から「色」を捨てたからだ。
さて、現在の生楽器の世界は昔と変わりなく健在で、初心者は「早くいい音」が出したくて、日々練習や努力をし、レッスンに通い、周りの同レベルの中で切磋琢磨する。楽器も昔とは比べ物にならないほど完成度の平均値が上がり、「当たり」「はずれ」の格差もかなり縮んでいると思う。昔の「はずれ」た楽器は酷くて、それが故に初心者は未熟な自分のせいだと奮起してあらゆる練習を試みた結果、楽器を新調したら、さっきまでのが嘘の様に上手くなった人がいるくらいだ。誰も、最初からその楽器「ハズレですよ」なんて言ってくれる人がいないから、驚異的なテクニックを備えた名人も登場していた。
名器と呼ばれる楽器は、そういう不思議な力が備わっているもので、楽器を鳴らす事の苦労に苦労を重ねた人間からすれば天国のような演奏環境を約束してくれるもの。その楽器に出会えるまでの年数が短い人もいれば、長い人もいる。でもそれは恨みっこなしだ。続けていれば皆にチャンスは回って来るものだから。
しかし、大半の「いい楽器」は演奏者自身が楽器を開拓して行く事で「いい楽器」「名器」に育って行くというのも忘れてはいけない。
金属の厚みのある鍵盤のヴィブラフォンだと新品の状態ではまず「無難」な音から始まる。この段階で「無難」ではないキャラクターの楽器は選択から外れる。それからどの程度で・・・・とよく聞かれるのだけど、おおよそ二年は掛かると思っていい。しかもそれは連日演奏される時間がある場合なので演奏時間が少なければそれなりの時間が掛かる、と言わざるを得ない。
木片の厚みのある鍵盤のマリンバだともっと掛かると製造メーカーの社長から聞いた事がある。なので製造している最中に「この先鳴りそう」な鍵盤と「この辺りまで」と言う鍵盤は想像が付くのだそうだ。なのでマリンバの鍵盤にはグレードというものが存在している。ただし、それを活かすも殺すも演奏者次第ではあるが・・・
いづれにしても「最初から鳴る」と感じる楽器はそこがピークの場合があるので、「鳴る」という基準で楽器を評価せず、ボリュームではない部分で選択すると自分に良い結果が得られる。
その時点でのキーワードもただ一つ、「色」があるかどうか、だ。
「色」には何があるのだろう?
人間の意識と同じで、鋭敏な色、優美な色、力強い色、優しい色、明るい色、暗い色・・・・
ボリュームとは別の音色がその楽器から出るか、出ないか。
あるいはそれらが出そうな気配があるか、ないか。
そんな事を思って自分の楽器を調達する。
こればかりは「出会い」と「運」だ。
決して安くはない買い物で「運」だなんて言うと、今の世相なら「訴え」られるか?
なんとつまらない考え方だろう。
さっき言ったばかりじゃないか。
もしも「運」を逃したと思ったなら、それを逆転するほどの工夫と努力で超人的なテクニックを身につけるチェンスを得たと思え。
「運」を得た、と安心、満足した人はそんな努力も工夫も知らずに「音」を出して過ごす。
さぁ、実践の場に出た時に、あなたが手にした新しい楽器で、果たしてあなたが出来る事の何分の一の「音色」をその人達は出せるだろうか?
チャンスとは、そういう時に訪れるもの。
叩けば誰でも12音階の音程が出る楽器。ピアノ、オルガン、鉄琴、木琴。
この四つを大きく分けると次の二組に分かれる。
ピアノとオルガンは自分の指先から先は機械的な仕組みによって発音体に自分の力を伝達させる。
鉄琴と木琴は手に持った撥(マレット)を直接発音体に触れて音を出す。
時にピアニストが弦に触れて弾いたりミュートしたりする場合もあるが、まぁ、特殊奏法になる。
と、なると、数ある鍵盤楽器の中で直接発音体に触れるのは実は鉄琴と木琴しかないのだ。
もちろん、鍵盤ハーモニカやアコーディオンも直接的には見えるけど、これらは息・空気を吹き込むという大きなクッションを経ているので直接発音体を触っているわけではない。
この直接発音体を自分に持つというのは、管楽器と共通している。
なので、管楽器が奏法として使っているものは演奏の「音色」の大きなヒントとなる。
さて、ここに AbMaj7 というコードネームがあり、それを弾きなさい、となった時。
僕はその用途によってヴィブラフォンでは二種、マリンバでは四種の鍵盤の弾き方、叩く位置をコントロールします。
それによって聞こえて来る「音色」は全然別もので、これはピアニストがどう転んでも真似出来ないマレット楽器独特の表現方法なのです。
それを知って演奏する、知らずに演奏する、では音楽そのものの表現が違ってきます。
まずヴィブラフォン。
超簡単です。
マレットを持って、ペダルを踏んで AbMaj7 を叩くだけ!
でも、よく見てください。
■Vibraphone-1
■Vibraphone-2
左右に持ったマレットの叩く鍵盤の組み合わせが違います。
さらによく見ると、それぞれの鍵盤の叩く位置も違います。
まず、Vibraphone-1 はコードを弾く時の標準的なポジション。
ヴィブラフォンを習う人で最初コードが覚えられない、、、と悩んでいる人の大半は次のVibraphone-2の組み合わせでこのコードを弾こうとします。それでは頭の中にコードの構成音が低音側からroot, 3rd, 5th, 7th, となっている理論的な音と演奏の連動が生まれません。それを直すとこのようなクローズド(密集)・ヴォイシングからオープン(開離)・ヴォイシングや転回形への布石が一気に頭の中に出来上がるのです。
また、叩く位置は伴奏に大音量は必要ないのでサブ的な音量の出る位置で、さらに素早くコードの切替えに対応しやすい位置ということでこのポジションが選択されます。
Vibraphone-2 は(個人的にですが) トレモロを使ってバックグラウンドにストリングス・セクションのような意図的に強弱の利くサスティーンを得たい時に使います。Vibraphone-1ではロールした時のハーモニー感が三度で細切れになるのとロールし辛いのがあります。また、時には片手ロールも組み合わせたりする都合上この位置がバランス的によいのです。
マリンバについては次の様に使い分けています。
■Marimba-3
■Marimba-4
マリンバは構造上で派生音側の鍵盤が基音側の鍵盤の上に覆い被さっている箇所があります。
意外な事にマリンバの人はあまり気にしていないのですが、この配置によって飛び出した鍵盤の部分と対になる基音側の鍵盤の部分が音によって揃わないので、コードやハーモニーのようにサウンドを音のブロックとして演奏する時は派生音側の飛び出した部分が使えないのです(音色に差がありすぎる)。
そこでコードを弾くときはサスペンションコードを軸とした対象となる位置にします。
その時に1音(和音)として弾く時は Marimba-3 、トレモロとして弾く時は Marimba-4 の組み合わせにします。
マリンバは三度の響きが楽器との相性が良いので、トレモロの時はMarimba-4 のように三度が交互に聞こえるように叩くと和音の輪郭がゆったりと聞こえ、Marimba-3のように叩くと五度のブロックが交互に聞こえてハーモニーとしてまとまらない弱点があるのです。
ペダルで音が伸びるヴィブラフォンでは何の問題も無いことが、マリンバでは思わぬエラーを引き起こすわけ。
こんな事で演奏が上手くなるのなら、叩く事ばかりに囚われないで工夫というものをもっと考えてみるといいでしょう。もっとたくさん工夫できるところがあるのです。
残念ながら僕の周りでは、そこまでコントロールしているマリンビストにまだお目にかかった事がないのです。。。
逆にヴァイビストでマリンバを通って来た世界中のプレーヤーがマリンバを弾くと、それが聞こえて来たりするので、まだまだマリンバは開拓の余地があるんだなぁ、と思うのですね。せっかく鍵盤楽器の中で唯一発音体に触れながら演奏出来る楽器同士なのだから、一緒に音楽表現を広げて行こうではありませんか。
たった一つのコードサウンドを出すだけでも、最低限はこのくらいの知識が無ければコードミュージックの中でのマリンバを自由に乗りこなす事は出来ないのを知っているプレーヤーは少ない。楽器に対して直観的すぎる傾向があるのがマリンバを狭い世界に閉じ込めている要因かもしれない。
しかもその知識と、コード理論を併用する時に、平時の当たり前とされている「叩き方」を根底から覆さなければならないという厄介な面があるので、この世界でマリンバが育ちにくいという事にも繋がっている。
奏者の間でそんなだから、ましてやリスナーにとってはわかりにくい違いがこの両者間にある事など、殆ど認知されていない。
僕も三十年以上待ち続けて、やっとその両方を行き来出来る存在が登場する予感を持ちつつアシストしている最中だ。
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