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【演奏講座】今さら聞けないコードの秘密/ブルースが苦手な人、集まれ!

なんかね、ブルースって苦手なんだよね。なるべく避けて通って来たけど、やっぱりその部分の空白は悔しいよね、なんだろ。
そもそも、何でブルースが苦手なのかは、セオリー的に自分で整理が必要だという事に気付くところから理由が見えて来た。
こんな言葉を耳にした事はないだろうか。
「ブルースは特殊だから、通常のコード・セオリーのスケールとかアヴォイドとか気にしないでやればいいよ」
真剣に悩む、あるいは苦手で手が出せないでいる“若者”にとって、こんな無責任な言葉はない。その「変な音」、それ、いいのか? 悪いのか? を訓練している身になれば、こっちではダメと言われ、あっちでは気にしなくてもいいと言われ、頭が混乱するばかり。もちろんそれは、後になってその言葉の意味がわかればいいのだけど、大半はその意味が分かる前に逃げ出して行くんだよ。そうなる前に、ちょっぴり違うやり方で整理してみてはどうだろう。

ブルースが苦手な人、集まれ! 2018/11/2掲載

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赤松敏弘(vib)SPB withハクエイ・キム(p)須川崇志(b)小山太郎(ds)@東京・調布グリーンホール

ジャズがブルースを軸として出来上がっている、というのは最早昔のこと。もう、そう言ってもいいでしょう。
世界中に広まった(拡散した)ジャズという音楽は、各国の民族的な音楽センスと結びつき独自の音体系を作り上げた。
今に始まった事ではなく、少なくとも1960年代にはそれが各国で「誕生」していた。最も早く世界に知れ渡ったのはブラジルで生まれたボサノヴァだった。ブラジルの場合はブルースの代わりに、ブルースの特色あるサウンドを“テンションの響き”に置き換えてメロディーとコードのサウンドに取り入れた。特にマイナーセブンスコードの響きにその影響が色濃く反映されている。ブルースは苦手なのにボサノヴァは大好き、なんて僕のような天の邪鬼がいるのも、実はそれが理由だ。創成期のボサノヴアでは、ブルーノートは“カッコいい音”として取り込まれ処理されている。

60年代の若い世代からはロックという音楽としてブルースのサウンドをエレクトリック・サウンドの中でエフェクションと同等の効果として用いて世界中から支持を集めた。ここでは“刺激の強い音”としてブルースの影響が残っている。簡単なリフに一個ブルーノートを混ぜて「っお!」と若者の心を鷲掴みにしたミリオンセラーを見ればわかる。誰でも簡単にブルーノートに触れられる点ではジャズよりも遥かに身近にある。ただし、それはリフという短いメロディーラインの話であってコードとして認識されているわけではない。

このように、アメリカでジャズの軸とされるブルースは、全世界のジャズの根底とはなり得なかったが、代わりに世界各国の独自の「暗い」、あるいは「恐ろしい」、「刺激的」な響きをブレンドすることによってその空洞を埋めながら独自の進化を遂げた。

それらの音に込められているものは何か? 最近わかって来たのだけど、今の時代だとブルース本来のものをどの国で暮らしていても感じられる瞬間がある。現代人なら誰でも。それはこの情報過多で行く先に誰もが不安を持つ時代に感じる“ストレス”。

何と失礼な奴! ブルースが現代のストレスだとはけしからん!
そう思われても仕方が無いが、正直な所ブルースを演奏して“幸福な瞬間”を味わったことがないのでずーっとブルースって苦手だった。根底にはそれを演奏して“幸福な瞬間”を味わっている姿が羨ましくて仕方が無い、という負い目があった。
音を出すという瞬間(環境)に、自分にはブルースと呼べるものが存在しない事を最初から知りつつ「12小節のブルース」なんて出来っこ無い。どうやったって“わざとらしさ”から逃れられない。ブルーノートやブルーノート・スケールでお茶を濁す事なんてのはもっと無理。そういうのを一番軽蔑している自分が許すはずがないもの。

で、世界各国に散ったジャズに耳を傾けていて、自分が共感する音楽の中にブルースと似た種の「響き」が無いかと言ったらそうでもない事に気が付いた。ECMと呼ばれる音楽が流行り始めた時に。そこで聞こえるブルースに似た響きって?

世界各国の中でうごめく“ストレス”が実はアメリカの“ブルース”を一番身近に感じる感覚と言ったらいいだろう。まだそれがよくわからない頃は「君たちの音楽にはソウルがないね」なんて言われた記憶があるが、そもそもその“ソウル”とは何だろう?
それこそが、先に書いた世界各国の独自の「暗い」、あるいは「恐ろしい」、「刺激的」な響きをブレンドすることによってそのブルースが不在となる空洞を埋めながら進化している状態だ。勇気を持って言えば「変な音」!(笑)
そう思うと、僕は胸のつかえがスーっとなくなった。
無理矢理ブルーノートを弾くのをやめて、自分の中にある“ストレス”をその代用として曲や演奏の中に取り込むコツを覚えた。

ブルースの曲は通常このようなコード進行で表記される。

Fのもっともシンプルなブルースのコード進行だと、

||F |Bb|F |F |Bb|Bb|F |F |C7|Bb|F |C7||

ところが、こう書かれると・・・

||F7|Bb7|F7|F7|Bb7|Bb7|F7|F7|C7|Bb7|F7|C7||

頭の中でキー(調)のコンパスがグラグラと揺らぎ始める。
Fという事は調号はフラットが一つ、という軸の上で音に反応しようとする。
固定ド、絶対音感野郎はこの段階で混乱が始まるわけだ。

Fというキーに存在しないコードトーンを拾ってみると、

F7 → Eb
Bb7 → Ab

するとこの二つの音がブルースを演奏する時の「暗い」、あるいは「恐ろしい」、「刺激的」な音。
音階に取り込むと、

F G (G#) A Bb C D (D#) E

カッコ( )の部分がブルース特有の音になる。
これをテンションに置き換えると

G#→#9th
D#→#13th

固定ド、絶対音感野郎はこの置き換えだと手掛かりを掴んだ気になれるのだ。

ところが、多くのセオリー本ではこれらの音を以下のように表記している。

G#→ Ab として b3rd
D# → Eb として b7th

さぁ、困りました。
b3rdはマイナー・コードの第三音のことだと頭の中にインプットされているし、b7thに至ってはドミナントコードの第七音という風にインプットされている。

この変換が既に固定ド・絶対音感野郎には向かない。

ところが、ジャズの習慣の一つにシャープを使わずにフラットを偏重する傾向というのがあり、このグレーゾーンを作り上げてしまった。
そんな事は誰も説明してくれない(少なくとも初心者には)ので、まず、ここから整理のやり直しを勧める。

これを固定ド・絶対音感野郎が移動ド・絶対音感 + 相対音感野郎にシフトする切っ掛けとなった例で説明すると面白いかもしれない。

基準にフラット系のキーを置くから音の変異の説明が複雑になる。
元がシャープ系のキーで説明すれば音の変異を視覚的に理解しやすくなる。

ずーっと疑問を抱えたままブルースで悩んでいた頃に、ふとシャープ二つのDのキーで“不審”に思っていた ディグリーのI7やIV7というディグリー・コード表記の事を考えていたら・・・

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ブルーノートと言われる三つの変異音程をシャープで記すと

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Dのキーのブルースを演奏する時に、これらの音程を自覚しながら演奏するとその特殊な変異音程が少しずつヒントに変わって来る。
そもそも、自分が一番疑問に思った、ブルースのトニックって本当にメイジャー・セブンスの音は無いのか? という素朴なことの霞が少しずつ晴れて行くのです。




ブルースが苦手な人、集まれ!-その2 2018/11/9掲載

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JAZZ from THE CITY 2018

インプロ(アドリブ)のミストーンとデタラメの違いは聞けば一瞬でわかってしまう。これは恐ろしいほどに予備知識のない人にもわかる。明らかに本来そこにあるべきではない音が聞こえるのがミストーン。出会い頭の衝突のようなもので、本来なら「正しいかろう」音を経由して次の音に進んでいるべきもの。演奏者は穴があったら入りたいくらいミストーンは心臓に悪い。時間を逆回し出来るなら直前に巻き戻しそこからやり直したいくらいに消沈する。でもよっぽど「心の曲がった」リスナーでない限り演奏者ほど心臓に悪い音にはならないようだ。僕が昔、マイルス・デイビスのアルバム『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』の“My Funny Valentine”でトランペット(フリューゲルだったかな)の音が引っくり返るミストーンを、聞いていて恥ずかしくてそこになると音量をグッと絞って周りに漏れ聴こえないように必死だった・・・余程のへそ曲がりだったのだろう・・・。スタン・ゲッツのリードミスも同様。人ごとではないくらいそれらのミストーンにヒヤヒヤしたのだけど・・・(笑)、今はもうそんなことはないけどね。それらは、恥ずかしさ(自分のことではなくても)はあるものの、嫌悪感はない。そう、これらは「恥ずかい」音。

ところが、デタラメを聞かされ続けると、もう生理的に受け付けなくなり早くその場から立ち去るか、客を馬鹿にするなと罵声を浴びせたくなる。予備知識がない人は何がデタラメであるのかを表現する言葉を知らないだけで、体感的に僕と同じ状態に陥るようだ。「何か変じゃなかったですか?」。聞き終えてそう僕に告げる人もいる。「うん。まぁ、それが気になるのなら、あなたの耳は正常ということだよ」と。
デタラメと言っても、夢中になるあまりに迷路に迷い込んでしまうようなソロもある。でも、それにはちゃんとストーリーがあるから一度立ち直れば後は大丈夫なんだ。問題は、何度も聞こえる変な音。明らかに本人がわかっていない、悲劇的な結末だ。デタラメはデタラメにしかあらず。

「ブルースの時はね、トニックも七度がこうやってフラットするんだ。ほら、ブルージーだろ? そこにね、三度もフラットして、ほら、ブルージーだろ?」・・・・

実は僕の中では、その音達も「恥ずかしい」音の仲間。
でもデタラメな音とは違い、これらは恥ずかしさが熟すのを待つだけの時間があればきっと解決してくれると思う。
熟すとは、ミストーンを減らす鍛錬と、音の使い方を自分でコントロールし「耐えられる」演奏にすること。

そもそも,ブルースの何が苦手なんだろう?

ブルースが苦手になる理由の一つに、「音感的」な反応でコード・インプロヴィゼーションに手を染めているのか、「コードの形」に反応したくてコード・インプロヴィゼーションに手を染めているのか、という「目的の違い」がある。その違いは実に面白いほど異なる。

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「音感的」な反応の軸には、絶対音感又はそれに近い「実音反応」の世界から全てが始まっている。なのでコードネームに慣れて来てもしらずの内に“do(ド)”の位置を探っている。絶対音感であるのに、曲が始まると自分の中のどこかに相対音感的な「落とし所」がうっすらと感じられながら演奏している。
「コードの形」に反応する軸には、視覚的に見たコードネームの形(それが基本型ばかりとは限らない)を見た通りに連鎖しながら演奏しているので、あまり曲の“do(ド)”の事などは気にしていないようだ。パッと見た通りにコードの連結で演奏できてしまうのだけど、ドミナントコードには多少慎重(表記にb9 とかb13 とか出て来るから/笑)ながら、それ以外のコードスケールに関しては殆ど一緒の形、というかかなり無頓着に演奏している。

先週挙げた「ブルースは特殊だから、通常のコード・セオリーのスケールとかアヴォイドとか気にしないでやればいいよ」という発言は、後者の意見として述べられるケースが多い。コードを見てパッと弾けるから切替えも早いのだ。でも、残念ながら前者の初心者にはその説明は通用しない。なぜならば、何が、どうして、変異するのか? という音感に納得をさせる理由が見つけられないから。
「理由なんかいいの、これがブルースなの!」
面倒くさい子にされてしまうのがオチだ。

先週出したDのメイジャー・スケールにブルーノートを加えた譜例で勘付いた人は鋭い。
僕もそれに気が付いた時は、椅子から5cmは浮いてこれまでなぜブルースで混乱していたのかという霞が晴れた!(浮いたのは嘘ですけど)

そう言えば、ブルーノートの説明とかを見て、実感が湧かなかった大きな理由に、ロック系のギターリスト達がブルーノートを弾く時のアプローチがあった。どの説明も、半音下がる、というのをブルーノートの説明に用いているのだけど、僕が知る限り、ギターリスト達はその音を出す時にチョーキングと言って指板(フレット)の上の指で弦を押し上げて音程に変異を齎すのだ。張力によって音程が定まっている弦を押し上げるというのは、張力を増して音程を上げることを意味する。

「なんだ、シャープしてブルーノートは出来てるんじゃないか!」

いつの頃からか音程に関して、例えばチューニングに関しても不思議とジャズの世界ではフラットする事にやや偏重が見られる。
クラシック出身や鍵盤楽器の奏者はシャープに合わせる耳を持っている。対してジャズの弦楽器や管楽器はフラット気味なチューニングをよしとしている。
僕も最初の頃は「それ、低いままだゾ! 大丈夫か?」と心配したのだけど、演奏するうちに徐々にポイントに近づいて来る意味がわかってからは気にしないことにしている。即興演奏であるので、その日の状態を調整しながら「当てて」行くのがジャズ流だと知る。なーる!

さて、それ以外のところでも音程に対する感覚の違いが、時として「不協和音」を生むことがある。

理由はともかく、音程表現の基準を「シャープ」するのか「フラット」するのかで、僕は誤解も生んでいるように思う。

ブルーノートが「恥ずかしい」音、つまり「恥ずかしい」音程と感じる自分の感覚はそんなに狂ってはいないはず。
その「恥ずかしい」音がたくさん聴こえて来るものを演奏するのだから、なかなか身が入らなかった。

これを「かっこいい」音と感じる人には、この苦労はわからないと思う。いや、そんな事わからなくていいんだけど、「もう一つの道筋」がある事は理解しておいてほしい。

さて、その「もう一つの道筋」でブルーノートに向かってみよう。

僕がブルーノートやブルースに心を許せたキー、Dメイジャーでそれを説明。

先週のおさらい。

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まず、説明されるキーがCだったりFだったりBbだったりすると、最初から固定ド、絶対音感にすんなりとブルーノートが入りにくい。そしてディグリーコードでブルースを解析する時に、V7以外に7thを付けない方がいい。
この二つが「恥ずかしい」音以前の「変な音」からブルーノートをうまく隔離する方法だと思う。

そこでDメイジャーというキーを選んだのは、ブルースで一番「変な」音になっているキーの第三音と第七音にフラットの臨時記号を用いないで説明できるからだ。(固定ド的な感覚からブルーノートの表記にチュラル、またはシャープを使うようにする)

多くの説明でブルースを演奏するときは、第三音と第七音を“フラット”すればいいんだよ、と言われたことはありませんか?

僕は頭が堅かったのかもしれないけれど、
第三音がフラットしたら短調になるじゃないか・・・
第七音がフラットしたら導音が無くなるじゃないか・・・
と、余計な心配に陥って、その説明を疑問視するしかなかった(笑)

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でも、その音を「かっこいい」音と思わない限り、抵抗があるのは理解できるでしょう。
また、音感が整いつつある時期に、ジャズのセオリーを頭に入れて、それまでの「フリー」な感覚のインプロするという行為を、調性や、法則に照らし合わせて道筋を固めつつある身に、この「違和感」はどうしようもなく気持ち悪いもの。
音感を演奏するために固定ド・絶対音感から移動ド・相対音感へと徐々にシフトしている最中には、全てがひっくり返ってしまうくらいな異常事態。

さぁ、困った!

世の中にはタブーがあるけれど、敢えてそのタブーに触れてみると、一方向でしか見れなかったものを違う方向から消化吸収できることがある。
世界中に広まって、本国以外の表現とも結びついて尚、進化しているジャズも本国以外のものはタブーなのかもしれないけれど、これだけ面白味のある音楽へとは成長できなかったはず。
なのでタブーに触れて、「違和感」を取り払うことにした。

元々ある第三音が消えてしまうわけではない。

最初の着眼はここにあった。

この第三音がフラットした音というのは、長三度が短三度に変化したのではなく、長三度も短三度も両方とも存在するわけだ。
つまり、これはテンションという風に置き換えると決してフラットの音程では表せない。つまりシャープしたと解釈すれば両立が計れる。

ならば、ブルーノートと言われる音程を全てシャープした音程として表したら解釈できるのではないか? と。

そこで・・・・

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#13thだって? ついにコイツ、頭がおかしくなったんじゃない?

そう思われても仕方がないけれど、これで全てが丸く収まる。

トニックにはやはり導音(この場合は上行導音)の存在が無視できないし、実際に演奏される長七度も聴こえて来る。

まず最初にやったのは、音程感覚の調整だった。
ブルースのコード進行を使って、順序通りに半音と全音を並べてコードとの響きに耳を慣らして行く。

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少しずつではあるけれど、これがブルーノートというものを初めて自分で受け入れた時の、耳と感覚の調整だった。訓練と呼ぶべきか? かなりのヨチヨチ歩きではあるけれど・・・わけもわからずにモノマネ的にブルーノートを弾くのだけは死んでも嫌だった(笑)。




ブルースが苦手な人、集まれ!-その3 2018/11/16掲載

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ジャズもすでに古典、近代、現代と呼び名が変わるように演奏スタイルに時代の変遷が見られる音楽になって久しい。
そんな音楽のどこから聴き始めているかわからない相手に、「じゃ、ブルースやってみようか?」はかなり無謀な発言に感じる時代。
コンテンポラリー・ジャズから聴き始めた人、スイングジャズから聴き始めた人、モダンジャズから聴き始めた人。さて、この三者に共通する「曲」があるとしたら、、、、、コチラが教えて欲しいくらい無い。
なので、ある意味で「真っ白」の状態で三者どころか全対象者に向けて「これをやってみよう」と呼び掛ける場合であれば、ブルースという別物の存在をゼロから始めるのは悪くない。ここが肝心で、皆がゼロにリセットして始めるのがいい。少しでも既存の知識があると、多分邪魔をする。

先週出した「ブルースの時はね、トニックも七度がこうやってフラットするんだ。ほら、ブルージーだろ? そこにね、三度もフラットして、ほら、ブルージーだろ?」・・・・などはその典型で、教える側の一種のエゴが入った先入観を植え付ける事になる場合もある。

ジャズのセオリーではコードトーンの隙間にある音をテンションとしてオクターブ上の倍音に置き換えて説明する。これも最初はなんでわざわざ・・・と思うこともあるのだが、この名称の区分けは演奏能力の向上と共に自動的に頭の中で置き換えが進むようになる。

先週、そのシステムに基付いてブルーノートのテンション化に付いて一つの提案を出した。

ブルーノートを #9th #11th #13th とする話し。

#13thはこれまであり得ない呼び名ではあるけれど、そもそも調の機能の中での導音が完全に消えているわけでは無いところから調の第七音が長七度で存在しなければならないかどうかを検証してみる必要がある。もしも第七音が長七度の音程である必要がなければ、さっさと#13thなどという不思議な呼び名は取り下げよう。でも、元々ある調号を考えると、この#13thという呼び名はなかなかどうして、まんざらでもない。

そもそも何でこんな事を言い出しているのかと言えば、ジャズという音楽が好きになる「理由」にあると思う。
大別すれば、ジャズのアドリブの何が好きか? という質問に二つの答えが返って来る。
ひとつは「ソロ」、という答え。もちろんインプロ(アドリブ)のこと。

でももう少し突き詰めると、それがメロディーラインに含まれるフレーズやリックと答える人と、曲も含めたサウンドに含まれるハーモニーとメロディーの対比と答える人にわかれる。
前者の人はシングルメロディーの楽器、つまりトランペットやサックス、フルート等の管楽器を好み、後者の人はピアノ等の鍵盤楽器やギターなどの和音の出る弦楽器を好む。

すると、ジャズの入口を入って間もない頃は感覚的にこの前者、後者には大きな違いがあるはず。
ところが、ジャズの教本に触れて最初に思ったのは、「この説明は管楽器奏者向けなのか? 鍵盤楽器奏者向けなのか?」だった。
戸惑いながらも教本を開き、読み進むとコードやコードスケールの成り立ちまでは抵抗が無いのだけど、その先のハーモニーに入る所でビックバンドのセクション的なハーモニーの話しになる。ところが、(もちろんsoli等はあるものの)メロディーの無いコード進行だけのヴォイシングを学んだところで、これが自分の即興演奏したい事のどの部分に繋がるのかがなかなか見出せず、徐々に疎遠となってしまう。
かと言って、最初からコードの勉強もせずにフレーズの作り方に終始するスタイルのレッスンになると、けっこうコードを無視して強引なメロディー造りに慣れてしまい、曲を書かせられると赤点ばかりになったり(笑)

教本はどんどんテンションの話しとなって、複雑なサウンドをよしとする方向へと進む中で、アンサンブルやセッションではブルースが登場して、これまたコード・スタディーで叩き込まれたアヴォイドノートやノンコードトーンまみれになって混乱。。。

この時に、指向が「メロディー」派なのか、「ハーモニー」派なのかで少し説明をわけたほうがよいと思うのですね。

ヴィブラフォンという楽器はメロディー派にもハーモニー派にもなれる特殊な楽器なので、まず自分の立ち位置を決める。
僕は元々この楽器を4本のマレットを使ってノンビブラートで響かせるのが好きで手を付けたので「ハーモニー」派だった。
なのでブルーノートという特殊な音階の音楽を自分でどのように納得させようかと悩んだ。

そこで出した結論は、「ブルーノートをコードとして覚える」だった。


初心者の段階でブルースのフレーズが自然に浮かんで来る日本人はそんなにいないと思う。
たまたまリズム&ブルースやロックで聞き覚えが無い限り、最初からスラスラと演奏できるケースは稀。
それだけ日本で生まれ育った環境の中でブルースという音楽との出会いは限られている。

ブルーノートというのを聞いて、僕などはどこか恥ずかしいような、くすぐったいような、モゾモゾするような感覚が湧いてしまう人間を、そこに座らせて納得させるのはなかなか難しいかもしれない。
そこで僕は「コードとして」ブルーノートを覚えようと考えた。

まずは、弾いて覚えるのではなく、書いて感じる方法を探った。

そこで出て来たのが、ブルーノートのテンションへの置き換え。

#9th #11th #13th。

ブルーノートを半音下がった音として理解しようとしても固定ド絶対音感人間には無茶な話し。
そこで移動ド相対音感的に、そもそもブルースを習得する時のキーをシャープふたつのDメイジャーに据えた。
理由は単純で、元々シャープしている音(キーのスケール上の音)と、ブルーノートとして半音上がった音(#9th,#11th,#13th)とを視覚的に見分ける訓練に入った。

そしてとにかくプルーノートというものを弾いて覚えるのをやめて、書いて感じてみようとした。

最初は次のように従来の書き方でブルーノートを書いてみた。

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ナチュラルは元に戻すという意味だけどそれは絶対音感と固定ドの印象を残すのであまりブルーノートの仕組みを理解するには向かない。
どうしたって、この場合“C#”の音にナチュラルを付けるとフラットして(半音下がって)“C”の音になったという意識になる。それを音程として捉えるとb7thだ。
しかし調号との不一致はトニックの場所では疑問符を生む。

そこで、#13thという意識に変えると・・・

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他のブルーノートのテンション表記と、視覚的にも一致する。

ほんの少しだけどブルーノートというものをどのような位置に納めれば自分で撮り込めるのかのヒントにはなった。

そこで、自分でブルースっぽいメロディーを作ってそれをこの方式に置き換えてみた。

まず、ブルースっぽいシングルメロディーを従来の書き方(いわゆる固定ド的な臨時記号の付け方)で作ってみた。

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さあ、こう書くと二小節目のGとかG7って書きたくなるよね。同じく4小節目のDもD7って書きたくなるよね。
どうやらこれが最初の混乱の原因だったようだ。

改めてブルーノートをテンションとして書き換えると・・・・

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ほらね。




ブルースが苦手な人、集まれ!-その4 2018/11/23掲載

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横濱ジャズプロムナード2018@横浜赤レンガホール

この金曜ブログのジャズセオリーは、過去にかなりボリュームのある解説を載せています。おおよそのジャズの演奏で必要とされる知識の輪郭は過去にさかのぼって読めばいくらでも情報はキャッチできるはずです。しかし、なぜ、この段階で「ブルース」を取り上げているのか不思議に思っている人もいるでしょう。

ブルースなんてジャズの基本の基じゃん!

そう言い切れる人はいいのです。スルーしてもらって。
ここを読んでいる方がヴィブラフォンやマリンバをやっている人、或は鍵盤楽器でジャズに興味を持っている人が多いのはブログのコメントやメールで質問される内容から想像する通り。もちろん管楽器の人も、演奏はしないけどその仕組みに興味がある人も。

しかし、「ブルースなんてジャズの基本の基」と言う体験を経ている人と、まったくその辺りは通らずに入って来た人とに大別すると、僕も含めて、ジャズではマイノリティーかもしれないけど、ここでは後者が多いのです。これはヴィブラフォンやマリンバという楽器の置かれた環境というものと直結しています。

楽器を手にする段階で「ジャズ」という音楽との距離が遠い楽器、近い楽器、の差があります。
コードネームが身近にある楽器、ギター、オルガン、と言った楽器はとても近い位置に「ジャズ」という音楽が演奏する“素材”としてあります。中高の吹奏楽部から大学で、あるいは社会人でジャズ研やビックバンドに入団する事で「ジャズ」が演奏する“素材”として身近にある管楽器や弦楽器、打楽器(主にドラム)も「ブルースなんてジャズの基本の基」という体験を経てこの世界に入っているケースが多いでしょう。

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ところが、ヴィブラフォンとなると(もちろんマリンバも)、まず中高での個人で楽器を所有する環境に他の楽器との差が生じます。同じ鍵盤楽器でもピアノよりも特殊な環境です。例えば「家にピアノやオルガン、DTMの打ち込み用のキーボードがある人?」と問うとかなりの人が「イエス」と返事をするでしょうが、「家にヴィブラフォンがある人?」と問うと、たぶんしーんと静まり返る事でしょう。まだマリンバの方がましですが、それとて、特殊な事情(子供の頃から木琴教室に通っている等)の環境に限定されるので決してメジャーな存在ではありません。

僕のように中学からヴィブラフォンでジャズをやろう、なんていう天の邪鬼ですら、高校で音楽科に入ってから楽器を持ったわけで、個人で所有する年齢的な絶対値が圧倒的に成人寄りの楽器なのです。ジャズ寄りの天の邪鬼を除けば、大学に入ってからヴィブラフォンに触れる機会が回ってくるのが平均とみます。
マリンバでも音大に進んだ段階の、何となくマリンバの行く先に不安を抱き始めた頃からヴィブラフォンに手を染めます。年齢にすればちょうど二十歳前後。音大の二年生頃でしょうか。それまでの音楽経験はどちらかと言えば豊富な人達が多いわけです。すると、一応様々な経験の中で培われた感覚というものがあります。

ジャズをコテコテに経験している同年輩からすれば「そんなの基本の基」、つまりそれまでの長い音楽経験(子供の頃からの)からすれば、(例えばピアノのツェルニーに匹敵すると位置づけられた物を) 二十歳のそれなりに経験のある人に触れさせるのは、かなり大変な事なのです。
その辺りの事が理解出来ている指導者や学校に巡り会えれば超ラッキー。大半は「基本の基」で押し切られて嫌になるのがオチです。

その混乱振りは、僕がブルースという音楽をどうしても好きになれなかった時期とそっくりなので、敢えてこの部分の事を書いているわけです。そんななので、予備知識は十分過ぎるほど頭と身体に入っているのに「何となく苦手なブルース」という人の為の対策と傾向(講義)。

ざっくりと言うと、ブルースは固定ド・絶対音感で演奏するとまるで「ハイテクノロジーが凝縮」したような音に聞こえるし、移動ド・相対音感で演奏するといつまでたっても「外しどころ」が様にならないうちに終わってしまう。
つまり、この二つには演奏する時に明確な調というものをそれぞれの位置から感じるセンサーが働くのだけど、ブルースに於いてはそのセンサーが共にエラーを起こしてしまう。「ハイテクノロジー」とか「外しどころ」とか。
やや、固定ド・絶対音感的な位置でこの問題を整理する為に、僕はDメイジャーという調を選んだ。
移動ド・相対音感的には「譜面に音の変化が表せる」というメリット、固定ド・絶対音感的には「臨時記号で音の変異を表せる」というメリットから。


前回はブルーノートをテンションとして取り込む方法の途中で終わった。譜例が最もベーシックな12小節のブルース・フォームの8小節で終わっていた。

ここで分けたのは、次の重要な一つの理由から。

ドミナント・コードを浮上させる事。

基本的なブルース・フォームの9小節目には「ドミナント・コード」が来る。
Dメイジャーのブルースであれば、コードはA7だ。

ここで初めてコードネームにセブンスを付けた。
ディグリー・コードにすれば V7 だ。
他の音楽と共通する。
この事はブルースを理解する時にとても大切になる。

さて、では9小節目から最後まで、ブルーノートが出て来たらそれをテンション化しながら進もう。

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A7の小節が9小節目になる。
ここで使った音にはテンションがない。つまりブルーノートは使っていない。譜面が綺麗でしょ(笑)
そこまでのメロディーラインと大きく変えてここがドミナントという大きな展開であるのを示した。

もう一度、今度はフルコーラスを表示する。

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確かにブルーノートというものは何となくわかるが、まだ使いこなすまでには至らない。
そう思う人もいるだろう。

では、もっとキーがDメイジャーである事に徹した説明をしてみよう。

■ペンタトニックで調感の純度を上げる練習

いろんな説明があるけど、その殆どは最初からコードネームが設定されていて、トニックなのにドミナント・セブンスコードのような表記で混乱するものが多い。そこで大元の Dメイジャーのキーの中の基音とされる五音音階(ペンタトニック)を使ってブルースというものに近づいてみよう。

まず、Dのペンタトニックとは次の5つの音で出来た音階。

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この5つの音階にある音だけでメロディーを作ってみよう。
但し本当のドミナント・コードの部分はDのペンタトニック・スケールではなくA7のコードスケールからアヴォイドノートを除いたミクソ・リディアン・スケールとする。

用法はゲームのように、Dのペンタトニックの音階を上下するのだけどコードの変わったところがそれぞれのコードトーンにならなかったらそのまま進んで最初に当たるコードトーンでターン(上下)するというもの。
ここに記したスタート音以外のコードトーンから上下方向に動く練習(ゲーム感覚)をしてみるといいですね。

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まずこれはなにをしているのかと言うと、メロディーライン(ただのスケールの上下ではあるが・・・)の中で、ドミナントの位置だけメロディーの印象が変わる、という体験。
コード派の人間がコードサウンドに頼らなくても音楽の動きを表現する第一歩。
見ればわかるように、この時点では一つも「臨時記号」が無い!
移動ドでも固定ドでも、視覚的に理解出来ると思う。

さて、ではこれと同じ要領で、今度はブルーノートを一つだけこの音列に混ぜてみよう。ブルースとして特殊なブルーノートを基調の変異した#9thのみ全編に使用してください。コードの変わり目はコードトーン、又はブルーノートでターン(上下)しましょう。
但し、ドミナント・セブンスコードのところにはこのブルーノートは含みません。またそのスケールはアヴォイドノートを除いたミクソ・リディアン・スケールとします。

さぁ、チャレンジあるのみ! まずブルースは、書いて感じよう!




ブルースが苦手な人、集まれ!-その5 2018/11/30掲載

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シュガービレッジ2016(松山・キーストン)

インプロヴゼーションというのは練習して出来たものを披露するものではない。こんな事を書くと「じゃ、練習なんて必要ないんだ。その場の思い付きでいいんだ。ソレ、超得意!ラッキー!」。そんな風に早とちりする人、いるかもしれませんね。もちろんそれがダメだとは思いませんが・・・・。

一生懸命。この言葉がプラスに働く場合とマイナスに働く場合があります。元々この一生懸命は一所懸命が語源だそうです。昔武士が命がけで一つの所を守ったというところから来ているとか。だから、あれもこれも一生懸命というのは実は無茶な話しで、一つの事をコレと決めたら最後まで続けなさい、ということのようです。一生は最後までという意味です。

ジャズの練習にこれを当てはめるとどうでしょう。
本来は、今日はこんな「気分から始めてみようか」とか、「こっちじゃなくて、今日はあっちに行きたくなった」というのがその場での“思い付き”の典型ですね。じゃあ、練習となると「何」を練習すればいいの?
難題に見えますが、実は簡単です。

「思い付き」の入口だけを練習するのです。入って二三歩。それも一つや二つではなく、それこそ「思い付く限り」の入口を。
その為には、「思い付く」場所の事を徹底的に調べておく必要があります。
それが、ひょっとすると一小節単位かもしれません。このメロディーとこのコードなら「ここの扉」を開けてみようとか、さっきのコーラスでは通過したけど「ここから入る」(例えば偶数小節、或は奇数小節という区切り)とか、いろいろです。
ただし、その扉を開けて中に入ってからの事を一生懸命練習してしまうと「思い付き」ではなくなってしまうどころか、「そうやりたくなる」のですね。練習した通りに。これではインプロヴイゼーションになりません。そこに練習のやり方の難しさがあります。

いわば、路面調査のようなものが練習の領域なんですね。曲を道路としましょう。目的地が曲の終わりです。では、スタート地点から、道路標識、信号、横断歩道、路面の具合や高低差など、目的地までにいくつもの「指示」や「法則」が並べられている曲をどのような速度で、どのようなコースで、どの時間帯に走るのかは演奏者に任せられているわけですね。しかし、この速度以上出してはダメとか、一旦ソコで止まれとか、その先で右折レーンに入れとか、夕暮れになったらライトを点灯させろとか、決められているものが実はたくさんあるのです。でも、前を見ながら、周りの景色も楽しみながら、同乗者がいればお喋りしながら、目的地に進むのが演奏。途中のおしゃべりで道に迷ったり、一旦停止を無視して事故に遭ったりするのはまだビギナーの証拠ですね。ジャズでいうソロ(インプロヴァイズ)はいわばこの運転中のおしゃべりのようなものです。或は気ままにコースを変えて走るドライブのようなものです。

だから単純な事に「曖昧さ」を残したまま見切り発車しない事です。
そうしない為に、練習がある。つまりそれが路面調査というわけです。

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ヨコハマNEWSハーバー 赤松敏弘(vib)ハクエイ・キム(p)

さて、このところプルースについて解説していますが、取っ掛かりとしていろんな事が断片的に聞こえて来るのがこのブルースの入口だと思います。

通常のジャズ・セオリーとは切り離して、“ほつれた糸”を解き明かすように、当たり前との分岐点にまで戻って読んで下さい。
きっと今ここで説明している意味がわかってくるでしょう。

■Blue Note、それはExtraな倍音、という感覚

ブルースは苦手でも、ブルーノートから発展したエクストラな倍音、つまり特別に変化したテンションのサウンドは大好きだった。こういう人は僕と同じで、無理矢理ブルースをブルージーに演奏する事で悩むのをやめるといい。
そもそも一番の問題はブルーノートというものをいろんな言葉で雑に説明されているものの、最初の部分が自分の中にスッポリと抜けていないかどうかを反省しつつ、ブルース以外の「当たり前」との分岐点を炙り出すところから手をつけないと。。。
比較対象がないと特に固定ド絶対音感寄りの人は取っ掛かりが見つけにくいですからね。

ブルースのコード進行で、12小節だと

||: I7 | IV7 | I7 | I7 |
| IV7 | IV7 | I7 | I7 |
| V7 | IV7 | I7 | V7 :||

みたいなコード進行を目にしますが、コレ、ホントはおかしいのです。ディグリーコードとして正解なのは V7 のところだけ。
後は・・・・説明しましょう。
このディグリーコードがkey of D だったらどうなるでしょう?

||: D7 | G7 | D7 | D7 |
| G7 | G7 | D7 | D7 |
| A7 | G7 | D7 | A7 :||

ドミナントコードだらけになってしまいます。これでは意味がわかんないですよね。
でもコードだけ弾けば、これが誰でもブルースを弾いているサウンドになるから厄介。
前から注意している「コードだけ見て安易に演奏する事なかれ! 」という奴。

整理するとこうなります。

||: I | IV | I | I |
| IV | IV | I | I |
| V7 | IV | I | V7 :||

コードネームにすると( key of D )

||: D | G | D | D |
| G | G | D | D |
| A7 | G | D | A7 :||

まず、ドミナント・セブンスコードは V7 = A7 の事を示します。
それ以外のコードからは、まず b7th という音を今は消しておきましょう。コレ、とっても重要な事です。
すると、ここに掲出されたコードは次の性質に分類されますよね。

Tonic : I = D
Sub Dominant : IV = G
Dominant : V7 = A7

少なからずとも、ここまで整理するとブルースも他の曲も大差は無い、という事がわかるでしょう。
まずはこのラインまで戻らないと、なぜブルースがブルースに聞こえるかに到達しにくいのですね。
ここではブルーノートをテンションとして表すようにします。
長調の基音から見てブルーノートと呼ばれる音は、

(1)第二音と第三音の間の音
(2)第四音と第五音の間の音
(3)第六音と第七音の間の音

別の書き方をすればこうなります。

(1) 2nd と 3rd の間の #9th
(2) 4th と 5th の間の #11th
(3) 6th と 7th の間の #13th

#13th!!!???
はい。僕はブルーノートというのはコードトーンの隙間の音が半音上がった位置と解釈しています。
もちろん、これはこの説明の為に持ち出した“伝家の宝刀”です。
これをコードトーン b7th とされた表示から僕はブルーノートが苦手になったのです。
異名同音がこんな所でも混乱を招いていたのです。

さて、この三つのブルーノートを最初から全部挟むと、これまた混乱の要因となるので、ここではまず、最初に一つのブルーノートについて、簡単な謎解きをしながら取り込んで行きましょう。

先週の宿題。覚えてますか?

Dのペンタトニックスケールを使ってゲームのように、Dのペンタトニックの音階を上下するのだけどコードの変わったところがそれぞれのコードトーンにならなかったらそのまま進んで最初に当たるコードトーンでターン(上下)するというもの。

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ただしドミナント・セブンスコードのところは通常のミクソ・リディアンスケールからアヴォイドノートを除いた音列にする。
最初にこれだけで動いたものはこんな感じになった。

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まだブルースのブも出て来ない感じではあるけど、これはウォーミング・アップ。
この段階でこれがゲームのように、何処からでも始められるようにするのが練習の第一歩。

さて、宿題は、このDのペンタトニック・スケールにDのブルースで出て来るブルーノートを一つ足したスケールの中で動くというものだった。
ブルースとして特殊なブルーノートを基調の変異した#9thのみ全編に使用してください。コードの変わり目はコードトーン、又はブルーノートでターン(上下)しましょう。
但し、ドミナント・セブンスコードのところにはこのブルーノートは含みません。またそのスケールはアヴォイドノートを除いたミクソ・リディアン・スケールとします。

さて、どんな結果になったかな?

実はこんな事に・・・・

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あらら!?
ドミナント・コードの所以外、全部同じ音列になってしまいましたね。

まだブルースではないけれど、こういうコード進行に関わらず共有する音列は後に“リフ”作りの原点になるので弾いて確認しておきましょう。

さて、これがどうして同じになってしまったかという原因を解析すると、コード進行によるそれぞれのコードトーンの変化を無視していた所に原因があるのが見えて来ます。

ソロ(インプロ)を聴いて、なかなかいいかな、と思って二曲め、三曲目と進むと、どうもどのソロも同じに聞こえてしまう人っているじゃないですか。
その悪しき原点がここに見えるのです。
つまり、メロディーの事ばかりに気が行ってついついコードの動きを無視してしまった結果・・・・。

Dというキーの中にいればいいや、的な「怠けもの」と言ったらちょっと厳しいかな。

そう言う人も最初の原点に戻って「一所懸命」に改善を図りましょう。

コードの伴奏を借りずに、メロディーだけでコードの動きを聴かせられたらそれはいいソロの第一歩になります。ヴィブラフォンやマリンバは常に伴奏を弾きながらソロを取るのは大変なので、上手にこの用法をミックスする事で独奏もピアノと遜色ないレベルにまで引き上げられます。逆に言うと、これが出来ないと何本マレットを持ってもコード感を伴った独奏で自由に動けない。という事。いちいちコードが変わったら伴奏を入れるなんて野暮ったいこと、やりたくないじゃないですか。

さて、ペンタトニックに一音だけブルーノートを混ぜる。

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とってもシンプル。
で、これをどのようにブルースに繋げて行くのか?

さっきの動きではメロデイーからコードの動きを聞き取れるのはドミナントコードの箇所だけで、もしもコード伴奏が無ければ一体何を弾いているのかわからないはず。

そこで、この D のペンタトニック + 一つのブルーノートだけではコードが表せない問題を解決する為に、コードが G のところでコードトーン全てが揃うように根音の“G”の音を組み込みます。

しかし、そこで問題になるのが、そのまま“G”の音を足したのではDのペンタトニックに一つのブルーノート(#9th)を加えた箇所から“G”までの間に4音の半音程の連続(クラスター)が出来てしまってどうにも音が濁り気味。
そこで、何か足すなら何か引く、という摂理で選択をすると、コード G のコードトーン“G” “B” “D”は最優先の音なので外せない。“E#”はブルーノートなので外せない、そうなるとここでは“F#”の音を外す事でクラスターを回避出来るのが判明。

もしもこの説明が、「じや、音がぶつからないようにそこはG7にするんだ」では納得できないですよね。「何でb7thが出て来るの!?と。コードだけで説明しようとするとそうなってしまうのですね。

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整理すれば、コードがトニックのDのところはこの音列で。

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コードがGのところはこの音列で。

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これによって、基本Dペンタトニック・スケールに全体として調の基音から#9thの位置にあるひとつのブルーノート、そしてコード進行としてGの所にはコードの根音“G”を使い半音の位置でぶつかる“F#”を省略する。

それによって、コード進行をコードの伴奏が無くても音列の動きだけで表現出来るようになり、初めてブルース風なサウンドが聞こえて来るようになる。

さあ、もう一度やってみよう。

コードの関わり目が来たら次のコードトーンかブルーノートでターン(上又は下行)、変わり目がソレ以外の場合はそのまま進み一番最初のコードトーンかブルーノートでターン。ドミナント・セブンスコードはミクソ・リディアンスケールからアヴォイドノートを省いた音列で進む。

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まずはこれがベーシックになるわけです。



ブルースが苦手な人、集まれ!-その6 2018/12/7掲載

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ブルースが苦手とはいえ、最初に覚えたブルースがなんだったか覚えている。
中学の時に見よう見真似で始めた記憶ではあるけど、最初に覚えたブルースはゲイリー・バートンの“Walter-L”とマイルス・デイビスの“All Blues”だった。けっしてミルト・ジャクソンの“Bag’s Groove”でもなければ、チャーリー・パーカーの“Now’s the Time”でもない。このことは自分が好きなものの中に、ブルースというものがちゃんと入っていた証拠なのだけど、“Walter-L”はキーがGのロックタイプのブルースで、“All Blues”は6/8のクールなブルース。どちらもいわゆる王道のブルース(ジャズでの)ではない。というか、セッションというものを経ずにこの世界に入ったからかもしれないけれど、ブルースというものを特別視することなく一つの「曲」として眺めていた。ブルースが好きか嫌いかではなく、その曲が好きか嫌いか。

なのでこの世界に入った頃によく「じゃ、次はナニナニ」とタイトルを告げられて知らないので首を横に振ると「F、Fのブルース」と。はいはい、と演奏が始まると6小節目までは大したトラブルもなく進むのだけど、その後がいろんなコード進行に分かれるので一回め(つまりテーマね)の時はコードを弾くフリをして耳はダンボ状態で、ナニが来る? と常に受け身。そんなことが毎回続いた。
テーマを知らないからコード進行としてのブルースも知らないわけだけど、この時に思った。「結局コード進行だけで見ると途中からやたらとツー・ファイブ(II - V)にコードを置き換えているのが多いが、これは本当にブルースなのか?」という疑問。

バークリー在学中にブルースに詳しい人に聞いてみたら、やはりそれはジャズ流のブルースで本来のブルースにはツー・ファイブなんてないよ、と。もっと尖ってていい。どうやらツー・ファイブは軟弱路線のようだ。確かにジャズ・スタンダードの解釈でもファイブのコードだけで僕も良い気がする。わざわざツーとファイブに分割するのが“おしゃれ”だった時代があったのは事実だけど、それによって随分曲の個性が失われている。

視点を戻そう。

特に不便を感じずにブルースを演奏していたが、これを人に説明する時にはどうなんだろう? と疑問が湧いた。
何度も出てくるが、最初のコードのセブンスがなぜb7thと表記されるのか?
これも何度も出てくるが、ブルーノートというのをテンションに置き換えるとその疑問がスッキリする。
異名同音の整理が僕のようにブルースを「曲」と捉えている人間には最初の段階で必要なのだ。



では、逆に、ブルースをコード進行からキャッチする考え方をここで知っておこう。

まず、メロディー云々は無い。コード進行が先行する。
ディグリー・コードという観念はない。コード進行が全てだ。

キーをこれまでの解説に合わせてDで説明すると。

D7とG7とA7が出てくる。
その中でA7にはアヴォイドすべき音がある。4thの音だ。

すると最もシンプルなブルースのコード進行はこんな感じ。

| D7 | G7 | D7 | D7 |
| G7 | G7 | D7 | D7 |
| A7 | G7 | D7 | D7 |

A7はドミナントコードなので通常の曲と同じミクソ・リディアンスケールとする。
で、D7とG7のところのコードはどんな音列が使えるのか、という謎。

最初にやったのはブルーノートとこの二つのコードの間には密接な関係がありそうなので、僕はこの二つのコードトーンを合体させてみた。

D7 と G7 のコードトーンを並べて・・・

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それらを合体させて一つの音列を想定する

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コード進行から考えるとこのような音列が軸となる。
それぞれのコードに基音“D”を軸としたブルーノート、#9th(=F) と b7th(=C)が含まれる。それによってG7にもb7th(=F)が想定される。ただし“F” - “F#” - “G” の音列はクラスターになってしまうので、D7の時は“G”が、G7の時は“F#”が、それぞれ省略されるとスッキリする。

何となく理解できたような、それでいて少しモヤモヤした感じは残ったまま、僕はこのコード進行からブルースをみる方法を眺めていた。

■改めてブルーノートをExtraな倍音、という感覚で分析する

もう一度3つあるブルーノートの中から一つだけ選んでテンションとして使ってみる。
基音から#9thの位置にある“E#”という音。

Dのコードでは#9th = E#
Gのコードでは#13th = E#

異名同音でGのコードの#13thは“F”になるから先のコード進行でブルースをみた時のG7と同じ響きがする。
ただ、それをGのコードのb7thとはここでは考えない。

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さて、その定義を守りつつ、簡単なリフを作ってみよう。
コード進行が変わっても、ほぼ同じ音形、ほぼ同じ質感の音列。それでいてそれぞれのコード感を発揮できるもの。

キーがDなので最初の二つのコード、D と G に共有するコードトーンで始まって終わる想定に。
この場合は“D”で始まって“D”で終わるメロディーが当てはまる。

その途中、テンションとしてブルーノートを考えるとDのコードスケールとGのコードスケールではそれぞれ自然に4thの音が省略されているので、この変化をメロディーに取り込むことよってコード感が高められる。

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しかし毎回コードの中で解決するのは忙しいので、おおらかに二小節区切りで考えてみよう。
二小節めへはアンティシペーションで繋ぎ、コードが変化する時はハーモニーを伴うようにしよう。
#9th、#13thという表記にすると臨時記号の箇所がブルーノートと一目で判別できる。

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これで少しゆったりとブルーノートがどこにあるのかを確認でるだろう。




ブルースが苦手な人、集まれ!-その7 2018/12/21掲載

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JAZZ From THE CITY 2018

ジャズと呼ばれる音楽に出会った時の印象って覚えていますか? 色々と長く付き合う内に様々な知識が付くことによって、最初はちょっぴり背伸びするのが関の山で、実はあんまりよくわからないままになんとなく面白そうなものを選んで「あたり」や「ハズレ」と遭遇していただけだったはずなんだけど、どこかから難しそうな知識を仕入れるうちに、それが自分の言葉のように錯覚したまま成長期に入ってしまったような、、、、そんなこともジャズという音楽を長い時間聴いていると経験するもの。でも、よっぽど物忘れが激しい人じゃない限り、最初の頃の出会いは覚えているはずでしょう。

どうやら僕はジャズを聴きはじめた頃はやたらと跳躍するメロディーが好きだったようだ。今触れているブルースに関して色々と思い出してみると、当時は11歳で自宅のテナントに入ったジャズ喫茶(ジャズバー)の換気口から僕の部屋に漏れ聞こえて来る(多分)コテコテの定番ジャズの中から、お気に入りで覚えたメロディーをレコード屋のジャズ売り場の店員に歌って聞かせて、それがハービー・マンの「メンフィス・アンダーグラウンド」であったり、リー・モーガンの「サイドワインダー」であったりした所から入って来て、最初の情報はそれらのアルバムに入っているライナーノーツに出て来る人名が頼りという状態。
しかし、その段階で得た人名は、その後の歩みに最短距離で突き進むものばかりだったのがラッキーだった。
ラリー・コリエルはゲイリー・バートンというキーワードに。リー・モーガンではマイルス・デイビスというキーワードに。
第二歩めでもう出会ってしまったわけだ。

でも、その頃はまだブルースだとかオリジナルだとか、スタンダードとかという色眼鏡がなく、純粋に自分が気に入ったものを聴いていた。
それを思い出してみると、意外とブルースも入っているのに自分でも驚く。

それらは、いわゆるブルース、ブルースしたものではなく、アルバムでもインターミッション的な位置や意味合いで演奏されていたものが殆どで、スタンダードだろうが、オリジナルだろうが、そんな先入観は微塵もない選択肢だ。

改めて、今、プロフェッショナルな世界の中からそれらを眺めてみると、そこに自分の本質が潜んでいるようで面白い。

初期によく聴いた曲の中からブルースのものの譜面を引っ張り出して並べてみたら、面白いほどに共通項が炙り出しになった。

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ゲイリー・バートン・クァルテットの最初のヒットナンバーの“Ballet”はUKを軸に活躍するマイケル・ギブスのワルツによるブルース。前衛バレエのような音の動きがお気に入りだった。

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ゲイリー・バートン自身の曲“Walter-L”はイントロのラリー・コリエルがカッコよくて夢中で聴いていた。途中コリエルのソロでのフィードバック奏法になるところでやっとボブ・モーゼス(ds)がロックビートを出すところにシビれ、やがて来るゲイリーの音を散りばめたソロがエキセントリックで好きだった。

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ふたたびマイケル・ギブスの作による“Blue Comedy”は跳躍するテーマで目が回りそうな状態のどこかユーモラスなところが好きで、バンプを挟んだソロによってこれがブルースだと感じられないところにソソラレた。

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これらは従来のブルースの概念を破りつつも、そのゼネレーションとしてのブルースとして成り立っていたところが肝心で、寄合のセッションで披露されるブルースとは一線を画していたのが中学生でもしっかりとわかった。
そして、譜面を眺めるまでもなく、これらの曲は12小節、又は16小節というコンパクトな時間の中で、キッチリと自己主張している曲だった。さらに、これらの曲のそこかしこからはビートルズに代表されるようなイギリス的なコンパクトにして大胆な展開に満ち満ちていた。

まだ当時はブルースの演奏中にギターがロックよろしくフィードバックで唸り声を上げたり、音数多くメカニカルにブルースを奏でようものなら、「そんなのはブルースではない」的な扱いで、世間や周りは許してくれなかったのだろう。ならば、自分達のブルース・フォームを作ってそこで思う存分やればいいじゃないか、と。

こんなにブルースが苦手な人間が、好んで聴いていたのも、そこには従来の概念を覆す形のブルースがあったからなんでしょうね。そういう意味では、僕は最初からブルースというものをブルースとして意識していなかったのです、たぶん。

ただ、演奏する立場になるとそこは避けて通れない世界。何も共通項のないメンバーがステージに残って「何か一緒にやってほしい」と頼まれたら、かなりの確率で「じゃ、ブルースにしましょうか」となる。
でも、そんな時に「ブルースできないんで、この曲お願いします」なんて言って自分の曲の譜面を取り出すほどの野暮はない。

そんな時がプロとしてステージに立つ以上、必ずやって来るので、少しでもブルースが好きになっておけばなぁ、と自分なりにいくつかの対処法を持っていた。

ブルース、苦手なんだよなーって人ならきっとその気持ちはわかってくれるでしょう。

さて、苦手としいうのは言い換えれば「嫌い」ということだ。
「苦手だけど好き」というものってある?
「苦手」というのは「嫌い」というのを柔らかく表現しているものだと思う。

では、なぜ「嫌い」なのかを分析したことはある?
目を背けたくなるほど嫌いだから見ないって?

まぁまぁ。

人間「好き」なものと「得意」なものが一致すればどれだけ幸せなことかと思う。でもなかなかそれが一致している状態になるまでには相当の時間がかかるもの。

ただ、「好き」なものの大半が「熟知したもの」であったり「得意」なものであったりするはず。「好きなものにはやたらと詳しい」なんて具合に。
「嫌い」なものの反対は「好き」ではなく「不得意」と思えばどうだろう。もしもそれがどこかで「得意」な部分とつながると、まんざら「嫌い」でもなくなる可能性がある。

最初に好きで聴いていた曲の中にブルースの形式の曲があるということは、もしも「得意」な部分が少しでも見つかればちょっと意識が変えられる。

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僕は跳躍するメロディーという部分で、初期に好きだった曲(ブルースもオリジナルもスタンダードも同列)のメロディーの成り立ちにちょっと注目した。

切っ掛けはギターのジム・ホールの作った“Carful”という16小節のAのブルースだった。
高校の時に買ったジム・ホールのアルバム『Where Woulde I Be?』(milestone/1972年)に入っていたのだけど、かつて中学時代に夢中になって聴いていたマイケル・ギブスの“Ballet”や“Blue Comedy”、ゲイリー・バートンの“Walter-L”と同じような肌触りがする跳躍するメロディー。

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これは何だろう? そう思ってメロディーを採譜してみた。

ここまでの説明に合わせて、キーをDにして話しを進めよう。

まず、Dのメイジャー・スケールの中にあるアヴォイド・ノートの“G”を省き、ブルーノートをエクストラなテンションとしてそれぞれを #9th, #11th, #13th として音階に埋め込む。

するとこんなDの音階が出来上がる。

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↓の部分が従来ブルーノートと呼ばれる音になる。#13thはb7thと異名同音。

少しばかりジャズの理論書を広げてみたらコンビネーション・オブ・ディミニッシュという音階の存在を知る。

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この時点でとっても個人的な感触として「最もブルーノートらしい音に聞こえた」のが#9thの音であることが僕はブルースに近づくための入り口になった。

#9thって、強烈だけど、演奏している人のあちこちから聞こえてくるよね。
そして、自分も決してその音は「嫌いじゃない」。

この音がメロディーであれ、伴奏であれ、入って来ると「カッコよく」聞こえた。
それが濃いブルースの演奏だけじゃなくて、リリカルなビル・エバンスの伴奏にも聞こえて来る。

この#9thというブルーノートは「きっと好きになれるゾ!」。
そう思った。

では、どうやって「好きに」なろう?

そこで僕は、跳躍するメロディーの仕組みを知るところから、ブルースの扉を開けた。

さっきの二つのスケールの譜例の点線の部分に注目してほしい。
あの二つのスケールで点線の部分は完全に一致しており、異なるのは9thの位置の音であること。

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さて、キーをDメイジャーに移調したジム・ホールの“Carful”を並べてみよう。

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そういうことだったのか・・・!

ブルースに対する苦手意識がスーっと氷解して行くのでした。